独身貴族はお金について語る
東の森での写真を撮り、満足した俺は王都の工房に直行した。
扉を開けて入ると、トリスタンとルージュが立ったままコーヒーを飲みながら喋っていた。
俺を見るなりトリスタンとルージュは慌てた様子でデスクに戻った。
「……仕事さえ進んでいれば、取り繕う必要はないぞ?」
仕事中はずっとデスクにいろなんて非効率なことを俺は言わない。
人間が集中できる時間は限られているし、そもそもずっとイスに座っていては血流も滞って健康にも悪いからだ。
気分転換に散歩に出たり、休憩スペースで会話することを俺は容認している。
「つい反射的にね」
「同意です」
まあ、急に上司がやってくれば驚きもするか。
これ以上気にすることなく俺は自分のデスクへ移動して、荷物を下ろした。
「今日は午後から出勤じゃなかったの?」
「一旦家に戻って、ここにやってくるのが面倒だった。仕事を始めるのは午後からだ」
そもそもここは俺の工房であり、一番偉いのは俺だ。
別に早くやってくる分には何も問題ない。
「今日も森に行っていたんですか?」
トリスタンがこちらを覗き込みながら尋ねてくる。
「ああ、ちょっと写真を撮りにな」
「写真?」
いちいち説明するのも面倒だったので、首を傾げるトリスタンを無視して写真ケースを取り出す。デスクの上にそれらを並べると、今日の戦果を確認していく。
「うわっ、なんですかこれ? すっごい綺麗ですね」
「勝手に触るな」
無遠慮に触るトリスタンから写真を取り上げる。
「ああっ! ちょっとくらいいいじゃないですか!」
「人の物を触る時は許可くらいとれ」
「す、すみません。拝見させてください」
「あたしも見ていいかしら?」
「いいだろう。触る時は手袋をつけてくれ」
神経質かもしれないが、こうでもしないと汚れてしまうからな。
手袋を差し出すと、トリスタンとルージュはそれを装着して写真を手に取り始めた。
「にしても、めちゃくちゃ上手いですね! これ全部ジルクさんが描いたんですか!?」
「そんなわけないだろう。俺にこんな精巧な絵が描けると思うか?」
「でも、独りでできる趣味が大好きなジルクさんなら、これくらい極めていても不思議じゃないんですけど」
「俺をバカにしてるのか?」
「ええ? 褒めているんですけど?」
これで褒めているつもりなら、トリスタンの無神経さは深刻だ。
「あ、でもこれはブレてて変ですね」
よりによってブレてしまったケヅールの写真を手に取るトリスタン。
しょうもないところにだけは目がいく。そういったものは普通見ないフリをするものだろうに。
笑っているトリスタンから奪うように写真を取って胸ポケットに入れた。
ぼけっとした顔で見ているトリスタンとは正反対に、食い入るように眺めているルージュ。
「……すごく綺麗な絵だわ。あたしたちの見ている世界をそのまま映し出しているみたい」
「まさにその通りの宝具だからな」
「そうなの? 素敵な宝具ね! ちょっと触ってもいい?」
「そっちはダメだ」
目を輝かせながら頼み込んでくるルージュの頼みをバッサリと斬り捨てる。
「えー? なんでよ?」
「値段は三億ソーロ。もし、壊したら全額弁償になるがそれでもいいか?」
「さ、三億ソーロ!?」
「や、やめておくわ……」
宝具の値段を聞いて驚愕の声を漏らすトリスタンと、顔を真っ青にして断るルージュ。
さすがにこの値段になると、おいそれと人に触らせるわけにはいかなかった。
もし弁償するようなことがあれば、二人が一生をかけて返済できるかといったところであろう。二人の大きな好奇心は大きなデメリットによって見事に打ち消されたようだ。
「相変わらずジルクさんは宝具にかけるお金が半端ないですね」
「宝具は今の文明で再現することのできない力を秘めている。それを買うのにお金をかけるのは当然のことだろう?」
宝具は普通に生きていてできない体験や効果をもたらしてくれる。
それが三億ソーロで手に入れることができるのであれば安いものだ。本来ならばどれだけ金を積もうができないことだからな。だから俺はこの投資を高いとは思わない。
