独身貴族は話しかけられる
地獄のパーティーを終えた翌日。
工房に寄った俺は、貴族たちからくるかもしれない製作依頼の共有をルージュとした。
それが終わると今日は休暇をとる旨を伝えて、すぐに工房に出る。
コーヒーミルの製作期日は二週間と短いが、アルトと手分けしたので楽勝だ。
それよりも優先するべきは心の休息。
パーティーで激しく心を摩耗した俺の身体は激しく休息を訴えていた。
人の少ない自然の中でゆっくりとした時間を過ごしたい。
そんな衝動を胸に抱きながら、いつもの装備に身を包んで冒険者ギルドに向かう。
ここ最近はあまり外に出ていなかったからな。外の状況を把握するのは大切だ。
冒険者ギルドに足を踏み入れると、俺はいつも通りに掲示板に一直線。
しかし、今日はそれを遮る人物がいた。
魔物の鱗を使用した凄まじく頑丈そうな赤い鎧を装備しており、背中には大きな戦槌を背負っている。
顔は被っているヘルムでわからないが、隙のない佇まいから高ランク冒険者であることがわかる。
「よお、ジルクってのはお前だな?」
「そうだが、誰だお前は?」
背が高い方に分類される俺でも軽く見上げなければいけないくらいの身長差。恐らく二メートル近くあるだろうな。
相手は俺のことを知っているようだが、生憎とこちらは相手のことを知らない。
「む? 俺のことを知らないのか?」
「……ヘルムを被ってるからじゃない?」
首を傾げる大男の後ろから出てきたのは、青い髪をした女魔法使い。
こちらも内包される魔力の質から相当な実力者であることがわかる。
「おお、それもそうか! 少し待て」
女の言葉を聞いて、大男がヘルムを脱ぎ捨てる。
すると、その外観にピッタリな野性味のある顔が出てきた。
荒々しい赤の髪に少しの黒髪が混ざっている。同じ赤髪といってもルージュの色に比べるとややくすんでいるように見えた。
「どうだ?」
「……いや、誰かわからん」
わざわざヘルムを脱いでもらったところ悪いが、知らないものは知らない。
それに顔が近い。ただでさえ、むさ苦しい顔つきなのに近づかれるとよりそれを感じてしまう。
「そんなバカな! エイトの結婚式で顔を合わせただろうに!」
「……そういえば、エイトの結婚式にいたような、いなかったような?」
正直、あの時の思い出といえば、鎧蟹を食べたこと、面倒な女性に絡まれたこと、エイトとマリエラに指輪を渡したことくらいだ。それ以外の記憶は薄い。
だけど、目の前の男くらいの大男がエイトの近くにいた気がする。
「へー、本当に私たちのこと知らないんだ。私はともかく、こっちの顔は中々印象に残りやすいんだけど……」
「悪いが人の名前を覚えるのも記憶するのは苦手でな」
「ならば、今覚えろ! 俺はガウェイン! エイトとマリエラのパーティー仲間だ!」
そう名乗るがガウェインは依然と距離を離しはしない。
これは反応しないといけないやつだろうか。
「わ、わかった。ガウェインだな。覚えた」
俺が反芻するように言うと、ガウェインは納得したように頷いて身を引いてくれた。
やはり反応待ちだったらしい。
「私はカレン。ガウェインと同じパーティーの仲間よ。彼のように覚えろとまでは言わないわ」
「それは助かる」
どこか気だるげな様子で自己紹介をするカレン。
抑揚の少ない声音に変化の少ない表情は、どこか冷たさすら感じる。
しかし、それくらいの気楽さでいてくれると、逆にこちらもやりやすいので助かるものだ。
「それでエイトのパーティー仲間が俺になんの用だ?」
エイトやマリエラの仲間ということはわかったが、どんな理由で声をかけてきたのかがわからな
い。
「勿論、礼を言うためだ!」
「一体、何についてのだ?」
「結婚指輪のことに決まっているだろう!」
「?」
「それだけじゃ伝わらないわよ、ガウェイン」
俺が首を傾げると、カレンが深いため息を吐いて言う。
「む? そうか?」
ガウェインの言葉は短い上に、唐突なのでいまいち真意が伝わらない。
「エイトとマリエラに素敵な贈り物をしてくれてありがとうってことよ」
「そういうことだ! 仲間として改めてお前に礼を言いたかった!」
カレンによる通訳でようやく話しかけてきた意図が掴めた。
まったく、最初ならそう言えばいいものを。
エイトやマリエラのことなのにわざわざ声をかけて礼を言いにくるとは、随分と人が良いようだ。
「気にするな。俺がやりたくてやったことだからな」
「待て!」
話は済んだのは掲示板に向かおうとすると、またしてもガウェインがそれを阻む。
「今度はなんだ?」
「せっかくの縁だ。俺たちとパーティーでも組まないか? 今日はエイトとマリエラがいなくてな。人手が欲しい」
「断る。俺は誰とも組まない主義だ」
「む? それはどうして――」
「はいはい、組みたくないって言ってるんだから無理強いはしない。ほら、行くよ」
深入りしようとしたガウェインをカレンが止め、腕を引っ張っていく。
「お、おお。では、またな! 気が向いたら声をかけてくれ!」
有無を言わさない仲間の声音に違和感を覚えたのか、ガウェインは陽気な声を上げて去っていった。
ああいった天然部分のあるガウェインの補佐をするのがカレンの役目なのだろうな。
割と自由なエイトと組んでいるだけあって、人との距離の取り方が上手いようだ。
ガウェインとカレンが去っていくと、心なしかギルドが静かになったような気がする。
嵐のような二人組だったな。
とりあえず、あの二人のことよりも周辺状況の確認だ。
「ジルクさん、周辺状況のご確認ですか?」
掲示板の前に着くと、またしても俺に話しかけてくる人物が。
次から次へと話しかけられることに辟易としながらも振り向く。
すると、そこにはギルドの制服に身を包んだブラウンの髪をした女がいた。
どうやら冒険者ではなく、ギルドの職員らしい。
……誰だ?
