独身貴族は森で写真を撮る
3章の始まりです。
清々しい朝の空気を感じながら、俺は【写し出す世界】という宝具、もといポラロイドカメラを手にし、いつもの森を歩いていた。
春を過ぎて暖かな気候になってきたが、早朝ともなると空気は涼しい。
呼吸をすると冷たい空気が肺を見たし、スッと気分が落ち着くようだ。
生い茂る雑草を踏みしめて、被写体となりそうなものを探す。
不規則に生えている木々、大きな根っこ、草花、そこに住む動物。あらゆるものが被写体となり得る。が、すべてを撮るわけにはいかない。
単純に無駄な写真を撮りたくないという気持ちもあるが、このカメラのエネルギー源は有限なのだ。
写真を撮れる枚数には上限があり、デジタルカメラのように充電し、新しいチップを交換すれば使い続けられるものではない。
有限であるのであれば、他にも作ればいいと思うのだが生憎と現在の文明では再現することができないからの宝具であって、それは無理な話。
だから、己が撮るに値すると感じたものだけを撮るのが賢い使い方であろう。
自ら取り込んだ景色を脳内のフレームに収めていく。
角度や光の当たり具合を変えながら必死に調整して、美しくなるか考える。
写真を撮らずとも、そういった構図を考えているだけでも面白いものだ。
そうやって視線を巡らしながら移動していると、一筋の影が落ちた。
思わず見上げると、頭から背にかけて光沢のある橙色をしており、腹部は鮮やかな青をしている。
特徴的なのは長い尾羽だ。宙を流れるその姿は、空を泳いでいるようでとても優美。
そんな鳥が目の前にある木の枝にゆっくりと止まった。
即座に俺はマジックバッグから生物図鑑を取り出す。
名前も知らない鳥を撮るのはモヤッとするので、事前に書店で買い込んでいたのである。
パラパラとページをめくって鳥類のところを調べてみると、目の前の鳥と一致する個体を見つけた。
【ケヅール】
王都の近郊の森に稀に出現する鳥類。体長は三十センチ程度であるが、長い飾り羽をもち、これを含めると九十から百五十センチにもなる。
ケヅールの鮮やかな羽毛を身に着けるのは王族の特権であり、それら以外のものが身に着けることは許されていない。
「なるほど。どこかで見たことのある色だと思ったが、王族がよく身に着けていた飾り羽だったのか」
パーティーで稀に見かける王族の飾り羽。綺麗だと思っていたが、どこの店でも売られていなかった。王族しか身に着けることが許されていないのであれば、納得である。
優美な尾羽が生えているのはオスのみであり、これは繁殖期にメスの目をひくために伸びている。
「……お前、結婚相手を探しているのか?」
続けて図鑑を見るとそのようなことが書かれていた。
「やめておけ。結婚なんてロクなものじゃないぞ。ただでさえ、自然は厳しいんだ。そんな中で家族を抱え込むなどリスクでしかない」
思わず顔を上げて忠告をするも、俺の言葉などまるで届いていない。
呑気に嘴を使って毛づくろいをしている。どうやらメスに良いように見られたいがために忙しいらしい。
まあ、動物が俺の忠告なんて聞き入れるはずもないか。
諦めの気持ちを胸に抱きながら俺はカメラを構える。
あいつの目的はどうあれ、緑豊かな自然の中で佇むケヅールの姿は中々に映える。
俺の脳内で一瞬にして、構図が思い浮かんだ。
カメラを構え、脳内の構図を再現するためにすぐに移動。
位置取りを変えるとカメラを構え、フレームを覗き込む。
ケヅールの存在がもっとも際立つように収め、微調整を繰り返す。
満足のいく構図になるとピントを合わせ、シャッターボタンへと指を持っていく。
しかし、それと同時にケヅールが枝から飛び立った。
「ああっ!?」
俺の口から間抜けな声が漏れ、ポラロイドカメラ特有のシャッター音が響き渡る。
「今のちゃんと撮れたか!?」
もっとも心配するべきは今の一枚が無駄にならなかったかどうかだ。
