独身貴族は納得がいかない
『転生大聖女の目覚め』の書籍1巻は6月2日発売。
早いところでは本日から並んでいるところもあるそうです。
アニメイト、メロンブックスさんでは特典もあるのでお得です。
アルトにミルを任せた翌日。俺はリビングのソファーでまったりと本を読んでいた。
静かな部屋で一人物語に没入する。ただそれだけの時間が実に快適だった。
友情や愛などに左右されて行動する主人公には全く共感はできないが、自分とは違う他人の物語を追体験していると思えば楽しめるものだ。
そういう考えをして行動をする人間たちもいるのだなという程度。案外、物語というのは共感できなくても楽しめるものだ。
そんな風にパラパラとページをめくっていると、不意に集中力が切れた。
朝食を食べ終わってからずっと読んでいたせいか、すっかり太陽は中天に差し掛かろうとしている。
それなりに長い時間、集中して本を読んでいたらしい。道理で集中力が切れるわけだ。
集中して読むことができない状態で無理矢理読書をしても、ただ目が滑るだけだ。
これ以上の読書は無駄と割り切った俺は、栞を挟んで本を閉じた。
「散歩のついでに買い出しでもするか……」
ずっとソファーに座っていたので少し身体が凝っている。冷蔵庫にある残り物でも十分に料理はできるが、身体をほぐすのと気分転換を兼ねるために外に出るのがいいだろう。
そう思って俺は上着を羽織って外に出た。
今回は買い出しという目的も兼ねているので、目指すべき場所は中央区にある市場だ。
アパートから伸びる通りを真っすぐに南下していく。
すると、市場に差し掛かる前にいい匂いのする露店街に差し掛かった。
ちょうど昼時ということもあってか露店街はとても賑わっている。
ここは買い出しに行くのに必ず通らなければいけないルートだ。回り道をすることもできるが、それなりに時間を食う。
ここに露店街を設置することを決めた為政者の悪意を感じるな。
「……少し食べながら行くか」
今日は家でゆっくりとする気分。休みには外に出ることも多い俺であるが、たまには家から一歩も出たくない日もある。今日はそんな日だ。
レストランや食堂に入る気にもなれず、かといって露店で済ます気にもなれない。
しかし、腹は空いている。妥協案として歩きながら食べやすいものを口にしよう。
お腹を落ち着かせることさえできれば、誘惑には負けないはずだ。
そんなわけでは俺は胃の慰みとなる料理を探す。
今日はあまりカロリーを消費していないし、どっしりとした料理を食べる気にはなれないな。でも、肉は食べたい。
そんな気分な時に最適なのは鶏肉だ。あれならそれほどどっしりとしていないし食べ応えも味わえる。
そんなわけで鶏肉料理に目ぼしをつけて歩いていると、一つの露店が目についた。
露店の看板を見るとロックバードの串肉と書かれている。
ロックバードの肉は俺も食べたことがある。しっかりとした脂身と旨みがあるのが特徴だ。
鉄板の上ではいくつもの串に刺されたロックバードに肉が置かれてある。
焼き鳥か……悪くない。
炭火焼ではないのが残念であるが、これでもいいだろう。
「ロックバードのネギマとせせりを一本ずつ頼む」
「はいよ!」
店主に注文すると、それぞれ一本ずつ皿に載せてくれた。
対価となる二百ソーロを支払って、それを受け取った。
見たところソース類は一切かかっていないが、塩や胡椒で味付けされているのだろう。
ソースがなければ、臭みを誤魔化すことも難しい。この店主は相当味に自信があるのだろうな。
心の中で味に期待をしながら一口食べてみる。
「……んんっ?」
口に入れると若干の生温かさを感じた。
多分、作り置きしたものを鉄板で軽く温め直しただけだな? まあ、それは許せるとして気になるのは味の方だ。
塩、胡椒はとても薄く、肉の香ばしさや旨みも感じやしない。血抜き処理がきちんとできていないのか臭みがあるし、筋も残っており食べづらい。
それに以前食べたものよりも明らかに肉の味が違うし、硬い。
粗悪な肉を敢えて使っているのではないか?
