独身貴族はカメラマンとなる
「……デートか?」
「違うから!」
レナードとカタリナを眺めて言ってみると、思いのほか強い否定が飛んできた。
「冗談だ。またレナードに連れられて、着せ替え人形になっているのだろう?」
「着せ替え人形だなんて心外だわ。ただ私たちはショッピングを楽しんでいるだけよ」
俺の言葉にカタリナが言いにくそうにし、レナードが心外とばかりに言ってみせた。
まあ、明らかに付き従っている感じのカタリナを見れば、カップルではないとわかるし、こうなるように仕向けたのは俺だからな。
「私たちのことよりもジルクよ。こんな中央広場のど真ん中で寝そべって何してるのよ? 変な物を構えて、明らかに不審者よ?」
「俺が不審者だと?」
レナードに指摘されて周囲を見てみると、中央広場にいるほとんどの市民が訝しむような目でこちらを見ていた。
不躾な視線を向けてくる市民の一人にカメラを向けてみると、怯えたようにベンチの後ろに隠れた。
「やめなさい」
そうやって遊んでいると、レナードに窘められた。
そうか。カメラが普及していないこの世界では、これが認識されておらず、不気味なものに見えるのだろう。
つい、前世と同じ感覚で撮影を始めてしまった。
「その黒い四角い箱みたいなのは宝具なの?」
「そうだ。【写し出す世界】という」
「へえ、どんな効果なの?」
撮影した写真を見せても説明するだけでもいいが、それでもつまらないな。
これは人間を堂々と撮影できる口実になるな。
「今から実演してやろう。おい、カタリナ。適当な位置に立ってみろ」
「わ、私?」
そのように閃いて言うと、カタリナが戸惑いながらも立ってみせる。
しかし、その姿はただ突っ立っているだけで実に撮影し甲斐がない。このまま撮影しても写真の良さはレナードに伝わらないだろう。
「レナードに服を見せる時のようにポーズをとってみせろ。棒立ちではつまらん」
「こんなところで!? 服屋でもないのに恥ずかしいんだけど!?」
「いいから早く」
「やってみてちょうだーい」
俺だけでなくレナードが言ってみせると、カタリナは頬を若干染めながら腰に片手を当てて、しなりを作ってみせる。
一般人がやれば悲惨なことになりかねないポージングであるが、それなりに顔も良く、スタイルもいいカタリナがやると様になっていた。
ファインダーを覗き込んだ俺は、カタリナをしっかりと構図に収めてシャッターを切る。
「きゃっ!」
シャッター音に驚いたカタリナであるが、既に写真は撮れているので問題ないだろう。
「なにか出てきたわ」
「これが写真というやつだ」
「あら! すごいわ! カタリナちゃんが描かれている!」
現像された写真を見せてみると、レナードが驚きの声を上げた。
「私だけでなく噴水や奥の空も……この一瞬で描いたっていうの?」
写真の仕組みを理解していないからか描くと言っているが、そのように思ってしまうのも無理はない。
「なるほど。その宝具は覗き込んだ景色を一瞬にして一枚絵にするものね?」
「細かい原理は違うが、イメージはそんなものだ」
この世界の人からすれば、一瞬にして一枚画として描き上げると言った方が理解しやすいのかもな。
「これがあれば、モデルに服を着せて保存し放題じゃない! 見て無理矢理記憶しなくていいし、デザインした服をモデルに着せれば、どんなイメージになるかもお客に伝わりやすいわ!」
俺の説明を聞くなり、興奮したように語るレナード。
どうやらこの宝具の素晴らしさと有効な使い道を即座に思いてしまったらしい。
すぐにその発想に至るのはレナードの経営者としての才覚も鋭い証だな。
「ジルク、それっていくらしたの?」
「三億ソーロだ」
「三億!? ただの宝具で!?」
値段を聞いたカタリナが卒倒したような声を上げた。
ただの宝具とは聞き捨てならないが、音の箱庭を俺に譲り渡すような彼女はそもそも宝具の価値を理解していないので説明は無駄だろう。
