独身貴族はヒラメが大事
独身貴族の書籍が本日発売です!
書き下ろしもありますのでよろしくお願いします。
そして、コミカライズ決定です。
水曜日のシリウスにて冬頃連載予定。
係員の者にホールの施錠は団員の者がすると伝え、俺とローラは歌劇場の外に出る。
外は既に薄暗くなっていた。
今日の日銭を手に酒場に駆け込む冒険者や、王都の観光を満喫した富裕層の家族。様々な人種、職種のものが飲食店へと吸い込まれて行く。
「ジルクさんは、食べたい料理などはありますか?」
「そうだな。この近くに美味い海鮮料理とワインを出す店がある。そこでどうだ?」
ただでさえ、他人と食事などという面倒なことをしているんだ。
食事くらい美味しいものを食べたい。他人に言われるがままに入ってマズい店に当たった時にはそのまま帰りたくなる。
俺には熟成したヒラメが待っているんだ。
「いいですね、海鮮料理とワインのお店! よろしければ、そこでお願いします!」
「わかった。案内する」
ローラに異論がないことを確認した俺は、そのまま移動する。
歌劇場から少し南へと下っていくと、目的の赤い屋根の店があったのでそこに入る。
すると、活気のいい出迎えの挨拶がくる。
「おや、ジルクさん。今日はお連れさんがいるとは珍しいですね!」
「仕事の付き合いだ。それより、奥の部屋を使ってもいいか?」
「はい、どうぞ!」
店主の許可をとってから俺はローラを連れて奥へ。
そこは三面が壁となっており、一面に衝立が置かれている半個室が四つ並んでいる。
ニクビシのような厳格な個室ではないが、ある程度ゆったりと食事ができるだろう。
ローラを奥の席に座らせて、手前側の席に座った。
若干戸惑い気味のローラに敢えて尋ねる。
「意外と庶民的な店で驚いたか?」
「え、ええ、ジルクさんは貴族なので……」
「貴族だろうと庶民的な店に行くものだ。出される食事の美味しさや居心地が良ければな」
高級店だからいいというわけではない。高級店でもマズい店はあるし、居心地が悪い店もある。
自分にとって美味しいと思えるか、居心地がいいと思えるかで判断して店に通っている。それを満たしていれば、どれだけ安い店でも俺は通うだろう。
「飲み物はどうする?」
「えっと、食事に合うもので合わせたいんですが、ジルクさんのオススメの料理とかありますか?」
「そうだな。ここに来たならアサリのワイン蒸しは外せないな。ここのアサリは食べ応えがあって美味い」
「それでしたら白ワインがいいですね!」
嬉々としてメニュー表を手に取るローラの様子を見ると、お酒はそれなりに好きなのだろう。
「他にも豆アジのエスカベッシュやシーフードグラタンもオススメだ」
「それも頼みましょう!」
そんな感じでの白ワインに合いそうな料理を中心に、いくつかのおすすめの料理を頼んでいく。
ただ、量は少なめだ。俺にはヒラメが待っているからな。
自制しつつ店員に注文をすると、俺とローラは適当に会話をしつつ料理を待つ。
やはり奏者という専門性のある職業だからか、彼女の語る話題はとても興味深い。
王都ではどんな曲が流行っていたのか、どのような楽器が人気なのか。この世界の音楽世界の発展が大まかに理解できて勉強になった。
「アサリのワイン蒸しに豆アジのエスカベッシュです!」
そんな風に会話していると、程なくして酒と料理が差し出される。
深皿には大量のアサリが積み上がっており、実に香ばしい匂いを漂わせている。
「うわっ、とても大きいですね!」
アサリの酒蒸しを見たローラが驚きの声を上げる。
皿に盛りつけられたアサリは、市場で売っているものよりも二倍近く大きいからだ。驚くのも無理はない。一体、どこから仕入れているのやら。
平皿に盛り付けられた豆アジの方はニンジンやタマネギ、ピーマンなどが美しく飾り付けられていた。
「まずは乾杯だな」
「はい、お疲れさまでした」
白ワインの入ったグラスを軽く合わせて、口に含む。
しっかりと冷やされたワインが喉へとスッと通っていった。
喉を潤すと早速アサリのワイン蒸しだ。
深皿から自分の分とローラの分を取り皿に分けると、後はそれぞれ食べるだけだ。
自宅ならばそのままかぶりつくところであるが、お店なので自重だ。
フォークを使って貝殻から身を外して口に入れる。
すると、口の中が火傷しそうな旨みのこもった汁が弾ける。
身の弾力と塩味を楽しみつつ、白ワインを飲むとこれまた美味い。
「お、美味しいっ!」
