独身貴族は苦情を言われる
皮串の焼き作業に戻り、じっくりと焼き続けること六回。
本場の焼き方の時短バージョンではあるが、遂に皮串が焼き上がった。
最初に焼いた時とはまったく違う。余分な脂が落ちているので幾分か小さくなっており、身も軽くなっている。表面はカリッカリッだ。
脂が落ちていくので何度も火が燃え上がり、焦げそうになったが焦がすことなく焼き上げることができた。
それが終わったら他のも一気に焼いて実食……といきたいのだが、肝心のタレができてないのでタレ作りだ。
鍋を用意するとそこにネギを投入。そして、肉の処理や串打ちの際に落とした肉片を放り込む。そうすることで脂身が出て美味しいタレに仕上がるのだ。
後はホムラに分けてもらった醤油、みりん、料理酒、砂糖を加えて煮込む。
ひと煮立ちさせるとアクが出てくるので、それを丁寧に除去してやる。
それから煮詰めて、容器に入れてやるとジルク秘伝の焼き鳥タレの完成だ。
繰り返し焼き鳥を浸けて焼くことで脂身が染みて、より美味しくなっていくに違いない。
「よし、他のものも焼き上げるか」
タレができたので俺は皮、ハツ、砂肝、せせり、ネギマをタレに浸して、七輪で焼いていく。
こちらは皮のような特別な焼き方はしないのですぐに焼き上がる。
それぞれ十本ずつあるので塩で五本、タレで五本なんて分け方もできるな。
とりあえず、塩とタレをかけて二本ずつ焼いていく。
タレや脂が炭に滴り落ちてジュウウッと煙が上がった。
すごい量の煙であるがタレと肉汁の香ばしさが堪らないな。
焼き上がっていく焼き鳥のご満悦の笑みを浮かべていると、不意に部屋のベルが鳴らされる。
面倒なので無視していると何度もベルが鳴らされた。
さすがのしつこさに七輪から焼き鳥を上げることにした。
「ったく、こんないい時に誰だ?」
楽しい焼き上げの時間を邪魔されたことを不快に思い、舌打ちしながら玄関へと向かう。
扉を開けると、廊下にはカタリナが立っていた。
今日は休みなのかいつものようなドレスやワンピース姿ではなく、緩い部屋着のようだった。そんな姿でさえも様になっているように見えるのは素体の良さだろう。
「なんだ?」
「なんだじゃないわよ。匂いがすごいんだけど?」
「……もしかして、匂いがいっているのか?」
「ええ、かなりね! お陰で洗濯物が香ばしくなっちゃったわよ!」
そう言って華やかな柄のハンカチを目の前でヒラヒラさせてくるカタリナ。
匂いを嗅いでみると確かに焼き鳥の香りがしていた。実に香ばしい。
かなりの煙が出ているのはわかっていたが、隣りのベランダにまで影響を及ぼすとは。
「それは悪かった。クリーニング代は俺が出しておこう」
「いや、まあ、そこまでしなくてもいいけど……とにかく、他の人からも苦情が出る前に今すぐ止めること!」
「いや、それは困る。今から焼き上げて食べるところなんだ」
ここで中止などしてしまったら、今日の俺の労力が水泡と化してしまう。それに胸のモヤモヤも晴れることがないではないか。
「はあ?」
「自らの手で美味い焼き鳥を作って食べることで、ようやく俺は明日に進める。だから、今だけは見逃してくれ」
「いい雰囲気出して言ってもダメよ」
くっ、これがご近所トラブルというやつか。
知り合いでなかったら、この段階で文句を言ってくることもなかっただろう。やはり、人の繋がりができると面倒事も増えるというものだ。
取り付く島もないカタリナの様子に歯噛みしていると、不意に「ぐるるる」という音が鳴った。
その音源は明らかに目の前である、その本人はそれを自覚してか顔を真っ赤にしていた。
「ほう、そういうわけだな……」
「どういうわけなのよ!?」
恥ずかしさを誤魔化すためか声を張り上げるカタリナ。
「そこで待ってろ」
俺はそのように言い残すとリビングに引っ込んで、急いで焼きかけの焼き鳥を完成させた。
塩とタレで一本ずつ皿に盛り付けると、そのまま玄関に向かった。
扉を開けると、カタリナは所在なさげで立っていた。
「なにそれ?」
