独身奏者は釈然としない
「終わったぁ!」
全体練習を終えた私は、その達成感から一息をつく。
「カタリナ、今日は音がすごく乗ってましたね」
凝り固まった背中の筋肉をほぐして伸びをしていると、同僚であり同じくヴァイオリン奏者であるローラが声をかけてきた。
桃色の長い髪に泣き黒子が特徴的。
見る者を安心させる柔らかな笑顔に私は癒された。
「ありがとう、ローラ。最近調子が良いみたい」
「次々と作曲するだけじゃなく、ヴァイオリンの方も手を抜かないんですからカタリナはすごいです」
「まあ、そうでもしないと上には登っていけないから」
天才的な演奏技術でもなければ、奏者だけでは身を立てることは難しい。
そして、自分にそこまでの才能が無いことは自覚していた。だから、私は作曲家としても奏者としても頑張らないといけないのだ。
まあ、実際は作曲の方もそこまで才能がなく、お隣さんの力を借りての成果なので後ろめたい。
だけど、そのうち自分でも素晴らしい曲を作れるようになってみせる。
「この間、発表した新曲も大人気だっていうのに向上心が高い」
「向上心なくして成長はないからね」
王都一になったとしても私は満たされることはない。その次には王国一、世界一とまだまだ先がある。
天才とはいえない私だけどその領域に入り、世界中に自分の音楽を広めたいから。
「そういえば、気になっていたんですけど、どうして前回は急に新曲をやるって言ったのでしょう?」
「オレも気になってたぜ。あの曲、発表はもう少し先の予定だったよな? なんで急にやり始めたんだ?」
傍で話を聞いていたのかリザードマンであるディックスも尋ねてくる。
爬虫類のような縦筋の入った瞳がぎょろりと向けられる。
「べ、別に意図はないわ。観客が盛り上がっていたからあの時がいいって思っただけよ」
私はそのように言ってみせるがローラとディックスは瞳を細めた。
「怪しいですね」
「ああ、怪しいな」
「な、なにがよ?」
「そういえば、あの日はやけに二階の観客席に視線をやっていましたね?」
ローラの訝しむような言葉に私はギクリと身体を震わせた。
「そ、そうかしら?」
「ええ、チラチラと視線をやっていて序盤は集中力が散漫でした」
「となると、カタリナの男か!」
確かにあの日は珍しくアイツがいた。だから、ぎゃふんと言わせるために無理を言って、新曲を発表させてもらったんだけど、そんなことを言えば妙な勘繰りをしてくるに決まっている。
「別にそんなじゃないから! もうこの話はやめ! それよりも、今日は早く練習が終わったことだし、久しぶりに皆で呑みにでも行かない?」
私は話題の転換を図るために話を打ち切って、ローラやディックスを誘う。
「行きたいところですが、今日は用事がありまして……」
「オレもだ」
普段はなにかと付き合いが良く、食事が大好きな二人であるが首を横に振られてしまった。
「珍しいわね。今日は用事?」
私がそのように尋ねると、ローラとディックスは微妙な表情をしながら顔を見合わせる。
なにか言いづらいことがあるような。
これが一般的なカップルであれば、二人がいい仲になったことを疑うのだが、ローラは人間族でディックスはリザードマン。二人が恋仲になることはあり得ない。
だとしたら、他になにか言いにくいことがあるのだろうか。
察しがつかず、私は心の中で不思議な気持ちを抱く。
「……実は個人から依頼が入っていまして、私たちはこの後も仕事なんです」
申し訳なさそうに言うローラの台詞に私は納得がいった。
どうやらローラもディックスも個人的な仕事があるらしい。私がそこに含まれていないのでちょっと言いづらかったのだろう。
同じ奏者として声をかけられなかったのは悔しい思いがあるけど、これは仕方がないことだ。
私たち、奏者は個人的に演奏してくれと頼まれることが多い。
大規模なものであれば、劇団を通して行われるものであるが、個人でもある程度自由に引き受けることは認められている。勿論、本業に支障を出さない範囲でだ。
