独身貴族はお茶会に参加する
「今日はもう帰る。手動ミルを二十個、自動ミルを十五個作っておいたぞ」
「あっ! ちょっと待って!」
空が薄暗くなり良い時間になったので作ったミルの個数を報告して帰ろうとしたら、ルージュが思い出したような声を上げた。
……なんだか嫌な予感がする。
「どうした?」
俺が尋ねると、イスで作業をしていたルージュが気まずそうに振り向いた。
「……言い忘れてたんだけど、実は魔道具店から追加の発注がかかってて……」
ルージュの言葉を聞いて俺は眉を潜める。
「それはどのくらいだ?」
「店によって少し差はあるんだけど最低二十ずつは欲しいって」
おずおずと差し出されたルージュの納品リストを見ると、まさにその通りだった。
魔道店には、ミルを五個から十個程度を納品して売ってもらうつもりだった。
全ての魔道具店が店に置いてくれるとは思えないので、それぞれ百から百五十ずつ作れば十分だろうと思っていた。
しかし、渡されたリストを見ると、既に二倍以上の個数を要求されている。
「どこも二倍以上じゃないか」
「ジルクの魔道具だから売れるってのと、個人的に気に入って広めたいみたいなの」
「とはいえ、売れなかったらどうする? 後で在庫を抱えたり、返品をしたいと言われても対応できんぞ?」
「追加分に関しては、全部買い取るって言われたわ」
魔道具店のおやじ共はどれだけコーヒー好きなのか。
「追加分に関しては保留にしてあるけどどうする?」
これが魔道コンロや冷蔵庫であれば利益が多いので、喜んで売りつけるところであるが、コーヒーミルは利益が小さいからな。
しかし、それは協力してくれたロンデルの想いを踏みにじることにもなる。対応できるのであれば、作るべきなのだろう。
「ごめんください。あっ、まだ仕事中だった?」
俺がどうするべきか悩んでいると、工房にアルトが入ってきた。
真剣に話し込んでいる俺とルージュの様子を見て、アルトが少し気まずそうにする。
これはちょうどいいところに追加生産者がやってきた。
「追加分に関しては検討するが確実ではない」
「そう。決まったら早めに言ってちょうだいね」
「わかった」
俺がアルトに丸投げしようとしているのを察したのか、ルージュがどこか呆れたように言った。
「アルト、どうした?」
「ブレンド伯爵からのお茶会の件で兄さんに相談したいと思って……」
「それならちょうどいい。今、仕事を終えたところだ。続きは落ち着ける喫茶店で話そう」
貴族の込み入った話を他人に聞かせるのはよろしくない。それにロンデルへのお願いも頼まれているし一石二鳥だ。
「えっ、うん。なんか兄さんが妙に優しいのが気になるんだけど」
「なにを言う。俺はいつも優しい兄だろう?」
訳のわからないことを抜かすアルトの背中を押して、俺はロンデルの喫茶店に向かった。
●
空が黒く染まる頃合い。静かな住宅街の中にロンデルの喫茶店はひっそりと佇んでいた。
時刻が夜だからか店内にある魔道ランプの光が微かに漏れている。
「ここが兄さんの行きつけの喫茶店?」
「ああ、そうだ」
アルトの言葉に頷きながら、木製の扉を開けて中に入る。
「あっ、コーヒーの香りだ」
「それにいい雰囲気だろう?」
「うん、アンティーク調な家具や調度品がとてもいいね」
さすがは我が弟であるアルト。この喫茶店の良さがわかるようだ。
店内は他に人はおらず、とても静かだ。
「いらっしゃいませ」
「こっちは弟のアルトだ」
「どうも、アルト=ルーレンといいます。兄がいつもお世話になっております」
「おい、やめろ」
「挨拶が遅れてしまいました、喫茶店を営んでおりますロンデルと申します。こちらこそ、ジルクさんには大変お世話になっておりますよ」
やめろと言っているのに互いに俺をダシに使う二人。
しかし、そのお陰で気負うことなく自己紹介を済ませることができたようだ。
俺は憮然としながらカウンターに腰を下ろす。遅れてアルトも隣に座った。
「こうしてご兄弟であるお二人が並んでいますと不思議な感じがしますね」
俺たちを見ながらにこにことしているロンデル。
その暖かな眼差しは屋敷にいるギリアムのようで少し居心地が悪い。
二人からすれば、俺とアルトは子供のような年齢なのでついそのような視線になるのだろう。
「僕と兄さんは髪色や瞳の色がよく似ているよね」
「似ているのはそういった部分だけだ。他はまったく違う」
「それはそうだよ。別に双子じゃないんだから」
互いに母さんの血筋を色濃く引き継いだ見た目をしているが、顔つきや内面は正反対だった。正直、あの偏屈な母親からどうして良識の塊である弟が生まれたのか不思議だ。
「とりあえず、何か頼もうか」
「コーヒーを二つ頼む」
「かしこまりました」
俺がそのように頼むと、ロンデルはうやうやしく礼をしてカウンター内を動き回る。
「ここは王都で初めて俺がコーヒーを呑んだ場所であり、ノイドと出会った場所だ。茶会に行くのなら、ここでコーヒーを呑んでおくといい」
「そうだったんだ。ありがとう」
