独身貴族は静かに決意する
「さあ、挨拶が皆の終わったところで、本日のメインとなるコーヒーを飲もうじゃないか」
男爵家の他にも何人かの貴族と挨拶を終えると、アルバートが手を叩いてそのように言った。
すると、貴族たちが速やかにイスに座り始める。
残っているテーブルはアルバートの座るところだけ。
俺やアルト、レナード、グレアスがこの中では一番地位が高いらしく、俺たちもここに座る他はないようだ。
適当に遠いイスに座った凄そうという俺の目論見は儚く散った。
「これらがルーレン家の作ってくれた新しい道具と魔道具だ。これを使ってこの豆を挽いてコーヒーを作る」
アルバートがそのように説明すると、使用人たちが各テーブルに手動ミルと自動ミル、それにコーヒー豆を置いていく。
「ほお、これが最近流行りのコーヒーですね」
「この豆、とても香ばしい匂いがしますな」
コーヒーを既に知っているものは動じていないが、初めて目にした者は興味深そうにしていた。
ノイドを含めた使用人が貴族たちの質問に丁寧に答えていく。
うちのテーブルではほとんどの者が熟知しているが、グレアスとレナードは初めて目にしたのか楽しそうに触っていた。
「へえ、これがジルクたちの作ったやつか。刃も綺麗に加工してあるな」
「ちょっと、いきなり分解するのはよしなさいよ」
「いや、そうした部分がどうしても気になってな」
内部の機構をある程度観察すると、グレアスはすぐにパーツを組み立てて元に戻した。
魔道具でもない手動ミルは作りも単純で、鍛冶師であるグレアスからすれば、分解も組み立てもお手の物だろうな。
「それらを使ってコーヒーを飲むのだが、今回はプロを呼んでおいた。私が贔屓にしている喫茶店のマスターのロンデルだ。彼に淹れてもらおうと思う」
アルバートに紹介されて恭しく頭を下げるロンデル。
すぐ傍にあるテーブルにはロンデルがいた。
喫茶店から持ち出したのかテーブルの上には手動ミルや自動ミルの他に、オリジナルの道具がいくつも載っている。まるで小さな喫茶店のようだ。
ロンデルは皆に見えやすいようにコーヒー豆を手動ミルに入れて、ハンドルを回して挽いていく。
レナードやグレアスを始めとする、初見の者たちは興味深そうにそれを眺めていた。
貴族たちの目の前でコーヒーを作るのは緊張するはずだ。
しかし、ロンデルはそれを感じさせない落ち着いた表情で作業を進めていた。
豆を挽き終わると、サイフォンの上に粉を載せてお湯で抽出していく。
長閑な庭園に香ばしいコーヒーの香りが漂い始めた。
やがて、抽出が終わるとティーカップに注がれ、使用人の手によってテーブルに運ばれる。
勿論、最初に運ばれるのは地位の高い者の集まる俺たちのテーブルだ。
「僕と兄は、この間喫茶店で呑んできたのでお先にどうぞ」
「そうか? なら、遠慮なくいただくことにしよう」
手動ミルで作ったものであるために出来上がった量は少ない。
つい最近飲んできた俺たちよりも残りの三人を優先した。
アルバートは手慣れたようにブラックで味わう。
「ああ、やっぱりロンデルの淹れるコーヒーは美味いな」
一口飲んでしみじみと呟くアルバート。
レナードとグレアスもアルバートを真似して同じようにそのままで味わう。
「うお、思ったよりも苦いな」
「苦いけど甘くて酸っぱさもあって不思議な味ね」
一口飲んで驚くグレアスと、じっくりと味わっているレナード。
「飲みにくいと感じればミルクや砂糖を混ぜてみればいい。飲みやすくなる」
「それじゃあ、ミルクを入れてみようかな」
「私はこのままでいいわ」
そのようにアドバイスをしてやると、グレアスがミルク瓶を手に取って少し注いだ。
「おお、これなら飲みやすくていいな」
どうやらグレアスはカフェオレにして飲むのが好みだったらしい。
それからロンデルは手動ミルではなく、自動ミルを使って次の分を作り初めていた。
ミルの実演ということもあるので、手動ミルだけでなく自動ミルも使ってくれているのだろう。
まあ、自動ミルだけで全員分を作っていては時間がかかってしまうからな。それぞれのミルに良し悪しはあるが、別に自動ミルを使ったからといってマズくなるわけでもない。
手動ミルとは違った、高速回転による粉砕音が響く。
「あら、魔道具の方は随分と早く挽き終わるじゃない」
「手動と違って、簡単に早く大量に作れるのが利点だからな」
手動ミルよりも迅速に作ることのできる自動ミルにレナードを含め、貴族たちも驚いているようだ。
先ほどとは違って、たくさんのティーカップを使用人が運んでいく。