「そうだったのね。にしても、二人が個人的な依頼をわざわざ受けるなんて珍しいわね。個人の依頼なんて面倒ごとの方が多いでしょ?」
大規模な依頼ならまだしも個人的な依頼は旨みが少ない。
わざわざ貴族の屋敷に呼び出されて、素人の依頼人に口を出されながら引いたり、甘ったれたお坊ちゃまを相手に指導したり、そもそもの報酬金が低かったり、ケチられることも多い。それが原因でトラブルになることも多々だ。
多大な労力の割に見合わない報酬が多いので基本的に敬遠することが多い。
日々の復習、予習などに忙しい私たちが、好んでやる必要のない仕事という認識だ。
それなのに個人での仕事を請け負った理由が気になった。
「そうなんだが今回の依頼人は物分かりが良くてな! しかも金払いがいいときた!」
「そうなの?」
「おう、平均的な相場の二倍だ」
「それは美味しいわね」
「歌劇場のホールを依頼人の負担で貸し切ってくれているので、私たちは相手の求める曲を演奏するだけですね」
報酬が相場の二倍だけでなく、歌劇場のホールを一つ貸切るだなんて依頼主はかなり裕福で立場もあるのだろう。
報酬はともかくホールを一つ貸切るなど中々できることではない。
「奏者じゃない割に妙に曲への理解が深くて、ケチをつけてくるのが欠点だけどな」
「ですが、あの解釈も間違いではないと思います。私としては依頼人の指摘も面白いと思ってますよ」
「まあな」
やや神経質な側面もあるようだが、依頼者が自分好みの曲を演奏するように注文するのは当然の権利だろう。なにせそのために大金を出しているのだから。
「ふーん、そうなんだ。いい仕事そうで良かったじゃない、今日は別の人を誘うことにするわ」
「は、はい」
仕事がある二人をこれ以上拘束しては申し訳がない。私は手早くヴァイオリンをケースに戻して、他の友人に声をかける。
「ねえ、ドワンゴ。これから呑みにでもどう?」
「悪いな、ワシも仕事なんじゃ」
後ろの席でコントラバスをいじっているドワーフの友人に声をかけるが断られてしまう。
「あら、そう? エスメラとブリギットは?」
「ごめーん、あーしたちも仕事~」
ならばと思って同じヴァイオリン奏者に声をかけるが、こちらもすげなく断られてしまう。
「ええ? 二人も仕事?」
ここまできっぱり断られるって、もしかして私嫌われている? 作曲家として活動する上での皆の協力は不可欠。
そうならないように立ち回ってきたつもりだけど、何か原因がある? 調子に乗っていたかしら?
「あーしたちもって言うより、ここにいる人のほとんどが同じ依頼での仕事だと思うよ?」
「というか、この中で呼ばれていないのって癖のある楽器使ってる人を除けば、カタリナくらいじゃない?」
などとマイナス方面に考えていると、エスメラとブリギットがなんともハッキリ言ってくれる。
「ええ? そうなの?」
「多分二人の言う通りだと思う」
「悪いな。だから、なんか言いにくくてよぉ」
ローラとディックスに尋ねると、二人は何とも微妙な顔で言った。
それは言いづらいわけよ。
「……そ、そうなのね」
にしても、扱いの難しい楽器は除くとして、ほぼ全員が依頼される中、私だけが依頼されないってどういうこと?
自慢じゃないけど今王都で一番勢いのある作曲家として名前も売れているし、ヴァイオリン奏者としてもここではトップレベルだ。
そんな私だけが呼ばれないって、おかしくないかしら?
「それじゃあ、私たちは仕事だから行くわね」
「悪いな、カタリナ。また今度な!」
沸々と怒りが湧いてくる中、ローラやディックスがそそくさとホールを出ていく。
ドワンゴやエスメラ、ブリギットに続いて、他の奏者たちも引け目を感じるように出ていった。
残ったのは癖の強い楽器持ちと私だけ。
癖の強い楽器持ちは、まったく気にしていないのか優雅に楽器を整備している。
「……なんか釈然としないわね」
どうして私だけが依頼されないのか理解できない。
顔も合わせたことのない依頼主に無性に腹が立つ。
新手の嫌がらせかしら?