「一点もので今のところ他でも売っている情報はないな」
「ジルク、その宝具を売ってくれないかしら?」
「ダメだ」
「二倍の六億ソーロで買うわ」
「金の問題じゃない。これは絶対に売らん」
たとえ、六億ソーロを貰おうとも、この宝具の楽しさを味わえるわけではない。
下手をするともう二度と手にすることのできない宝具だ。前世の趣味の復活ということもあり、どれだけの金を積まれても売る気はない。
「えー! 欲しい欲しい欲しい欲しい! ジルクの意地悪!」
「そのなりで駄々をこねるな。見苦しい」
美男子のレナードがその口調で内股気味に駄々をこねると、実に見るに堪えない光景となる。傍にいるカタリナもドン引きしたような表情だ。
「じゃあ、カタリナちゃんの着た衣服を一枚画で保存して売ってちょうだい!」
駄々こね作戦が通用しないとわかると、レナードはすぐに違う提案をしてきた。
通常ならば、そのような頼み事を受けることはない。が、遠慮なく人間の被写体を撮れるチャンスだ。この世界の人間たちはカメラというものに馴染みがないので、撮影しようとすると逃げられるからな。
しかし、事情を理解しているレナードとカタリナがいれば問題ない。
被写体がカタリナというのがつまらないが、実にやりやすそうだ。
「いいぞ。それなら俺の練習にもなるし付き合ってやる」
「決まり! それじゃあ、色々な店に行くわよ!」
「え、ええ? 私の意見は!?」
「今日着る服、全部持ち帰りでどう?」
「行きます。行かせてください」
不満げな言葉を漏らしていたカタリナであるが、レナードの甘言ですぐに落ちていた。
向上心に付け入られると本当にチョロい女だ。
●
ファッション撮影会をすることになった俺は、レナードに付いていって店を回る。
モデルであるカタリナが女なので、勿論入る店は女性店だ。
一人なら入りにくいことこの上ないが、デザイナーとして有名なレナードがいれば人々の意識は大体そちらに向くので意外と楽だ。
「これとこれとこれとこれ。はい、試着してきて」
「わかりました!」
店内に入るなりいくつもの服を見繕うと、それをカタリナに渡す。
カタリナは返事をすると試着室へと速やかに移動した。
以前、一日中連れ回されたお陰かカタリナも順応してきているようだな。
しかし、婚約者でもない相手に身体のサイズを把握されているのは、女としてそれでいいのか。
「ああ、この店に男性用の服があれば、ジルクにも見繕ってあげるのに」
「俺は自分で選ぶから結構だ」
コイツに選ばせると長くなって仕方がないからな。
自分に似合う服くらい自分でわかっているので他人に選んでもらう必要はない。
「着替えました」
などと適当な会話をしていると、あっという間に着替えたカタリナが出てきた。
白のブラウスに黒いリボン。紺色のロングスカート。清楚感のある王道の衣服だろう。
「ほら、ジルク。写真をお願い!」
レナードに頼まれてカメラを構え、全身が入るようにしっかりとシャッターを切る。
「撮ったぞ」
「やっぱりいいわね、これ。後ろや横からもお願いできる?」
「わかった」
現像された写真を見せ、レナードの注文通りに後ろ姿や横姿も撮っていく。
「へー、写真とやらで改めて見てみると面白いわね」
あらゆる角度から撮ったものを見せると、レナードはそれらを眺めて呟いた。
肉眼で見える雰囲気と写真で見える雰囲気を見比べているのだろう。
俺には衣服の細かな知識がないので、レナードが他のどこに着目しているかわからないが、彼には何かしらの感じる部分があるようだ。
「じゃあ、次はここをお願い」
「きゃあっ! ちょっと何するんですか!?」
レナードがスカートを捲り、彼女が悲鳴を上げて頬を叩いた。
さすがに身分が上でもこのような狼藉は許せなかったらしい。
「痛いわね!? なにするのよ!?」
しかし、当の本人はまったく悪気がないと言わんばかりの態度だ。
「それはこっちの台詞です! 変態!」