これで全員分のコーヒーは無事に行き渡ったようだ。
使用人からの説明を受けて、貴族たちがおずおずとコーヒーに手を伸ばす。
グレアスのように苦みに驚く者や、レナードのようにじっくり味わう者と反応は様々だ。
苦みが苦手なものは使用人のアドバイス通りにミルクや砂糖を混ぜると、飲めるようになったのか茶菓子と合わせて口にしていた。
苦みすらも楽しめる一部の者は、そのままブラックで楽しんでいる様子だった。
それぞれに味わう好みがあって見ていると中々に興味深いな。
しかし、そういった者を眺めていると明らかにカップが重そうにしている者がいた。
そういった者にはノイドがさり気なく歩み寄って、別の飲み物を差し出していた。
さすがは大貴族の使用人だけあって鍛えられている。
やはり、癖のある飲み物だけあって合わない者もいるだろう。
コーヒーの試飲会とはいえ、身体に合わないものは無理に飲まない方がいい。
合う合わないも含めて、このお茶会を彩る会話にもなるだろう。
「コーヒーやお茶菓子のお代わりはたくさんある。気軽に使用人に言ってくれ」
アルバートのそんな声を聞いて、コーヒー仲間をはじめとする強者は早速使用人を呼びつけていた。
●
「ジルク殿、少しバリスタの話をしようじゃないか」
コーヒーを飲みながら貴族たちが談笑し縁を深めていく。
そんなまったりとした時間の中、アルバートが声をかけてきた。
俺たちが込み入った話をすると察したのか、レナードやグレアス、アルトはそれとなく席を外す。
別にそこまで機密性の高い話ではないが、茶々を入れられると面倒なので有難かった。
「わかりました」
俺が頷くとアルバートはロンデルを呼びつける。
自動ミルで作ったコーヒーがポットに入っているし、状況としては大分落ち着いてきた。
仮にお代わりがあったとしても使用人が注いでくれるだろう。
「どうされましたか?」
「少しコーヒー文化の今後を考えたいと思ってな。まあ、席に座ってくれ」
「では、恐れながら失礼させていただきます」
アルバートにそのように言われて、ロンデルがおずおずとイスに腰かけた。
最初に口を開いたのはアルバート。
「我々はこの素晴らしきコーヒーをもっと広めたいと思っている。ロンデルも同じ考えだと前に聞いたが、今でもそれは変わりないか?」
なんだかアルバートだけでなく俺も混ざっているように思えるが、実際に協力しているのは確かだし否定するとややこしいので黙っておく。
「はい、同じです。この王都でもたくさんの人々がコーヒーを飲んで欲しいと願っております」
アルバートの問いかけに、真剣な口調で答えるロンデル。
どうやら気持ちは変わりないらしい。
「うむ、それなら問題はない。ジルク殿の作り上げたミルのお陰で今後、多くの人々にコーヒーが広まるだろう」
「はい、それは私も実感しているところです」
うん? そうなのか? 確かにこうやって貴族でお茶会を開いてはいるが少人数だ。
魔道具店でも追加の発注こそかかっているが、確実に売れる保証はない。
それなのに二人は違う角度での視点と未来を見ているらしい。
「このまま進めば順調にコーヒーを飲む文化は広がる。しかし、ロンデルのように正しい知識と美味しく淹れることのできる技術者がまったくない。私とジルク殿は由々しき現状を憂い、未来のためにコーヒーを美味しく淹れることのできる技術者、バリスタを育成したいと思っている」
「……バリスタ」
先程の言葉に関しては少し疑問だったが、この問題に関しては同意できる。
仮に少しずつコーヒーを飲む文化が広まったとしても、浅い知識を持った者たちが道具だけに頼っていては何の発展もない。
「俺たちがいなくなってしまえば、コーヒー文化はあっという間に廃れる可能性がある。一過性のものにしないためにも、未来へと知識や技術を繋ぐことが必要だ」
などと建前を述べているが、俺たちは老後も美味しいコーヒーを飲みたいだけだ。
やはり、自分の腕前では飲めるコーヒーに限界があるからな。
「ジルクさん……」
そんな内面を抱いているとは知らず、ロンデルは感動して涙目になっている。少し罪悪感。
「わかりました。コーヒー文化の発展のためにも私の知識や技術をお伝えいたします」
「おお、それは嬉しいぞ! では、うちの屋敷の使用人をそちらに送り込もう! コーヒーのことを指導してくれれば、遠慮なく従業員として使ってくれと構わん」
「待ってください、ブレンド伯爵」
「焦らなくてもいいぞ、ジルク殿。ルーレン家からも使用人を送るといい」