タイミングから考えると、ちょっと怪しい。不安な気持ちを胸に抱きながら、排出された写真を手に取ってみる。
現像された写真に収まっていたのは橙色の何かだった。
派手にぶれており、撮った本人でもなければケヅールとは思わないだろう。
「くそ、もう少し飛ぶのが遅ければ……」
せめて、あと一秒でも遅ければ、ケヅールが羽を広げて今にも飛ばんとしている躍動感ある一枚が撮れたに違いない。だからこそ、余計に悔しかった。
「まあ、これも撮る楽しみだな」
深呼吸をして気持ちを落ち着けた俺は、ブレブレな写真をケースに収めてポケットに入れる。
相手は人間ではなく動物だ。思い通りにならないのは当然。
だからこそ、上手く撮れた写真には価値があり、撮れた時の喜びも大きいのだろう。一期一会というやつだな。
なんて風に考えた俺は、再びカメラを構えて森の中を移動した。
●
美しいと思う自然風景をいくつか撮りながら進んでいくと、いつの間にか小川の傍にやってきていた。シーンとした森の中に、清涼な水の流れる音が木霊す。
水面を覗き込んでみると、小さな魚たちが泳いでいた。
それがいいと思った俺はカメラを構えて写真を撮る。
現像された写真には透明感の感じられる小川と、その中を優雅に泳いでいる魚たちが写っていた。
周囲に写っている雑草の緑と、黄色い花もいい演出をしている。
自分で納得のできる一枚が撮れると、やはり嬉しい。
先程のケヅールにはしてやられたが、今回は上手く撮れたようだ。
写真を一通り眺めてケースに収納すると、小川に何かが近づいてくる気配があった。
魔物とか思って視線をやって構えると、茂みから現れたのは子鹿だった。
魔物ではないことに一安心する。
子鹿はつぶらな瞳でしっかりと俺を認識するが、それよりも喉を潤したいと思ったのか小川へと近づく。
そして、そのまま口をつけて水を飲み始めた。
思わずそれでいいのかと心の中で突っ込んでしまう。
子供であるから警戒心がまだ薄いのと、人間を目にする機会が少ないからだろう。
とはいえ、これは写真を撮るチャンスだ。
子鹿が水を飲んでいるシーンは非常に絵になる。
俺は子鹿を驚かせないようにほふく前進をして近づき、カメラに収める。
角度や倍率を調節し、ピントを合わせて撮った。
カメラから現像されて写真が出てくる。
とても臨場感の溢れる子鹿の様子が撮れていた。
じっくりと見たいところであるが、他の角度からも撮ってみたいので位置を微調整しながら次々と撮っていく。
「よしよし、いいものが撮れているぞ。次はもう少し近くで撮ってみるか」
現像した写真の出来栄えを確認し、次なる一枚を撮ろうとカメラを構える。
すると、ファインダーが真っ黒になっており、目の前ではフンフンと妙な鼻息のようなものが聞こえる。
目の前には子鹿がいた。
「……お前、いつの間にやってきたんだ」
子鹿はカメラが気になるのか、つぶらな視線を向けながら顔を近づける。
舐められたり噛まれたりしてはたまったものではないので慌ててカメラを遠ざける。
すると、今度は手に興味を示したのか、子鹿が右手に顔を近づけてきた。
まだ角が生えていないことから生後一年も経っていないのだろう。柔らかな毛が生えている。
子鹿の頭を無意識に撫でようと手を伸ばすと、奥からチュィーンという金切り声が聞こえた。
視線をやると、そこには二匹の鹿がいる。この子鹿の両親だろう。
両親からの呼び声に子鹿はすぐに反応して戻るかと思いきや、目の前で佇んでいる。
生物的強者は俺だが、両親の目の前で子を撫でる勇気は俺にはない。
どうしたものかと佇んでいると、子鹿は自らの頭を俺の右手にこすりつけてきた。
それがどういった意味を込めているのか、俺にはわからないが、自然と撫でるように手を動かした。
「……お前は結婚するんじゃないぞ」
ひとしきり撫でられると子鹿は満足したのか、両親のところに戻っていった。
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