目の前で食べているローラも目を見開いていた。
思わず漏れた大きな声は、彼女の本心であることがよくわかる。
「だろう?」
「こんなに美味しいアサリを食べたのは初めてです!」
アサリの身はとてもプリプリとしている上に、砂残りはまったく感じない。料理人の処理の仕方がいいのだろう。
そして、なにより凄いのはこの大きさだ。ひとつひとつの満足度がまるで違う。
ローラはフォークを上品に使いながらもパクパクとアサリを食べて、ワインを呑んでいる。
気に入ったのかペースが早い。
「もう一杯頼んでおくか?」
「すみません、お願いします」
申し訳なさそうに言うローラの言葉を聞いて、俺は店員を呼んでワインを追加する。
減りの早さを見ると、グラスに注いでいくよりもボトルで置いておく方がいいだろう。
「豆アジのエスカベッシュも美味しいです!」
「そうか。どんどん食べるといい」
やけに俺に話しかけることが好きな女だが、美味しい食事と酒を出せば静かになるようだ。
お腹も満腹になれば満足して、俺を解放してくれるだろう。
「お待たせいたしました、シーフードグラタンです」
程なくすると、メインともいえるグラタンがやってくる。
「グラタンの上に載っている、この茶色いソースはなんでしょう?」
「ウニという海の岩場なんかに生息している生き物の身だ」
ウニは王都で最近出回ったばかりの食材なのでローラは知らなかったようだ。
今のところ認知されていないので価格はそれほどであるが、そのうち高級食材となるだろう。
「……これも美味しいのでしょうか?」
既にこの店の料理の虜になっているのだろう、ローラの瞳がキラキラと輝いている。
「このグラタンのメインといってもいいな。率先して食べるべきだ」
ローラの取り皿に盛り付けてやると、彼女はおそるおそるそれを口にする。
「ああ! これ、美味し過ぎます、ジルクさん。ウニとチーズの相性が抜群です」
どうしようもないほどに顔を蕩けさせるローラ。
俺は一刻も早く家に帰るために、ローラに美味しい料理を食べさせ続けるのであった。
●
「あううう、すっかりお腹いっぱいになってしまいました」
全ての料理を平らげたローラは、とても満足そうな顔をしていた。
ワインボトルを二本呑み干したために顔が赤くなっているが、酔っているというほどではなさそうだ。元からお酒には強いタイプなのだろう。
泥酔なんかされると取り扱いに非常に困るのでそこは助かった。
「そろそろ、帰るとするか」
解散してもいい頃合いだろう。
そう思って立ち上がると、ローラがこちらの腕を掴んでくる。
「待ってください、ジルクさん」
「なんだ?」
視線を向けるとローラが赤い顔のままこちらを見つめていた。
「もう一件、行きませんか?」
「これ以上は遅くなる。このぐらいにするべきだ」
「仕事だけの関係で終わりたくないんです。もっと、ジルクさんのことを知りたい……ダメですか?」
切なさそうな表情を浮かべて尋ねてくるローラ。
酒気を帯びて赤くなった表情や綺麗な瞳で見上げられれば、普通の男ならば庇護欲をそそられるだろうな。
「ダメだ。俺にはこの後大事な用事がある」
「ええ? よ、用事ですか?」
「ああ、冷蔵庫に熟成させておいたヒラメがちょうど食べごろでな。昆布締めやカルパッチョにして食べるんだ」
「ヒラメ? わ、私よりも、熟成させたヒラメが大事なんですか……?」
用事の内容を伝えると、ローラは引きつった表情で尋ねてくる。
「当たり前だろ?」
なんのために手間暇かけて熟成させていたと思うんだ。今夜を逃せば、俺の好きな味は過ぎ去ってしまうからな。当然、ヒラメが優先だ。
そんな簡単なこともわからないということは……。
「さては熟成させたヒラメの美味しさを知らないな? 魚は必ずしも新鮮であること=美味しいわけではない。釣ったばかりの魚は身がコリコリとして食感は良いのだが、旨みが薄くてその魚の持ち味が出ない。何故かというと、魚は死んだ後に旨みが増して――」
「もういいです! 帰ります!」
俺が熟成させたヒラメの美味しさを語ろうとすると、ローラはヴァイオリンケースを手にして個室を飛び出していった。
「……なんだ? あの女は?」
これからが熟成の奥深さであり、面白いところであるというのに急に帰ってしまうとは。
「まあ、いい。これで俺も家に帰れる」
一人なら帰るタイミングも自由だ。
俺はすぐに会計を済ませると、店を出て自宅へと向かった。




