独身奏者は恋を応援する?
歌劇場でジルクと出会った翌日。歌劇場の入り口でローラを見かけた。
昨日の別れ際がアレだっただけに、ちょっとだけ顔を合わせづらい。
だけど、私が変な姿を見せただけで別に喧嘩したわけではない。ぎこちなくなるのもバカらしいと思い、勇気を振り絞って私から声をかけた。
「ローラ、おはよう」
「ひゃっ!」
明るく声をかけて肩を軽く叩くと、ローラが短い悲鳴を上げた。
これには周囲にいた人たちも何事かと視線を向けてくる。
ローラは少し顔を赤くしながら「すみません」と頭を軽く下げていた。
「大丈夫、ローラ?」
「すみません、少しボーっとしていました。カタリナ、おはようございます」
にっこりと柔和な笑みを浮かべて返事をしてくれるローラ。
「昨日はなんかごめんね? まさか、依頼人が知り合いだと思わなくて」
「いえいえ、驚くのも仕方がありませんよ」
何とも曖昧な言い訳であるがローラは特に気にすることなく流してくれたようだ。
彼女の度量の広さに私はホッとする。
あんな子供みたいに拗ねた友人を見れば、私なら呆れてしまうかもしれない。
「あの、カタリナはジルクさんとはどういった知り合いなんです?」
しかし、ホッとしていたのも束の間、ローラはとんでもない質問を飛ばしてくる。
「ど、どういった知り合いって、軽く言葉を交わすくらいだけど?」
家は隣とかなり近いし、作曲における取り引き先ではあるが、友人のように仲が良いわけでもないし、頻繁に喋ることもない。一見すると距離が近いように見えて、実は浅い関係だ。
取り引きのことはローラであろうと言えないので、言葉として表すならこれがしっくりくるだろう。
「じゃあ、婚約者とかそういうんじゃないんですよね?」
「ええ!? それを聞くってことはローラ、もしかして……!?」
やけに真剣な表情とその質問内容にさすがに察しがついた。
でも、できれば間違いであってほしい。
「は、はい。素敵な方だと思っています」
顔を赤く染め、恥ずかしさのこもった表情を浮かべるローラ。
その表情はまさしく恋する乙女だ。
同性である私ですらそんな姿は可愛らしいと思う。
「ええ? なんで? どうしてよりによってアイツ?」
ローラは貴族でこそないものの、王都でも有名な商家の娘だ。
それでいて管弦楽団の中でもヴァイオリンの実力者。
見ている者を癒すような柔和な笑顔で性格もとても温厚。
胸元はたわわなのにくびれるところくびれておりスタイルもとてもいい。
そんな彼女の美貌に惚れてアプローチしてくる男性も多い。
だからこそ、ジルクなんかには勿体ないと思ってしまう。
「ローラの柔らかな音色がいい……曇りのない眼差しであんな風に言われたら……きゃー!」
内容に若干の妄想が入っている気がするが、確かにジルクはそんな台詞を言っていた。
彼は気にしていないかもしれないが、あれは奏者にとってこれ以上ないほど嬉しい言葉だ。
ジルクの外見の良さも相まって、ローラはそれで完全に落ちてしまったらしい。
「ねえ、カタリナ。ジルクさんは子爵だけど、平民の私にもチャンスはあると思いますか?」
デレデレとした表情から一転し、真剣な表情で尋ねてくるローラ。
「普通なら難しいんだけど、彼の場合は特別な状況だからねぇ。チャンスはあるかもしれないわ」
いや、ジルクはこの年齢まで独身という異常な状態だ。ルーレン家もきちんとした伴侶を得ることに歓迎するだろう。
ルーレン家でもっとも優秀な息子がいつまでも結婚しないことを悩んでいると聞いたし。
下手をすれば、嫁にとれるなら平民でも第一夫人に据える可能性だってある。
身分が足りなくても適当な男爵家の養女として籍を入れて、嫁がせる方法だってあるのだ。ジルクが相手となれば、決して無謀な恋ではない。
「そうなんですね! なら、私にも可能性が……!」
私がそのことを説明してあげると、ローラがすごく嬉しそうな顔をする。
「決めました! 私、次の仕事でジルクさんをお食事に誘います!」
「ええええ! 本気? 確かにあいつは外見もいいし、収入もあるし、家柄だってあって音楽にも理解はあるけど――」
「奏者にとって理想の男性じゃないですか!」
「そ、そうかもしれないけど! アイツは基本的に自分勝手よ? とても誰かと一緒に歩めるような性格はしていないわ!」
「そうでしょうか? 何度か仕事をしている上ではそうは感じませんでした。強いて言えば、神経質な部分はあると思いますが魔道具師であれば当然のことですし、そういう拘りも含めて私は素敵だと思います」
ジルクの欠点を伝えてみせたが、残念ながら恋愛フィルターのかかっているローラには効かないようだ。
そう言われれば美点のように思えるが、私はそうは思わない。
「もし、仮にジルクさんがそういった欠点を持っていたとしても、人間である以上そういった部分は誰にでもあると思います」
ローラのこれ以上ない正論に私は思わず詰まる。
「そ、そうかもしれないけど、ジルクだけはやめておいた方がいいわ」
「どうしてカタリナは私からジルクさんを遠ざけようとするんです? ひょっとしたカタリナもジルクさんのことが好きなんじゃ……?」
な、なんだかローラの様子がおかしい。
いつもは落ち着いて柔和な笑みを浮かべている彼女がこんな変なことを言うなんて。
「それはないから!」
「それじゃあ、カタリナ。私がジルクさんとお付き合いできるために協力してください。なんでもいいので彼のことを知りたいのです」
「え、ええ、わかったわ! 私の知っていることは全部教えるから!」
私がそのように言うとローラがいつもの表情に戻った。
落ち着いているローラが、恋をするとここまで盲目になってしまうなんて。
恋をすると女性は変わると聞くけど、ここまで変わってしまうものなのね。
友人の変貌具合に戦慄しながら、私はジルクの知っている限りの情報を話すのであった。