「確かローラたちは歌劇場のホールの一つを貸し切っていると言っていたわね」
ということは、彼女たちを尾行していけば依頼人の面を拝むことができる。
どういう意図があるのか知らないけど、どんな奴か確かめないと気が済まない。
そう思った私はすぐにホールを出て、ローラたちの後を尾行することにした。
●
こっそりとつけて進むとローラたちが三番ホールに入っていくのが見えた。
こちらはコンサートで使うような大きなホールではないが、外部からの貸し出しを受け付けている小さなホール。防音設備も整っておりそれなりの広さもある。
普段はダンスのレッスンが行われていたり、劇団員が個人的に集まって練習したりもしている場所だ。
自分は呼ばれている訳ではないので中に入ることは出来ないが、扉には丸い窓がついているのでそこから中を覗き込むことにした。
ホール内を見ると、ディックスをはじめとする団員たちが楽器を手にして座っていた。
その中でローラは誰かと会話をしているようだった。
ディックスをはじめとする見覚えのある奏者と話しているわけではない。他のものはそれぞれ真剣な様子で楽器を調整している。
つまり、ローラと会話している人物は団員以外の第三者かもしれない。
「話しているのは依頼人かしら? この角度からじゃ見えづらいわね……」
背中や肩は見えるのだが肝心に人相が見えない。
せめて、顔だけでも確認しようと身体を動かして視線をずらす。
「んん、見えそうで見えないわね」
覗けるガラスが小さいからか上手く角度がつけられない。
どこか別のところから覗ける場所はないものかと右往左往していると、突然目の前の扉が開いた。
「さっきからそこで何をしている?」
驚きながらも扉から離れると、中から見覚えのある男性が出てきた。
アパートの隣人であるジルクである。
「あなたこそ何でここに!?」
「個人的な用事でやってきてるだけだ」
「それって、もしかして奏者たちに曲を演奏させるってやつ?」
「そうだ。音の箱庭にお気に入りの曲を録音しようと思ってな」
ジルクの言葉を聞いて私は色々な意味で納得した。
ホールを丸ごと貸し切ることや、奏者たちに相場の二倍の報酬を払うという大きな器や財力に。魔道具師として活躍しているこの男であれば、それらはどれも造作もないことだった。
さらにディックスが言っていた奏者じゃないけど、曲への理解が深いという言葉にもだ。
何故ならそれは彼が元になる曲を知っているから当然だろう。
「カタリナ、ジルクさんと知り合いだったのですか?」
ジルクの後ろには先程まで会話をしていたローラの姿が。
「え、ええ、パーティーで何度か顔を合わせてね」
さすがにこの状況でお隣さんとは言いにくいので曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す。
同じ貴族であるので別に違和感はあるまい。
「それでお前は何してたんだ? ずっとここでちょろちょろしていたみたいだが?」
ジルクから向けられる鋭い視線。
そういえば、Bランク冒険者だって言っていたわね。高ランク冒険者だけあって人の気配にも敏感なのだろう。
「……友人たちが個人の依頼を受けてるって聞いて、少し様子を見にきただけよ」
そのことをすぐに思い出した私は下手な言い訳をせずに述べた。
ローラたちのことが心配だったのは事実だ。
「そうか。お前は呼んでいないから帰ってくれ。ここでちょろちょろされては気が散って仕方がない」
さすがに温厚な私もこの一言にはイラっとする。
「ねえ、曲りなりにも知人である私に声をかけないっておかしくない? ローラがいるってことはヴァイオリン奏者も必要だったんでしょう?」
「知人だから敢えて声をかけなかったんだ。それに大きな理由はもう一つある」
「なによ?」
私が尋ねると、不機嫌そうにしていた彼は口を開く。
「お前の演奏は少し感情表現がきつい。俺が録音したいと思った曲には合わん。だから、俺はお前を選ばず、柔らかで優雅な音色を奏でるローラを選んだ」
「え、ええっ!?」
ジルクのストレートな言葉に傍にいたローラが顔を赤くした。
乙女のような顔をしている友人に若干のイラつきがあったが、ジルクの理由にはおかしなところはなかった。むしろ、的確過ぎて苛立ちが募るばかり。
「あっそ。それはお邪魔しましたね!」
激しい感情を発露しそうになった私は、何とかそれを堪えて去ることにした。
自分の演奏を否定されたことは何度もあるし、エルトバに苦笑されながら作った曲を否定されたこともある。
それくらいで激昂するほどヤワではないと思ったが、何故かジルクに言われると強い苛立ちを覚えた。
「……私、なんでこれくらいのことで怒ってるんだろう?」
歌劇場から出ると、不意に私はそう思った。
多分、悪意があって仲間外れにされたわけではない。
いや、もしかしたら面倒くさいという思いで除け者にされた部分もあるかもしれないが、これくらいのことで怒ることではない。
「多分、アイツが憎たらしいからだわ。一人だけど今日はパーッと呑みに行きましょうっと!」
気持ちを切り替えた私は、颯爽と中央区にある飲み屋街に繰り出した。




