独身貴族はカメラを手に入れる
これはカメラだ。
しかも、撮影したらすぐに現像してくれるポラロイド式。
随分昔に流行ったもので一部の好事家しか持っているのを見たことがなかったが、こうして見てみると意外とカッコイイな。
「試しに使ってみてもいいか?」
「いいぞ」
宝具を丁寧に受け取った俺は、おそるおそる手に取ってみる。
前世のデジタルカメラに比べると、かなり大きくて少し重めだ。
……確か左手で持ち上げて、右手の親指をシャッターボタンの指あてに当てて、ひとさし指を添えるようだった気がする。
「妙に構えが様になってるじゃねえか」
「そうか? 何となくだがな」
前世で父が使っていたものを持ったことがあって何となく覚えていたが、グワンの言葉には少しドキリとした。
適当に誤魔化した俺はファインダーを覗き込む。
すると、ファインダーにはアルデウスの店内が映っていた。
ひとさし指でスライドを弄ると、レンズが出てきて近接撮影用と遠距離撮影用と使い分けることができるらしい。こちらも前世であったものと機能は同じだ。
店内をいい感じの構図に収めたところでシャッターボタンを押してみる。
すると、ポラロイドカメラ特有のシャッター音が響き渡る。
そして、下部の辺りから写真が出てきたので手に持ってみると、その頃には現像が終わって立派なカラー写真ができていた。
「ほう、うめえじゃねえか……」
俺の写真を覗き込んだグワンが感心したように言う。
「まあな」
前世の子供の頃にはインスタントカメラでよく写真を撮ったもので、大人になってもカメラの趣味は続いていた。プロのようにとはいかないが、そこらの素人よりはマシなものを撮れるだろう。
「で、こいつはどうする?」
「勿論、買うに決まっている」
こんな素晴らしい宝具を買わないわけがない。
「言っとくが、こいつは結構高いぞ? 高ランクの冒険者がダンジョンの深層から見つけてきたものだ。それにこの驚くべき機能……泡沫の酒杯とは比べ物にならないほど汎用性も高い」
「それでいくらなんだ?」
高額な理由を丁寧に説明してくれるが、そんなことはどうでもいい。これだけの性能だ。
高いのは当たり前だ。
「三億ソーロだ」
「買った」
「……これだけの値段でも迷いすらしねえのか。王都で屋敷が五つは建つぞ」
即座に購入の声を上げると、グワンが呆れたように言う。
「こんな素晴らしい宝具を前にして迷うものか」
俺が想定していたよりも安かった。仮にその十倍の値段でも俺は買っていただろう。
カメラは前世の俺の趣味の一つであった。それがこの世界でも堪能できるとあれば、いくらでも金を積むさ。
「にしても、フィルムとかどうなってるんだ?」
前世であったポラロイドカメラは、フィルムの中に現像液というものが入っていて、撮影時に現像される仕組みだ。
現像されるまでに少しかかるのであるが、この宝具では現像までが一瞬だ。
それは大変素晴らしい機能だが、フィルムは基本的に消耗品だ。この宝具の場合はどうなっているんだ?
内部の構造が気になった俺は、下にあるサイドボタンを押してみる。
下部分にあるフィルムカバーが取れ、そこから光が漏れ出した。
強い光に目を細めながら覗いてみると、奥にはプリズムのような七色の光があった。
よく見ると魔石のような輪郭をしており、とても綺麗な光を称えている。
「なんだこれは?」
「よくわからんが写真を撮るのに必要な機構だな。恐らく、そいつが使用者の魔力を吸引し、紙に映し出す役割を担っているんじゃろう」
「素材は?」
「まったくわからん。消耗品という可能性もある。それが尽きれば使えなくなる可能性もあるな」
「なるほど。だから、この安さというわけか……」
俺の呟くにグワンは神妙な表情で頷く。
この宝具は魔力で糧にして動くようであるが、フィルムの役割を果たすらしい素材がまったくの不明だ。それが消耗すれば、今後は使えなくなる可能性がある。
だから、俺が予想していた値段よりも安い設定になっているのか。
「消耗品の可能性もあるがどうする? まあ、そうだとしてもすぐには消耗しないはずだが……」
「それでも俺の意思は変わらん」
たとえ、十枚や百枚しか撮れずとしても俺は買い上げるだろう。
それだけこの宝具にはロマンというものがある。
俺は購入の意思を示すようにサインした小切手をグワンに渡すのだった。
●
俺は三億ソーロで買い上げた【写し出す世界】という宝具、もといポラロイドカメラを手にして街を歩いていた。
既に何年も見てきた光景。いつもなら気にも留めることもないが、カメラを手にしていると別だ。
ただの景色が素晴らしい被写体だと思えると、いつもよりも何倍も輝いて見える。
前世で初めてカメラを買い与えられて、外に繰り出した時のようなワクワク感だ。
中央区の通りは今日も賑わいを見せている。仕事に勤しむ者や、俺のように休日を満喫して散歩する者、子供を引き連れてショッピングに繰り出す夫婦。実に平和な景色だ。
近代化された建物とはまったく違う、中世感を感じさせる石畳の道や建物。
それらは前世でも撮ることのできなかった希少な被写体だった。
北側に振り返ると、遠くでは王族の住まう王城がそびえ立っている。
それを被写体にすることに決めた俺は、レンズを遠距離撮影用に切り替える。
ピントがきっちりと合ったところで止めて、王城がきっちりと入るように枠に収め、シャッターボタンを押す。
ポラロイド独特のシャッター音が実に心地良い。
何ともいえない満足感に浸っていると、すぐにフィルム口から写真が出てくる。
白い部分だけを摘まんで見てみると、そこにはそびえ立つ王城がカラーで現像されていた。
「撮影してすぐに確認できるのがいいな」
アナログよりもメンテナンスが不要で、電力のみで使うことのできるデジタルよりも不便であるが、その不便さが愛おしく感じる。一枚、一枚、丁寧に撮っている感じがする。
現像された写真は最新式のデジタルのものよりも、多少は荒いが十分に綺麗だ。
この世界に存在する有名な画家にも劣らぬクオリティだろう。それを一瞬で作成することができるこの宝具は、やはり規格外だな。
王城を撮り終わった俺は、そのまま中央広場にやってくる。
広場の中央には見事な噴水が設置されている。普段なら気にもしないオブジェではあるが、今では立派な被写体だ。
噴水から勢いよく水が噴き出すタイミングを観察しながら、ベストな位置を探っていく。
「同じような角度から撮ってもつまらないな。あおり気味でいってみるか」
通常の角度ではつまらないと感じたので、ファインダーを覗きながらしゃがんでみたり、大胆に寝そべってレンズに収めてみる。
「おお、この角度がいい」
自分にとってのベストな構図を見つけた俺は、そのままシャッターボタンを押した。
現像された写真を見てみると、下から見上げたかのようなもので、空中に噴き出している水は実に躍動感のあるものだった。青い空と白い雲もバックに移り、小さな虹も出ていた。
「よく撮れているじゃないか」
「……ジルク、なにやってるの?」
「む?」
振り返ってみると、そこには怪しい者を見るような目をしたレナードとカタリナがいた。