「申し遅れました、わたくしギルド職員のミリーナと申します。ギルドにはつい先日、配属になりました」
俺の猜疑心を察したのか、自己紹介をする職員。
「そうか」
「ジルクさんが、いつも向かわれる東の森の周辺状況ならこちらに纏めておりますよ」
そう述べながら一枚の紙を手渡してくる職員。
ギルドの職員は基本的に受付業務をしていることが多いが、このようにロビーで冒険者のサポートや相談をすることもあるので、彼女の行動は別におかしなものではない。
新人ということなので冒険者たちへの顔見せという側面もあるのだろう。
俺はよく東の森に行くことはギルドもよく知っているので、先んじて情報を纏めておいたのか。
しかし、そのようなことはギルドへの貢献値が高いパーティーにするものだ。俺のようなソロにしたとしても、労力にはあまり見合わないだろう。
疑うような視線を向けるが、職員はにこにことした笑みを浮かべるのみ。
「必要ない」
「ええ? どうしてです?」
「情報は自分で集めて、自分で判断する」
どうせ自分で情報を集めて吟味するのだ。信用値のまるでない新人の情報を受け取っても二度手間になるだけだ。
「私みたいな新人では頼りにならないですかね」
「はっきり言うとそうだな」
「では、頼りにされるよう精進いたします」
きっぱりと資料を突き返されたにも関わらず、不満げな表情を一切見せない職員。
ぺこりと一礼をして、去っていく。
これぐらいではめげない根性を持ったものが職員に採用されるものだろうか。
ギルドの職員というのも大変だな。
そんなことを思いながら、俺は掲示板をゆっくりと眺めた。
●
「ミリーナさん、ジルクさんは資料を――受け取らなかったみたいね……」
カウンターに戻ると、先輩職員であるヴィヴィアンが出迎えた。
わたしの腕に抱えられた資料の束を見れば、結果は一目だ。
「はい、断られちゃいました」
「やっぱり……あの人、実力はあるんだけど、どうも性格に難があるというか……」
わたしが結果を報告すると、ヴィヴィアンはため息を吐きながら呟く。
「そうですか? わたしには性格に難があるっていうより、拘りが強いってタイプに見えましたけど」
「言い換えれば、そうとも言えるわね」
わたしの言葉にどこか納得したように頷いてみせるヴィヴィアン。
「でも、資料を突き返されてよく不満げな顔を見せなかったわね。偉いわ」
「これしきの事で怒ったりしませんよ! なにせ、ジルクさんはカッコいいですから!」
「は、はい?」
「ルーレン家の長男である天才魔道具師。それでいてソロでBランクにまで上り詰める高い戦闘技術。ルックスだけじゃなくて、家柄も収入もいいんですよ! あんな素敵な人なら多少、粗雑に扱われても気になりませんも! むしろ、これからといったところですね!」
「あなた、もしかしてジルクさんの事を狙ってる?」
「はい、狙ってます!」
おずおずと尋ねてくるヴィヴィアンにわたしはきっぱりと答えた。
周囲にいた職人や冒険者がストレートなわたしの言葉に驚いているのがわかる。
女の争いは最初が肝心。こういうのは始めから宣言しておくのが大事。
後で狙っているなんて言ってしまえば、先輩や同僚といったライバルから大顰蹙を買いかねない。だけど、最初から宣言しておけば後から揉めることにはならないし、牽制もかけることができる。
Aランク冒険者であるエイトも素敵だったが、彼はつい先月ほどに同じパーティーのマリエラと結婚してしまった。
ギルドに残っている冒険者の中で、一番にルックス、家柄、収入といった要素が高いのは間違いなくジルクだ。
だから、わたしは彼と結婚したいと思っている。
「もしかして、先輩や他の人もジルクさんを狙っていたりしますか?」
「いえ、そんなことはないわよ! 私や他の子はとっくに懲りたから!」
率直に尋ねるとヴィヴィアンは慌てたようの首を横に振る。
懲りたということは一度は狙っていたことがあるということだ。わたしは密かに心のメモ帳にヴィヴィアンを注意人物として記帳した。
「そうだったんですね。良かったです」
そんな警戒心はおくびにも出さず、わたしはホッと胸を撫で下ろす仕草をする。
「ジルクさんは確かに女性の理想条件を備えた人だけど、無愛想で何を考えているのか読めないところがねぇ」
「わたしとしては、そういうところが好きですけどね」
多少、性格に難があっても気にしない。彼にはそのデメリットを遥かに上回る、メリットがたくさんあるのだから。
それにわたしの経験上、顔がカッコよければ多少の事は許せる。顔が好みならそれで問題ない。
「そこまで突き抜けた好意があるなら、上手くいくかもしれないわね。まあ、応援はするけど業務には支障をきたさないようにね」
「はーい!」
若干呆れた表情をするヴィヴィアンの言葉に、私は素直に返事するのであった。
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