「何よ! ちょっと服の裏側を記録したいだけじゃない!」
「着ている状態でやらなくていいじゃないですか!」
「ダメよ! 着た状態でどうなっているのかしっかり記録しておきたいの! 針子たちの研究資料にもなるんだから!」
レナードの主張もわからなくもないが、さすがに婚約者でもない令嬢にやり過ぎだ。
「レナード、また今度付き合ってやるから、そういう部分はまたにしろ」
レナードに調教された専属モデルならともかく、カタリナにそこまでさせるのは可哀想だ。
後で大ごとにでもなっても困る。
「あら、そう? ジルクがそう言うなら今日のところは諦めるわ。外側の方だけ記録することにしましょう。次の衣装をお願い」
俺がそのように言うと、レナードは嬉しそうに頷き、カタリナはホッとしたように試着室に戻った。
そして、また同じようにカタリナが様々な衣服を纏って出てくる。
それを俺は色々な角度からカメラで撮る。
服を纏ったモデルが美しく見えるように試行錯誤しながら。
「ジルク、ここの紐の結び目をしっかりと撮って! 後、ここの肩のふくらみも!」
時折、レナードから妙な指示が飛んでくるが、それはデザイナーとして必要な何かなのだろう。
俺は言われるままにそういった部分も撮影してやる。
こうやってモデルを撮っていると、まるでファッションカメラマンにでもなったようだ。
自分は決して専門のプロではないが、このように人を自由に撮るというのも楽しいものだな。
●
「はぁー、今日は大満足だわ!」
いくつかのお店を回り、写真を撮るとレナードは大変満足したようだ。
実に晴れやかな表情をしている。
「うふふふ、これでしばらくはコンサートの衣装や食事会にも困らないわね」
そして、試着した衣装を全て買ってもらったカタリナも疲労感を滲ませてはいるが、実に満足そうな顔であった。
レナードの着せ替え人形になっていた彼女であるが、その苦労に見合うような対価がもらえたようである。数日後には大量の衣服が届くだろうな。
「写真はどうするんだ?」
「工房に持ち帰って研究資料にするわ。ああ、新作のイメージが膨らんで堪らないわね!」
どうやら新作の肥やしにするようだ。
同じクリエイターなので彼の喜びも理解できる。今は作りたくてしょうがないのだろう。
「……写真は誰でも見られるものだ。取り扱いには気をつけろ」
「わかってるわ。そんな無粋な子がいたら全力で潰すから。お気に入りのモデルを守ってあげるのもオーナーの務めだもの」
レナードは写真の危うさというものもしっかりと理解しているようだ。
まあ、研究資料として店に置いておくだけなら問題ないだろう。
仮に手を出す輩がいたとしても、アクウィナス家を敵に回しては生きていけないだろうしな。
「写真代と撮影料は俺の口座に振り込んでおいてくれ」
「わかったわ。それじゃあ、私はカタリナちゃんを送っていくわね」
請求書を渡すと、レナードは自らの所有する馬車に乗り込んでいく。
その後についていくカタリナが途中で振り返る。
「あなたはいいの?」
まあ、家は隣だから一緒に帰る方が効率的だろう。
しかし、今日は半日以上誰かと過ごしていたので帰り道くらい一人でゆっくりしたかった。
「俺は自分の足で帰る」
「そう」
「待て。お前にもいくつか写真を渡しておこう。代金はいらん」
「あら、ありがとう」
写真をいくつか渡すとカタリナは何故かこの場で目を通し始めた。
「ああっ!? 変な写真が紛れているんだけど!? 白目のやつとか、変な顔してる写真ばっかり! なによこれ!」
「ちっ、こういうのは馬車でゆっくりと目を通すものだろうが」
最初の数枚だけは普通の写真であるが、後半部分はほとんど白目になっているものや、変顔になっているような隙をついた写真だった。
馬車の中で確かめて悲鳴を上げるのを楽しみにしていたというのに。
カタリナにこれ以上文句を言われる前に、俺はさっさとその場を離れて一人帰路につくのだった。