「ロックバードの焼き鳥だ。部位は左から順番に皮、ハツ、砂肝、せせり、ネギマになっていて塩とタレを一本ずつだ」
「いや、私は恵んでもらうために文句を言いにきたんじゃないんだけど……」
などと言い訳をしつつもカタリナの視線は皿の上にある焼き鳥に釘付けだった。
口の端から僅かに涎を垂らしており、女としての品格を失いつつある。
「これは迷惑料みたいなものだ。受け取ってくれ」
「そ、そういうことなら……」
「じゃあな。皿は返さなくていいぞ」
そのように言って扉を閉めると、俺は台所に戻る。
腹の空かせた獣を追い払うことなど簡単だ。
俺が手間暇かけた焼き鳥を分けてやるハメになったのは少し癪だが、大事にされて焼き鳥が作れなくなる方が面倒だったからな。
想定よりも量はある。あれくらいくれてやろう。
「さて、自分の分を焼くか」
七輪へと戻った俺は、自分の食べる分を焼き上げる作業に戻った。
●
「よし、これで完成だ」
窓を見ると既に日が落ちて夜になっている。
肉の下処理や串打ち、焼き加減を拘ったことによって昼食が夕食になってしまった。
そのせいか腹が減って仕方がない。
焼き鳥をタレと塩に分けて三本ずつ皿に盛り付けると、俺は席に着いた。
「さあ、味はどうだ。少なくとも露店のものよりは美味しいはずだ」
マズい、ロックバードの串焼きを食ってから半日。ようやくこの瞬間がやってきた。
さて、俺の作った焼き鳥はどうだ。
まずは一番拘って焼いた福岡流の皮串の塩だ。
串から肉を外すような無粋な真似はせず、豪快に串のまま食べる。
「美味い!」
表面がとてもパリッとしている。
余計な脂や水分が落ちているせいか、旨みがしっかりと感じられた。
決して塩の味が強いというわけではなく、ロックバードそのものの旨みがしっかりと感じられる。
焼き上げ作業で汗をかいたからか、余計に塩味が美味しいと思える。
「手間をかけた甲斐があったな」
普通に串に刺して焼いただけでは間違いなく出なかった味だ。
食べ物は正しい手順で世話をしてやると、きっちりと恩を返してくれるのがいいな。
しみじみと思いながらもう一口。皮特有のぶにぶにとした感触が薄いので、そういった食感が苦手な者でも食べられそうだ。
そして、焼き鳥のお供はエールだ。
焼き鳥は味の濃いタレであれば赤ワイン、塩ならば白ワイン。
そして、両方とも合うのが清酒であるが、エールだって負けていない。
人間には五味というものがある。それは甘、旨、塩、苦、酸で、すべてを合わせると美味しいと感じる。
焼き鳥には甘、旨、塩が含まれており、ビールには残りの苦、酸が含まれている。
それらを合わせると五味が完成して、美味しいというわけだ。
皮串を右手で頬張り、左手に持ったエールを呑む。
ごくごくと喉が鳴っているのが自分でも聞こえた。
ロックバードに旨みが凝縮された鳥串とエールの相性は最高だ。エールの苦みとコクがロックバードに旨みを引き上げている。
「次は皮のタレだな」
タレにくぐらせ、何度も塗り重ねて丁寧に焼き上げた一品。それを豪快に食う。
塩とは違った豪快のタレの味と旨みが口の中で爆発した。
前世のものよりもタレは甘みが薄いが、ロックバード本来の甘みや旨みが強いので、むしろちょうどいい具合だ。これもまた非常にエールが進む。
「素人の時短でこの味……恐ろしいな」
俺が作ってこの味ならば、本場のプロならもっとすごいことになるに違いない。
今度は本格的に材料を厳選して、六日に分けて焼いてみたい。真面目にそんなことを検討してしまうほどの美味しさだ。
「次はハツだな」
別名心臓。こちらも最新の注意を払って下処処理を行った部位だ。
個人的に一番好きな部位でもあり、こちらも期待は大きい。
きちんと右端を切り揃えているので見た目がとても綺麗だ。
こちらも塩から食べることにする。
口にするとハツ独特のくにゅっとした食感。
歯を突き立てるとハツらしい独特の苦みと旨みが染み出してくる。
「これも美味い」
ハツなので若干風味や味に癖はあるが、俺はそんな一面も含めて好きなので問題ない。
