独身奏者はヤケ酒に付き合う
『独身貴族は異世界を謳歌する』の書籍発売中。
夕食を食べ終わり、リビングでストレッチをしていると唐突にベルが鳴った。
「誰かしら?」
部屋を出てエントランスまで降りていくと、そこには友人であるローラがいた。
「カタリナ~」
とりあえず、ロックを解除して中に招き入れるとローラが抱き着いてきた。
豊満な胸がふにゅりと形を変え、その圧倒的な柔らかさと質感に同性である私も戦慄せざるを得なかった。
なんという破壊力なんだろう。
いやいや、今は友人の胸を堪能している場合じゃなかった。
「どうしたのローラ?」
涙を流している友人を心配して尋ねると、彼女はポツリと言葉を漏らした。
「ヒラメ……」
「ヒラメ?」
「熟成させたヒラメに負けたんですよ、私ぃ~~っ!!」
熟成させたヒラメとローラの涙。まったく関連性がわからなかった。
「ここで大声を上げたら迷惑だから、とりあえず私の部屋に行くわよ」
こんな状態の彼女をエントランスに放置はできないし、ご近所の迷惑になってしまう。
泣きべそをかくローラの手を取って、私は自分の部屋へと招き入れた。
「ひっく、ひっく……相変わらず部屋が汚いです」
「文句言うなら追い出すわよ?」
リビングにたどり着くなり、いきなり部屋を貶してくる友人。
そりゃ、お世辞にも片付いている方ではないけど、夜に突然押しかけてきた者の言える台詞ではないと思う。
散らかっている衣服をとりあえず端に寄せて、不必要なゴミもまとめて捨てる。
いつもはこんな風に大雑把な片づけをすると、ローラが慌てて止めにきたり、窘めたりするのであるが今日はそんな余裕も元気もないみたいだ。
ローラがこんな風に泣いている理由。なんとなく心当たりが付いているが、尋ねるしかないだろう。
「はい、お水」
「赤ワインがいいです」
ほんのりと赤く染まっている頬から水がいいと思ったが、彼女はきっぱりと酒を所望した。
その図々しさに思うところはあったが、弱っているようなので甘やかしてあげることにした。
二人分のワインを用意し、お皿にはクラッカーを並べる。
ディップするソースは中央区の店で買ったアボカドクリームチーズだ。
それらを持っていくと、ローラはソースにクラッカーをつけて、赤ワインを口にした。
「それで何があったの?」
ローラが落ち着いたタイミングを見計らって、私はローラに何が起こったのかを尋ねた。
すると、彼女はワイングラスを片手にしながら、今日起こった出来事を語り始めた。
話を聞いてみると、やはりジルクが関係していた。
以前、次の仕事の際にはジルクを誘って食事に行くと決意していた。
そして、今日仕事終わりに彼女は勇気を出し、二人で食事に行くことに成功したらしい。
私からすれば、人との付き合いを苦手とするジルクと一緒に食事に行けたことが意外だった。
まあ、そこまでは良かったのだが、ローラが次のお店に誘ったところで事件が起きた。
「私の告白、ヒラメに負けたんですよ!? 私よりも熟成させたヒラメが大事だって! 信じられません! 勇気を出して誘ったのに!」
夜に女性と二人っきりの食事で『もう一軒行こう』というのは、あなたともっと親密になりたいという意味だ。
ほぼ告白手前のような言葉だ。しかし、ジルクはそれを言われたのにも関わらず、家で仕込んだ熟成ヒラメを優先させたようである。
それを聞いた時は何ともアイツらしいと思ってしまったものだ。
呆然とするローラを前に、そのヒラメの美味しさを語るジルクが目に浮かぶようだった。
なんかもう色々と酷い。
ジルクがその言葉の意味を知らなかった可能性もあるが、彼ならそれを知っていてもヒラメを選んでいたと思う。
「だから言ったでしょう。ジルクはやめておきなさいって。アイツはああいう奴なのよ」
「ううう、まさかあんなに色々と酷い人だったなんて……」
さすがに今回の出来事でローラも少し懲りたようだ。
熟成ヒラメに負けたことにより、ローラの恋愛フィルターも取り除かれたようだった。
「私たちには音楽があるじゃない! 男なんかに構っている暇はないわ! 気持ちを切り替えましょう!」
「私はそろそろ結婚したいと思っていますけど、カタリナの言う通り気持ちを切り替えますね」
なんか前半余計な言葉がついていたけど、ローラの心に届いたようだ。
いつものような柔らかな笑みに戻っていた。
それから彼女は、グラスに入った赤ワインを一気に煽ると窓を開けてベランダへと出た。
すうっと大きく息を吸うと、そのままベランダの柵に身を乗り出すようにして叫んだ。
「ヒラメのバカ野郎ー! なにが熟成だ! 昆布締めだ! カルパッチョだー!」
「ちょちょっ! 近所迷惑になるから止めて!」
やはり酔っているのだろう。急に大声で叫び出したローラを慌ててリビングに連れ戻す。
隣にはヒラメの熟成を味わっているバカ野郎がいるんだから本当にやめてちょうだい。
ここで遭遇なんかしたら余計に面倒なことになるから。
大声を出してどこかスッキリとした様子のローラとは正反対に、私は冷や汗を流すのであった。
これにて二章は終了です。
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近日中に三章を投稿します。お楽しみに。




