独身貴族と元独身貴族
「今日もいい天気だ」
ギルドで周辺状況を確かめた俺は、いつも通り東の森にきていた。
空を見上げれば青い空が広がり、白の絵具でスッと引いたような雲が漂っている。
森の中は今日も空気が綺麗で、深呼吸をすれば新鮮な空気を味わうことができた。
それになにより森は静かだ。王都のように人で溢れていることもないし、知らない奴が話しかけてくることがない。
先ほどまで妙に絡まれることが多かっただけに自分のペースで歩めることが嬉しい。
暖かな木洩れ日が降り注ぐ中、俺は気ままに森の中を進む。
「……せっかく、リラックスしていたんだがなぁ」
しかし、またしても俺を邪魔する存在が現れた。
「グルルルルル!」
低い唸り声を上げて木々の裏から姿を現してきたのは灰狼だ。数は五体。
魔物の群れによる襲撃だが動じることはない。
ギルドでの依頼情報を見ると、ここ最近数を増やしている魔物だということはわかっていた。灰狼の群れに遭遇する可能性が高かったので、討伐依頼も受けておいた。
「石礫」
灰狼が接近してきたので土魔法を発動。
突き出した腕から魔法陣が展開され、そこから石の礫が勢いよく射出される。
数え切れない数の礫が灰狼たちを襲う。
三体はもろに顔や腹に食らって大きく吹き飛んだ。
そして、それらを比較的軽傷で潜り抜けてきた二体が跳躍してくる。
最初に到達してくる方の灰狼を剣で切り裂き、時間差で襲い掛かってくる方には左手をかざす。
そこには武器も魔法陣も展開されておらず迎撃は間に合わない。しかし、俺の左指には宝具が装備されている。
「【衝撃】」
発動キーワードを告げると、中指に嵌められた指輪の宝具が強く輝き、衝撃波が放出される。
飛び掛かってきたが故に、腹でそれを受けた灰狼は勢いよく吹き飛び、後方にあった木に衝突した。身体が曲がってはいけない方に曲がり、口から血液を漏らした。
俺が普段から愛用している宝具【衝撃の指輪】だ。
魔力をチャージしておくことで、いつでも衝撃を放つことができる。当てところによっては危険度Cに分類される灰狼でも一撃で倒すことができるので非常に使い勝手もいい。
小さな指輪なので相手に武器を持っていないと錯覚させやすいのもいい点だな。
俺の使う宝具の中には、もっと強い効果を発揮するものもあるが、そういうのは魔力のチャージやメンテナンスなどが面倒だからな。中々普段使いできるものではない。
日常的な戦闘で使うには汎用性が高く、何度も繰り返して使えることが重要だと個人的には思っている。
衝撃で吹き飛んだ灰狼はピクリと動くこともない。即死であることは間違いないだろう。
斬り捨てた灰狼も既に事切れており、石礫を食らった三体はまともに動ける状態ではなかった。
黒猪よりはいい運動になったな。
前回の呆気ない幕切れよりはマシと比較しつつ、俺は灰狼にとどめを刺した。
●
灰狼の討伐証明部位となる爪を確保し、マジックバッグに収納した俺はいつもの湖にやってきていた。
湖は今日も澄んだ水面をしており、泳いでいる魚が目視できるほど。
差し込む陽の光を受けてキラキラと水面が輝いている。
到着するなり俺は周囲を確かめるように視線を巡らせる。具体的には定位置から右斜め向かい側に。
「今日はいないのか……」
俺が湖にやってくる度に先客としてテントを張っているエイト。
ここに住んでいるんじゃないかと疑うような頻度で遭遇してしまうのだが、今日はやってきていないようだ。
「まあ、約束もしていないのに毎度会うことの方がおかしかったからな。今日は久しぶりに一人でゆっくりするか」
なんて思いながらマジックバッグから設営道具を取り出していると、不意に後ろの方から気配を感じた。
もしかして、また灰狼か? 死骸は全てマジックバッグの中に入れてあるが、俺に付着した僅かな血の匂いを辿ってきた可能性もある。
素早くテントから出ると、外には見覚えのある男性がいた。
「おお、また会ったな、ジルク!」
「またお前か……」
俺を見るなり嬉しそうに笑ったのはエイトだ。
今日こそは一人でのんびりできると思ったのに。
「約束もしていないのにどうして出くわす」
「本当にそれだな! 俺とジルクはここに来たいタイミングが同じなんだよ!」
騒がしくなったことを嘆く俺とは反対に、底抜けな笑顔のエイト。
そんなバカなことがあるかと言ってやりたいが、既に何度もここで会っているので強く否定もできなかった。
「でも、不思議と今日ここにくればジルクと会えると思ったんだよなぁ」
「俺に気持ちの悪いことを言うな」
「ひっでえ!」
そういうのは意中の女性にかけるべき言葉であって、男の俺に言う言葉ではないだろうに。
エイトは傷ついたとでもいうような表情を浮かべながら、いつもの場所に荷物を下ろしてテントを設営していく。
テントを建てていると、手伝おうなどと申し出てくる輩が稀にいるが、俺やエイトはそんなことはしない。
こうやってテントを建てることもアウトドアの楽しみの一つだと理解しているからだ。
エイトとは過ごしてきた回数こそ少ないものの、気が合うというのは否定できないな。
「今日は一人なのか?」
先にテントを建て終わった俺は、エイトに尋ねる。
マリエラとは先月結婚したばかりの新婚だ。
エイトが現れた時点で彼女も来ているのではないかと思っていたが、今のところ姿は見当たらない。
「マリエラは連れてきてないな。多分、意図的に一人の時間を与えるようにしてくれているんだろうな」
「自由人の扱い方をよくわかっているようだ」