このおじさん、美味しいコーヒーが飲めることで頭がいっぱいになってしまっている。
アルバートは嬉しそうに提案したが、ロンデルが微妙そうな顔になったのを俺は見逃さなかった。
「いえ、俺が言いたいのはそういう意味ではありません」
「む? どういうことだ?」
「ロンデルが、そういった形での営業を望んでいるのかきちんと聞いてあげるべきかと」
我々のような貴族がそのように言ってしまえば命令でしかない。
落ち着いた歳になって、ようやく手に入れた喫茶店。
お気に入りの家具や調度品に囲まれて、食事や大好きなコーヒーを振る舞う。
そんな彼だけの小さな城に邪魔者となる人材を送り込めるだろうか。
俺が引退して、小さな店を開いたらのんびりとやっていきたい。
貴族が送り込んできた誰ともしれない使用人とやっていくなんて真っ平ごめんだ。
「そうであったな。ロンデルは、今後どのようにやっていきたい?」
「……恐れながら、私は今の状態を崩したくはありません。あの静かな雰囲気を気に入ってやってきてくださるお客様もおりますから」
アルバートが尋ねると、ロンデルは毅然とした態度でそのように告げた。
「そうであったな。私としたことが、ついバリスタの育成に舞い上がってしまっていた。あの場所を気に入っていたのは私も同じだというのに、すまない」
「いえ、私の我儘を聞いていただき感謝いたします。後継者という意味では、身内に一人心当たりがおりますので、その者を呼んでみようかと」
使用人は入れないようだが、身内に声をかけてみるらしい。
彼の身内話は聞いたことがなかったので、どのような者がやってくるか楽しみだ。
「そうか。では、使用人に覚えさせるにはどのようにするべきか……」
「定期的にロンデルを呼び寄せて、報酬を払って指導してもらう形はいかがでしょう?」
そうすれば、ロンデルの店に影響なく、バリスタを育てることができる。
「ほう、それはいい! 週に一度で構わないがどうだろう?」
「時間の空いている時でもよければ、是非そうして頂けると助かります」
「では、決まりだな!」
アルバートとロンデル、互いに納得いく形での取り決めができたようだ。
その後はさらなる種類の豆を増やすために、俺やアルバートが出資をするような話をしたり、具体的な指導の日時、報酬などについて語り合うことになった。
ノイドの忠告の声でかなりの時間が過ぎていることに気付き、その日のお茶会は解散となった。
アルトとアルバートを繋げるはずが、気が付けば俺ばかり喋っていたように思える。
まあ、意外と有意義に過ごせたことだし気にしないことにするか。
「ジルク様、あの、少しよろしいでしょうか?」
ちょっとした疲労感と心地よさを感じながら馬車に向かうと、男爵たちが寄ってきた。
「どうした?」
「あの、私たちにもミルを売っていただくことはできますか?」
「んん? 茶会の参加者にはブレンド伯爵からミルを配られていたはずだが?」
ブレンド伯爵がアクウィナスのパーティーで急に追加注文してきた五十セット。
そのいくつかは今日の茶会で配られていた。一人一セットもあれば十分だと思うが……
「仲のいい知人たちに広めたいものでして」
「私は父の誕生日に……」
「祖父に取られてしまうような気がして……」
などと口々に追加で欲しい理由を並べる男爵たち。
「何故、俺がそのような――」
「わかりました。ルーレン家が友好の証としてお贈りいたしましょう」
などと突っぱねようとしたらアルトが前に出て、勝手に引き受けた。
「本当ですか! ありがとうございます!」
返答を聞いて、男爵たちは嬉しそうな顔をして去っていく。別に俺が受けなくてもいいのか。
「おい、なに勝手に引き受けてる」
「ここは和解の証として贈っておくべきだよ。冷蔵庫やコンロならまだしも、原価の低いミルを数個贈るだけで関係は良くなるんだから」
「そんなことまで考えるなんて領主というのは大変だな」
俺はそこまで人間関係を考えたりはしない。深く考えれば考えるほど身動きがとれなくなり、縛られるからだ。
特に貴族の世界などその最たるもの。自由を愛する俺には到底向いていないな。
「そうさ。だから、兄さんももっと手伝ってよ」
「嫌だ。今回のことで俺は懲りた。もう生半可な協力はしない」
パーティーに強制参加してから、面倒事が極端に増えた。
俺が一人の時間を自由に過ごすためにも、そちら側には関わらないようにしよう。
アルトが文句の声を上げる中、俺は心の中で静かに決意した。