この喫茶店でコーヒーを呑んだ経験はブレンド伯爵との会話に必ず生きるだろう。
「そうそう! そういえばお茶会のことなんだけど兄さんにも招待はきた?」
「ああ、来たぞ」
「兄さんも行くよね?」
「いや、行かん」
本当は行くと返事をしてしまっているが、これから割り振る仕事のために敢えて嘘をつく。
「えっ、なんで? 伯爵からの招待だよ? 普通行くでしょ?」
通常、爵位が上の者からの招待には応じるのが普通だ。しかし、それに強制力はなく、何事にも例外はある。
「仕事が忙しいからだ。それに前回ミルを急ピッチで納品したしな。それで貸しは作ったし、茶会の欠席くらい問題ないだろう」
「ええー、僕はまだブレンド伯爵とそれほど仲が良いってわけじゃないんだけど! 兄さんがいてくれた方が助かるから来てよ!」
その台詞を待っていた。しかし、すぐに考えを変えるわけにもいかない。
「面倒だな」
「兄さんが繋いでくれた縁じゃないか」
「それを活かすか殺すかが当主であるお前の力量だろう?」
あくまで縁を繋ぐまでが俺の仕事。というスタンスを見せつけるように冷たく突き放す。
「それはそうかもしれないけどさぁ。相手が大物だから万全を期しておきたいんだよ」
「そうは言っても仕事がだな……」
「何の仕事なのさ?」
「魔道具店からコーヒーミルの追加発注がかかってな。それをこなさないことにはどうしようも……」
「じゃあ、僕が手伝うよ! だから、兄さんは茶会にきて!」
その台詞を待っていた。
吊り上がりそうになる口角を我慢して、俺はシリアスな表情を作る。
「数は百五十あるがいけるのか?」
「前回でコツは掴んだし、従業員にも手伝ってもらえれば問題ないよ」
「…………お前がそこまでやってくれるのなら参加してやるか」
「やった。これなら何とかなりそうだよ」
あくまで仕方がないといった様子で言うと、アルトはホッとしたように呟いた。
我が弟ながら人の良さに呆れてしまう。
俺をパーティーに引きずり出した交渉術は見事であったが、まだまだ当主としては甘いと言わざるを得ないな。
とはいえ、これで外注依頼は完了だ。
こちらが痛手を負うことなく、追加分を納品できるのは大きな成果だった。
ルージュにはいい報告ができるだろう。
会話が終わると静寂な空気に包まれた。
店内で響き渡る音はロンデルが豆を挽いたり、お湯を沸かしたりといった最低限の音だけ。
不自然な音が発生しておらず、実に居心地がいい。
前回はカタリナとかいう騒がしい女がいたが、今回は落ち着きのある弟しかいないので余計にそう思えた。
「コーヒーでございます」
満足感を抱きながら静寂な空気に浸っていると、ロンデルがコーヒーを差し出してきた。
温かなコーヒーカップを持ち上げて、一口。
コーヒー豆の芳醇な香りや苦みが口の中で広がった。
工房で作った自動ミルなど足元にも及ばない。
「ええっ、なにこれ! 自分で淹れたものと全然味が違う!」
アルトもその違いに気付いたのだろう。驚きの表情を浮かべている。
「これがプロの技だ」
「恐縮です」
「それはわかったけど、なんで兄さんが偉そうに言うのさ」
アルトに半目で言われながらも、ロンデルの作ったコーヒーを飲む。
「そういえば、ブレンド伯爵のお茶会であれば、私も参加いたしますよ」
ロンデルの放った言葉に俺は危うくコーヒーを噴き出しそうになった。
もしかすると、俺がお茶会に参加するというのを知っているかもしれない。
「え、そうなんですか?」
「光栄なことに美味しいコーヒーを提供するために頼まれまして」
「そうだったのですね。お茶会でもこのコーヒーが飲めるなんて嬉しいです」
おそるおそる視線をやってみると、ロンデルはにこっと笑みを浮かべた。
多分、わかっていて突っ込まないでいてくれたのだろう。借りを作ってしまったな。
「そういえば、ロンデル。ミルの正式販売日は三週間後だそうだ」
この話題にあまり触れてほしくないので、俺は敢えて違う話題を振った。
「おお、遂に販売できるのですね。とても嬉しいです」
「ミルと共にコーヒー豆も売り出したい。最低でもこれくらい用意はできるか?」
そう言いながら俺はルージュに頼まれていたリストを渡す。
そこには各魔道具店に必要になりそうなコーヒー豆の量が書かれている。
しかし、今日の営業で予想よりも多い追加発注があったので少し割り増ししている。
「このくらいであれば問題ありません。ご用意させていただきます」
「わかった。ルージュにそう伝えておこう。それともう一つ頼みたいことがある」
「なんでしょう?」
「販売する魔道具店へ、コーヒーの指導を頼めないか? うちの従業員は少ないし、知識も足りないからな。報酬も払うがどうだ?」
「コーヒー文化発展の一助になれるのであれば、喜んで力になりますよ」
「そういってもらえて助かる」
ロンデルが頷いてくれて俺はホッとした。
これで販売も手が回るだろうし、追加発注もアルトに投げることができた。
ミルの販売に関してはこれで問題ない。
茶会に関しては覆すことができないが、こればっかりは仕方がないだろう。




