独身貴族は謝罪を受け入れる
ロンデルにミルの営業の手伝いを頼んでからは、ルージュやトリスタンの営業効率も上がりメキメキと販売への下地を整えていった。
ルージュたちの負担も減り、愚痴も減ったのは大変喜ばしかったが、一つ誤算があるとすればロンデルの腕が良すぎて追加発注が増えてしまったことだ。
まあ、追加発注のほとんどはアルトに振ることができたので、ロンデル効果による追加分は俺が少し頑張ることで対応できる範囲。
着々と販売への下地が整っていく中、俺はひたすらに工房に籠ってミルを製作していく。
そして、ミルの販売日――を迎える前に、ブレンド伯爵のお茶会の日が来てしまった。
パーティーと同じように正装を身に纏ってアパートの外に出ると、既にルーレン家の紋章が入った馬車が待機していた。
ブレンド伯爵の屋敷は王都にあるので、ルーレン領からやってくるアルトが拾ってくれることになっていたのだ。
まあ、それは優しさに見せかけた弟の猜疑心だと思う。そうしないと俺が逃げるとでも思っているのだろう。
「兄さん、早く乗りなよ!」
輝かしい太陽と弟の眩しい表情が憎い。
これから面倒な催しがあるというのにどうしてそこまで活き活きとできるのか不思議でならなかった。
いつも通り穏やかな笑みを浮かべたギリアムが馬車の扉を開け、気だるげながらもそこに乗り込む。
室内にあるイスに座り込むと、馬車はゆっくりと発車した。
「……追加分のミルはどうだ?」
「ついさっき、兄さんの工房に寄ってルージュさんに渡してきたよ」
「そうか。それならいい」
物ができてしまったのなら茶会に行って、俺が最初から参加することがバレても問題はないな。
「問題はないとは思うけど、念のために兄さんが最終確認をしておいてね」
「アルトは心配性だな」
「兄さんの名前とルーレン家の名前を背負って販売するんだから当然だよ」
まあ、言われなくても確認はするがアルトが指揮をとって作ったものなのでそこまで心配はしていなかった。
そんな風にミルについて話していると、ブレンド伯爵の屋敷にたどり着いた。
俺のアパートと同じ北区なので道のりは随分と短かった。
窓からアルトが顔を出して招待状を見せると、軽いチェックだけして敷地内に通される。
以前と変わらぬ美しい庭園を眺めていると、そこには幾人もの貴族が集まっており、談笑している様子だった。
周囲には使用人が何人も待機しており、テーブルやイスがいくつも並んでいる。
「今日は庭園でやるのか?」
「そうだよ。というか、招待状に書いてあるよね? まさか読んでなかったの?」
「面倒だったからな」
俺がそのように答えると、アルトが呆れたような視線を向ける。
ノイドが直接招待状を渡しにきたので、特に変わった要素はないと思っていた。
後、茶会が嫌過ぎて招待状を開けたくない思いがあった。
屋敷の中でやると思っていたので驚いたが、別に庭でやろうが問題はないな。
伯爵家の庭園には綺麗な芝が生えているし天気も快晴だ。靴が汚れるような心配もないだろう。
そのようなことを考えながら馬車を降り、伯爵のいる庭園の中央へと歩き出す。
俺たちがやってきたと気付いたのか、ブレンド伯爵家の当主であるアルバートは柔らかな笑顔を浮かべてこちらにやってきた。
「アルト殿、ジルク殿、よくぞやってきてくれた」
「ブレンド伯爵、素敵なお茶会にお招きいただき大変光栄です」
「よいよい、そのような堅苦しい挨拶は無用だ。他の参加者は全員揃っている。挨拶をしてくるとい
い」
「はい、失礼いたします」
どうやら俺たちが最後だったようだ。茶会を始めるためにも速やかに挨拶をしていかないとな。
アルトと共に他の貴族の集まっているテーブルに移動すると、そこには見知った顔ぶれがあった。
「よお、ジルク!」
「それにアルトちゃんも元気そうね」
「グレアスさんにレナードさん! お二人も参加されていたんですね!」
「なんでお前たちがここにいる?」
レナードはともかく、普段は自分の工房にこもっていることが多いグレアスまでいるのは驚きだ。
「ジルクの開発した魔道具で面白い飲み物があるって聞いたからよ。それを飲みにきた」
フットワークの軽い暇人だな。
「デザイナーである以上、あらゆる流行には敏感でいないとね」
まあ、この二人がいてくれるとある意味で気が楽だ。
それを理解していてアルバートも二人に招待を送ったのかもしれないな。
この二人関しては今さら挨拶を交わす必要もない。
適当に会話を切り上げると、そこには見覚えのある顔が並んでいた。
俺が視線を向けると、男たちはやや怯え気味な表情をする。
「……どこかで見覚えがあるな?」
「レナードさんのパーティーで出会った男爵家の人たちだよ」
首を傾げていると、アルトがこっそりと教えてくれる。
パーティーで出会った男爵家? そんなもの星の数ほど見た覚えがあるので、詳細に思い出すことはできない。
「ほら、途中で声をかけてきた男爵令嬢の……」
「ああ、あの娘たちの父親か!」
アルトの囁きでようやく思い出して口にすると、男たちはビクリと肩を震わせながら前に出てくる。
「ガビーナ=フロンと申します。前回は娘であるマリエールたちが大変失礼な真似をいたしました」
ガビーナに続いて、レオポルト、クロアと名乗る男爵たちが謝罪の言葉を述べてくる。
こちらはその時の記憶を今の今まで忘れていたくらいだ。
久し振りに旧交を温めていたところを邪魔されたのは不愉快であったが、それほど怒っていたわけでもないし別に気にもしていなかった。
が、それを伝えるだけではダメなのが貴族社会。
「謝罪を受け入れよう。私としてはあの時の事は気にしていない」
「謝罪を受け入れてくださり、誠に感謝いたします」
このように面倒な会話が必要となるのだ。
形式通りの挨拶を交わしていると、レナードとグレアスが苦笑している。
恐らく二人も同じようなやり取りをやっていたんだろうな。
「しかし、どうしてあの三人が……?」
「多分、伯爵と交流のあった男爵なんだよ。彼らから相談を受けて、和解の場を自然に設けてくれたんじゃないかな?」
わざわざそのような面倒なことをしていたのか。いや、そこまで気遣いができるからこそ、今の地位と権力を持てたのだろう。
やはり、大貴族の当主は違うな。
謝罪が終わると、男爵たちはホッとしたような表情を浮かべていた。
「しかし、大袈裟だな。あれくらいのことでそこまで必死になることか?」
「僕たちルーレン家とアクウィナス家、レクスオール家に睨まれたら動きにくいと思うよ?」
「私たちの地位はそこまで高い方じゃないけど、財力と影響力は大きいからね」
「俺たちを敵に回すと、王都じゃ服も魔道具も魔剣も手に入らないしな」
アルト、レナード、グレアスが口々に応える。
言われてみれば、俺たちの家はそれぞれの事業がある。睨まれてはそことの縁が切られることになるので彼らとしても困るということか。
地方に行けば問題はないが、大手に睨まれているというのはやりづらいだろう。
そう思えば必死になって場を設けたのも納得だな。貴族と世界から遠ざかっていたためにそういった認識が鈍くなっていたようだ。




