独身奏者は舌鼓を打つ
『独身貴族は異世界を謳歌する』GCノベルズにて8月30日発売予定。Amazonなどで予約も開始されました。
Twitterにてジルクのキャラデザ掲載されてます。
ベル、鳴らすが出てこない。が、ベランダから覗いた時に部屋の灯りが点いていたのはわかったし、煙が出続けている以上料理をしているのは確かだ。
ジルクが無視を決め込んでいるとわかっていたので、私はしつこくベルを押し続ける。
すると、扉の向こうで気配がし、程なくしてジルクが出てきた。
「なんだ?」
「なんだじゃないわよ。匂いがすごいんだけど?」
「……もしかして、結構匂いがいっているのか?」
「ええ、かなりね! お陰さまで洗濯物が香ばしくなっちゃったわよ!」
まるで自分は悪いことをしていないと言うような態度がムカついたが、どうやら本当に気付いていないようで私が被害を伝えると彼は素直に謝罪した。
クリーニング代を出すとまで言われたが、彼とは作曲での協力関係。
こんな小さなトラブルでその関係が壊れるのも怖く、私はそれを遠慮して許すことにした。
もう少しごねられると思ったが、素直に謝られると少し調子が狂う。
「いや、まあ、そこまでしなくてもいいけど……とにかく、他の人からも苦情が出る前に今すぐ止めること!」
「いや、それは困る。今から焼き上げて食べるところなんだ」
素直に謝罪したジルクであるが、まだ続けるという意味のわからないことを言い出した。
私が言っていることが理解できなかったのだろうか。
「はあ?」
「自らの手で美味い焼き鳥を作って食べることで、ようやく俺は明日に進める。だから、今だけは見逃してくれ」
「いい雰囲気醸し出して言ってもダメよ」
料理をしているからかラフな服装をしているが、それでも外見は無駄にいいので中々の破壊力はあった。並の令嬢なら喜んで頷いていたかもしれないが私は違う。
これ以上煙を排出し続けるつもりなら断固として抗うつもりだ。
そんな強い意志を持っていた私だが、その時不意にお腹が鳴ってしまった。
しまった。小説に熱中するあまり昼食を食べるのを忘れていた。
音楽の演奏や作曲をしていると、こういうことは良くあって慣れているのだが、如何せん漂ってくる匂いが暴力的過ぎた。
「ほう、そういうわけだな……」
「いや、どういうわけなのよ!?」
恥ずかしさから顔を真っ赤にする私を見て、ジルクは笑みを浮かべた。
「少しそこで待ってろ」と言うと、部屋に引っ込む。
なにをするつもりなのかさっぱりわからないが、すぐに彼は戻ってきた。
香ばしい匂いのする肉串を皿に盛り付けて。
「なにそれ?」
「ロックバードの焼き鳥だ。部位は左から順番に皮、ハツ、砂肝、せせり、ネギマになっていて塩とタレを一本ずつだ」
そのように尋ねると、彼は熟練した店員のように説明してみせる。
そういう意味で尋ねたんじゃない。多分、ジルクはお腹の鳴らした私を見て勘違いしている。
「いや、私は恵んでもらうために文句を言いにきたんじゃないんだけど……」
「これは迷惑料みたいなものだ。受け取ってくれ」
迷惑料……そのように考えると受け取るのもやぶさかではない。
私たちの円滑なビジネス関係にヒビを入れるのも嫌だし、受け取っておくことがいいだろう。
断じて美味しそうだからとかって誘惑に負けたわけじゃない。
「そ、そういうことなら……」
私がおずおずと頷くと、彼は「皿は返さなくていい」などと言って扉を閉めた。
えっ、ちょっと待って。このお皿、見るからに高そうなんだけど……しかし、彼は既に引っ込んでしまっていない。
……今度、洗って返すことにしよう。
●
「ロックバードの焼き鳥ねぇ……」
自分の家に戻ってきた私は、テーブルに載っている串を一本手に取った。
見た目としてはなんてことのない串料理。
焼き鳥などと変わった言い方をしているが、用はただの鶏串焼きだ。
肉はロックバード。
鶏料理を作るならコカトリスや岩鶏、黄金鶏ともっと美味しい食材がたくさんある。
この間はドラゴンの肉を一人で豪勢に食べていたのに、どうして急に貧相な食材になったのだろうか。ジルクの思考回路がちょっとよくわからない。
「見た目は微妙だけど香りはいいわね」
見た目はともかく香りはいい。特にこの甘辛いタレがかかっているのがすごい。なんの調味料を使っているのかわからないけど、これが私の食欲を掻き立ててくる。
知らない男性の料理なら食べないけど、知り合いから受け取ったものなら、一口くらい食べて感想を聞かせないといけないだろう。
そんな言い訳のようなことを考えて、タレのかかった皮串をそのまま頬張った。
「えっ! 美味しい!」
反射的に零れる私の言葉。
どうせ男の作った野暮ったい料理などと思っていたが、こちらの想像を遥かに上回る美味しさだった。
表面はとてもカリっとしており中はジューシー。ロックバードの旨みがダイレクトに吐き出された。
……これは間違いなくエールと合う。
気が付けば私は冷蔵庫から取り出したエールをグラスに注いでいた。
グラスに注がれた黄金色のエールそのまま一気にあおる。
「ぷはぁ! やっぱり、エールとすごく合う!」
直感に従った行動は大正解だったようだ。この焼き鳥とかいう料理はエールと最高に合う。
ロックバードの旨みと何より甘辛いタレは相性が抜群だった。
皮を食べると次はハツ、砂肝、せせり、ネギマといった違う串もどんどん食べていく。
タレだけでなく塩味のものもあり、どちらも甲乙をつけ難いほどに美味しい。
ハツは肉汁がすごくてまるでステーキのようにジューシー。
砂肝はシャリシャリとした食感がとても良く、塩味とマッチしている。
せせりはコリコリとした歯応えながらも、あっさりとした旨味で癖がない。
ネギマは食べ応えのあるサイズで香ばしく焼き上がったネギとの相性がすごく良かった。
「もう無くなっちゃった……」
気が付けば十本ほどあった串が無くなっている。
私は貴族の家系に生まれたので、それなりにいいものは食べてきた自負がある。
しかし、今までに味わった鶏料理の中で一番美味しいと思った。思えてしまった。
「これ……本当にロックバードのお肉?」
ロックバードの肉は食べたことがあるが、私の知っているロックバードの肉とぜんぜん違った。
ロックバードに肉は旨みや脂身こそあるものの、基本的に肉は硬めだ。火を通してしまえば、それはより顕著に表れる。
にも、関わらずこのロックバードの肉は柔らかい。それに旨みや脂といった長所もしっかりと活かされていた。
それはジルクという料理人の腕が高いとしか言いようがないわけで……。
「もしかして、ジルクって料理もできる?」
ただ焼いただけの料理かと思ったが、そこには恐ろしいまでの手間がかけられている。
肉の適切な処理や焼き方、美味しいタレの配合……どれも素人が簡単にできるようなものではなかった。正しい知識と経験があってこそできるものだ。
家柄良し、収入良し、顔とスタイルも良し、さらに専門職についており将来性もある。これだけでも十分に凄いというのにさらに料理までできるなんて……。
「あの性格が勿体ないわね」
彼にもう少しまともな人間性があればと願うが、そうだったらとっくに結婚していることに気付き、無駄な仮定を打ち切ることにした。