これがたまたま外れの肉なのなら我慢できたが、二つ目、三つ目も同じような味であった。
食いながら市場に向かうつもりだったが、さすがにこれは文句を言わざるを得ない。
「おい、店主」
「なんだ?」
「肉が生臭い上に妙に硬いぞ。粗悪な肉を使っている上に下処理もサボっているな?」
「たまたまそういう肉に当たったんだろう。これだけやっているとそういう肉もあるさ。運がなかったな」
俺がそのように言うも、店主は適当な台詞で流そうとする。
「いや、そういう次元を越えているから言っているんだ。どう考えても、これはぼったくりだろう?」
粗悪な肉を安く仕入れて、それを正規の値段で売り飛ばす。
冷蔵庫の普及によって、そういったあくどい売り方をする露店主は減ったが、未だにこうしてやっている者がいることに驚きだ。
仮に肉の状態が悪くとも調味料を駆使して臭みをとったり、柔らかくしたり、やりようはある。特製ソースを使って臭みを誤魔化す方法もあっただろう。
しかし、この店主にはそれらの努力をした形跡もなかった。それが許せない。
「言いがかりはよしてくれよ。というか、文句があるなら自分で作ればいいだろうに」
「……それもそうだな」
迷惑そうな店主の言葉。
怒りの炎が燃え上がるかと思ったら、すんなりと自分の胸に入ってきた。
ここで店主と言い合いを続けていても、美味い焼き鳥が出てくるわけでもない。
このどうしようもなくやる気のない店主がすぐに改心するとも思えない。
付き合うだけ時間の無駄だ。それならこの鬱憤を晴らすべく、自分で作り上げた方が気も晴れるというものだ。
ちょうどホムラから醤油やみりん、料理用酒を貰ったので焼き鳥のタレだって作ることができる。
これはもう自分の手で焼き鳥を作り出して、このモヤモヤを晴らす他にないな。
意識を切り替えた俺はそれ以上文句を言うこともなく、そのまま市場に向かうことにした。
店主が気の抜けたような顔をしているがスルーだ。
「今日の昼食は焼き鳥だな」
昼食のメニューをバッチリと決めた俺は、衛兵に粗悪な肉を売りつける露店屋があることをチクって市場に向かった。
●
中央市場にやってきた俺は、以前ドラゴンの肉を買った精肉店へと向かった。
「い、いらっしゃいませ。本日はドラゴンの肉は入荷してございませんよ?」
店主がぎこちない笑みを浮かべながら言った。
以前ドラゴンの肉を買った時のことを覚えているのだろう。
「今日はドラゴンの肉が目的じゃない」
「では、どのような肉を?」
「ロックバードの肉はあるか?」
「ロックバードですか? それなら勿論ありますが……」
「串焼きにして食べたい。皮とモモと砂肝、ハツ、ささみを一人前程度に頼む」
「もっとオススメの肉もありますよ?」
店主がおずおずと伺うように言ってくる。
ロックバードの肉はあり触れたもので、串焼きとして食べるにはもっと質のいいものもたくさんある。店主もそれがわかっているから提案しようとしているのだろう。
しかし、他の肉じゃダメなのだ。
さっきの店主と同じロックバードで美味しく作る必要がある。
そうでなければ俺の胸のモヤモヤは晴れないからな。
「わかっている。だけど、ロックバードの肉がいいんだ」
「かしこまりました。ご用意いたします」
そのように言うと、店主は冷蔵庫からロックバードの肉を取り出して、見事な大きさに解体してくれた。
「二千ソーロになります」
普通の鶏よりも若干高めではあるが、誰もが買える値段でお手軽だな。
店主に代金を払うと、包んでもらった肉を受け取った。
冷蔵庫にはネギが残っていた。よし、これで焼き鳥が作れるぞ。
店主に礼を言われる中、俺は満足げな笑みを浮かべて引き上げる。
途中でさっきの露店を覗くと、衛兵に摘発されたのかぽっかりと無くなっていた。
しかし、それでも俺の気が晴れることはない。
「早く焼き鳥を作らないとな」