ロックバードのハツは鶏に比べて大きいので実に食べ応えがある。
塩を食べると次はハツのタレだ。
こちらも非常に美味い。ハツから染み出る肉の旨みとタレの甘みが絡み合う。
ジューシーな旨みもあってか、まるで味の濃いステーキを食べているかのような満足感。
それを一気にエールで流し込む。
口の中に広がる甘みや旨みと反応し、こちらも美味い。
フレッシュなキレが通り過ぎ、爽やかな苦みが一気に喉を通っていった。
エールがとても進む。気が付けば、あっという間にグラスから消えてしまったので、慌てて俺はエールを注いだ。
「砂肝をいくか」
塩味の砂肝に手を伸ばして豪快に噛り付く。
口の中で広がるシャリシャリとした食感。この食感が何よりも楽しい。
砂肝に込められた旨みと塩が化学反応を起こしているかのように抜群だ。
「砂肝は外さない美味しさだな」
こいつだけはどこの店にいっても安定した美味しさをしている気がする。
中心部分にギュッと旨みが詰まっている感じがして、それが徐々に染み出してくるようだ。
こいつはずっと噛んでいられるな。
砂肝といえば、塩が定番だが今回は一応タレも作ってみた。そちらも食べてみる。
「ふむ、やっぱり塩の方が好きだな」
タレで食べるのも勿論、美味しいが塩で食べ慣れていたために違和感の方が大きい。
慣れればそうでもないのだが塩の方がやっぱり美味しい気がする。
だけど、これも新鮮で悪くはない。砂肝の食感を楽しむ。
砂肝を食べ終わったら、次はせせりだ。
首の部分にある少量しかとれない希少部位でもある。
まずはあっさりと塩でいただく。
程よい脂身とジューシーさが口の中に広がる。
色々な部位を食べてきて口の中が脂で満たされていただけに、せせりの程よさが際立っている。
そして、せせり特有のコリコリとした歯応えが気持ちいい。
塩を食べ終わると、次はタレ味。
こちらも期待を裏切らない味だ。
「他のどの部位よりもシンプルに味わうことができるな」
せせりの肉汁をエールで洗い流すと、最後はネギマだ。
焼き鳥といえばで思い浮かべるネギマ。さて、お味はどんなものか。
まずは塩味から。先頭にある大きなモモを食べる。
「これも美味い」
肉質は他のものに比べればやや硬めであるが、それでもモモにしては大分柔らかい方だ。
噛むと中染み出るような旨さとコクがある。
そして、それを中和するようにやってくる二口目のネギがとてもいい。炭火で焼いているお陰で香ばしさと甘さが遥かに引き上げられている。
「ネギがいい仕事をしているな」
普通のフライパンや鉄板ではこのネギの味は出ないだろう。
塩味を食べ終わると、次は王道でもあるタレだ。
タレとモモがよく絡み合っている。さっぱりとした塩味もいいのだが、甘辛いタレとのコラボレーションも捨てがたい。
ネギマに関しては俺もどちらが好きかは未だに答えが出せないでいる。それほどどちらも美味しいのだ。
悩ましいのは味の甲乙だけでない、その食べ方だ。
コクのあるモモを単体として食べて楽しむか、それともネギと一緒に食べてさっぱりいくか。これに関しても答えが出ないな。
結論としてはどちらの食べ方も美味しいので、両方やるとしか言えないな。
昼食を抜いてしまったからだろうか。気が付けば、皿の上にあった焼き鳥は全てなくなっていた。
本数にして二十本程度あったはずだが、すべてが串となって並んでいる。
まさか一人でこんなにも食べてしまうとは。多めに渡してきれた精肉店の店主には感謝だ。
露店で食べた串肉があまりにもマズくて、その怒りや不満を晴らすために行った行動であったが非常に有意義なものだった。
今の胸中は美味しさによる満足感と澄み渡るような爽やかな気分であった。
胸のモヤモヤはとっくに晴れて無くなっていた。
「やっぱり、自分で作ってみて正解だったな」
たった一食、マズいものを食べただけでここまで心が荒むとは。
やはり、人間の三大欲求というのはバカにできないな。
今後も、このようなことがないように日々、美味しい食事を摂り続けよう。