「誰かさんのアドバイスのお陰でな」
軽く皮肉を言ってみたものの即座に返されてしまった。
戦力的に不利を悟った俺は、突くことをやめて即座に話題を変えることにした。
「そういえば、コーヒーミルを売り損ねていたが買うか?」
以前、完成したらすぐに売ってやると約束していたが、結婚式やらパーティーやらのごたごたで大分遅れていた。
ミル自体はとっくに完成していたのでいい加減売ってやるべきだと思っていた。
「買う! テント建てたらそっちに行くぜ!」
そのように言うと、エイトはすぐに頷いた。
テキパキと設営を終わらせると、エイトがイスを持ってやってくる。
そのはしゃぎようはフリスビーを強請る犬のようだ。
「手動ミルと自動ミル、どっちもあるがどうする?」
「どっちも買う。いくらだ?」
「手動が八万ソーロ、自動が三十万ソーロで計三十八万ソーロだ」
「ジルクの魔道具にしては安いな!」
「これに関しては利益よりも広めることを優先しているからな」
「普段、割とふっかけていることは否定しないんだな」
「その値段以上の快適さは提供できているから問題ないだろ」
「悔しいけど否定できねえ。もう、俺たちはジルクの魔道具がなけりゃ、生きていけない身体になってるからな」
人は一度高い生活水準を味わうと、中々そこを落とすことができない。
便利な魔道具での生活を知ってしまえば、それら無しの生活には耐えられないものがほとんどだろうな。
「ほい、三十八万ソーロだ」
「確かに受け取った」
「おお、これが俺のミルか! どうやって挽くんだ? やり方を教えてくれ」
早速とエイトが作りたがったので俺は必要な道具を用意して、手動ミルでの挽き方を教えてやる。
「お、おおー! これが挽くってやつか! 豆を潰すのが楽しいな!」
ハンドルを回しながらご満悦のエイト。
ガーリガリ、ゴリゴリと豆を挽く音が響き渡る。
ミルをしっかりと支えるエイトに左指には俺が贈った結婚指輪が輝いていた。
そんな俺の視線に気付いたのだろう、エイトがハンドルの手を止めて指輪を見せつけてくる。
「へへ、ジルクに貰った指輪はずっとつけてるぜ」
「気持ちの悪い言い方はやめろ。それだと俺がお前につけさせたみたいじゃないか」
「……これについては俺が悪かった」
これには反論の余地がないのだろう、エイトが素直に謝った。
「結婚指輪だからといって、ずっとつけているのはよくないからな」
「え? そうなのか? 俺、あの日からほとんど外してないんだが……」
「ケースの中に注意事項を書いた紙を入れておいたが、読んでないのか?」
「……そんなものがあったのか。俺もマリエラも指輪に夢中で見てない」
なんという浮かれ具合だ。とはいえ、俺も宝具を買った際は、浮かれすぎてグワンの説明書を読み飛ばすことがあるから強くは言えないな。
「指輪をずっとつけていると衛生的に良くない。激しい運動や力仕事は変形する可能性が高くなるし、洗い物や入浴の際も変色の可能性があって良くないな」
「……マジか。帰ったらマリエラと一緒に注意事項を読み込んでおく」
他にも細々とした注意をすると、エイトはショックを受けたように呟いた。
「あまり大きな負荷をかけなければ、多少は問題ないだろう。そこまで気にしなくていい」
「そ、そうか。ちょっと安心したぜ」
あまりにもショックを受けているようだったのでフォローすると、エイトはホッとしたように息を吐いた。
「にしても、結婚式に来てくれてありがとうな。それだけじゃなく、こんなにも素敵な贈り物をくれて」
「それについては終わったことだろう。何度も礼を言わなくてもいい」
「それでも改めて言いたくなったんだよ」
照れ臭さのようなものを感じてそう言うが、それでもエイトはストレートに言ってくる。
こいつはこういう奴だったな。
「礼といえば、さっきギルドでお前のパーティー仲間にも言われたぞ」
「ガウェインとカレンがか?」
「ああ、それに一緒に依頼に行こうなどと誘ってもきたぞ」
「ガウェインが突っ走ったんだろうな」
パーティー仲間だけあってか容易に状況が想像できたようだ。
まったくもってその通りだった。
「でも、その原因は俺たちのせいなんだよなぁ……」
エイトがハンドルを回しながらどこか遠い表情をする。
どうやら何かしらの悩みを抱いているようだった。
ガウェインが唐突に俺をパーティーに誘ったことに、彼なりに理由があったのだろう。
「…………おい、ジルク。そこは何かあったのかって聞くところじゃないのか?」
「パーティーの事だ。部外者の俺には関係ない」
チラチラと視線が向けられていたし、構ってほしそうな空気は感じたが敢えて無視していた。所詮、他所のパーティーの事情だ。ソロでしか活動していない俺ができるアドバイスなんてたかが知れ
ている。
そんな風に今までのように割り切るのであれば、それ以上深入りせずに放置するのが一番だろう。
しかし、エイトは俺に対して友人と言ってくれた奴だ。他の奴と同じように線を引いておくのは違うと感じた。
「だが、相談に乗ってほしい時は聞いてやらんでもない」
「……そうだな。その時は頼むわ」
そんな風に付け加えると、エイトは僅かに目を見開いて安心したように笑った。
それからエイトの挽いた豆でコーヒーを作って飲む。
「どうだ? 俺の挽いたコーヒーは?」
「雑味が多い。俺が挽いた方が美味いな」
バッサリと正直な評価を下すも、エイトは楽しそうに笑った。
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