「そもそも普通はそんなお金を持っていないですよー」
俺の話を聞いたトリスタンが諦めたようにぼやく。
「三億ソーロを手に入れるのは難しいが、数百万から一千万ソーロ程度なら誰でも手に入れられるぞ」
「ええっ! それはどんなやり方ですか?」
「あたしたちでも手に入る?」
俺がそんな風に言うと、トリスタンだけでなくルージュも食いついてきた。
「勿論だ」
それはこの世に生を受けた誰もが持っているものだからな。
「ジルクさん、是非教えてくれませんか?」
「教えてやろう。それは結婚しないことだ」
「「はい?」」
俺が簡潔に伝えてやると、トリスタンとルージュが間の抜けた声を上げた。
「なんだ? これでわからないのか?」
「は、はい。まったく意味がわからないです」
心底わからないといった様子の二人を見て、俺は呆れてしまう。
「まず結婚すると守るべきものができる」
「それはいいことじゃないんですか?」
「いいことに思うかもしれないが、生きていくための自由度が大幅に下がる」
例えば起業したいと思っても、嫁や子供がいればどうしても足枷になる。
それは守るべき者がいるが故に、大きなリスクがとれないからだ。
失敗したら家族を路頭に迷わせることになるという思いが、その者の人生からリスクを排除させ、手堅い安全な行動しかできなくなるのだ。
俺のように奇跡が起きて転生でもしない限り、人生は一度きりだ。たった一度の人生を縛りながらプレイすることの何と愚かなことか。
「確かにそういう面はあるけど、結婚した方がお金は節約できるでしょ?」
「共働きでもない限り、支出の方が上回ることの方が多い。誰かと暮らすということは一人で暮らす以上のお金がかかるからな」
思い当たる節があるのだろう。ルージュが気まずそうに視線を逸らした。
家族で暮らす家、食費などの生活費、結婚式やデート、人付き合いなどと様々な固定費が降りかかってくる。
パートナーと折半することで減らせるなどと言うが、実際のところ固定費が大幅に上がっているので大した節約にはなっていない。
「そして、残った僅かなお金を人は投資することなく、未来の安全のために貯金へと回していく」
「でも、それだけでジルクさんの言うように数百万から一千万ソーロも増えるんですか?」
「増える。というより、消費しないというのが正しいだろう。子供一人を成人まで育てるのにおおよそ八百万ソーロはかかる。だから、子供を持たないことで俺たちは無条件で八百万ソーロの支出を抑えることができるんだ」
「そんなデータどこから調べてきたのよ」
「学のある領民に帳簿をつけさせたことがある」
「……そこまでするあなたに呆れるわ」
これはあくまでルーレン領で過ごす平民の費用であり、大きな街や王都で暮らす子供の費用はもっと高いだろう。魔道具師などの専門的な教育を施せば費用はもっと上だ。
さらに貴族ともなれば、ピンからキリであるが王立学院に通うために最低でも二千万ソーロがかかるだろう。
ちなみに俺を成人まで育てるのに四千万ソーロ以上はかかっていると睨んでいる。魔道具を生産するための素材を惜しみなく与えてくれた結果だ。
両親のその選択には非常に感謝しているし、結果としてその投資額以上のリターンを与えているので両親の投資は大成功といえるのだが、必ずしも望んだ通りの結果になるかは不透明だから賭けにも近い。
「子供一人を生まないだけで一千万ソーロのビジネスが一回できる。五百万のビジネスであれば二回チャレンジできる」
これらの値段は王都で仕掛けるには少し足りないが、それ以外の街であれば十分に店舗を出したりできる値段だ。
つまり、この世界で生きている誰しもがそれだけの可能性を捨てているということになる。
「これが誰でも数百万ソーロから一千万ソーロを手にすることのできる方法だ」
「さすがにあたしには、そんな生き方はできないわね」
「もっと普通に生きてお金を増やす方法はないですか?」
俺が懇切丁寧にお金の増やし方を教えたというのに、ルージュとトリスタンの目は冷めたものであった。
「知るか。自分で探せ」
この考えの良さがわからないとは可哀想な奴等だ。




