独身貴族は気遣う
カタリナを生贄に捧げてテラスでゆっくりしていると、アルトがやってきた。
「兄さん、そろそろ挨拶周りに戻ってほしいんだけど」
「……もうか」
カタリナに付き合っていたせいでロクに休むことができなかったな。
気が重いながらもグラスをウェイトレスに返し、アルトと共に会場に戻る。
すると、会場がまたしてもざわついていた。さすがに俺が休憩から戻っただけで注目を浴びるということはないだろう。
怪訝な視線を向けていると、ちょうど人垣からブレンド家の当主であるアルバートが出てくるのが見えた。
相手もこちらに気付いたのかズシズシとこちらにやってくる。
その後ろにはノイドも控えており、俺たちに友好的な笑顔を見せる。
「ええ? ブレンド伯爵がこっちに来てる?」
「そうだな」
真っすぐにこちらに向っていることから、間違いないだろう。
「兄さん、ブレンド伯爵と知り合いだったの?」
「ちょっとした縁があってな」
そのように答えて見せると、アルトは驚いたように口を開けた。
が、相手が近づいてきたとわかって慌てて居住まいを正す。
「ジルク殿がやってきているという噂は本当だったか! つい、そんな噂を耳に挟んだので足を運んでしまったよ」
「それで会場がざわついていたのですね」
子爵家の開催するパーティーに伯爵が足を運んできたとわかれば驚くのも無理もない。
散歩のついでに寄ったような感じであるが、それができてしまうのがこの大貴族の力だろう。下級の貴族であれば、間違いなくそんなことはできない。
「隣にいるのはジルク殿のご家族かね?」
なんてことを思っていると、アルバートが視線をアルトの方に向けた。
「私の弟であり、ルーレン家の当主のアルト=ルーレンです」
「アルト=ルーレンと申します。お目にかかれて光栄です、ブレンド伯爵」
「おお、君がルーレン家の若き当主か。ジルク殿とは仲良くさせてもらっているからな、アルト殿とも仲良くさせてもらえると嬉しいものだ」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
互いににこやかな笑みを交わしながら力強く握手をする。
「それにしても兄がブレンド伯爵とお知り合いとは驚きです。兄はあまりこういった場には顔を出しませんから」
「王都にあるお気に入りの喫茶店で、私の執事とジルク殿が出会ったのがきっかけだ」
「そのような縁が……」
知り合うきっかけを聞いて納得したように頷くアルト。
こういった場に一切顔を出さない俺が、大貴族と目されるブレンド家の当主と知り合いというのはおかしい話だからな。それがわかってホッとしているようだ。
「アルト殿もジルク殿と同じ魔道具師なのかね?」
「はい、私も魔道具師でございます」
「ジルク殿と同じ工房で?」
「いえ、領地にある工房で働いております。ルーレン家で独立した工房を持って働いているのは兄だけです」
「むむ? そうだったのか? てっきり、一家全員で同じ工房で働いているのかと思ったよ」
職場まで家族が勢揃いしているとか地獄でしかないな。
「私は工業化して利益を追求するタイプではないので」
「なるほど、ジルク殿ほど実力があり、独創的であれば自由な環境で働いた方がいい場合もあるだろうな。大きな組織で働くと締め付けがあるものだからな」
同意するように頷くアルバート。
多くの者を束ねる立場にある彼は、大きな組織のメリットやデメリットの両方をよくわかっているのだろうな。
「アルバート様、コーヒーミルの使い心地はいかがでしょう?」
「おお、それだ。その話をしたかったのだ。ジルク殿お陰で毎日コーヒーを飲むことができて幸せだよ」
そのように尋ねると、アルバートは上機嫌で生活模様を語り出す。
普段は自動ミルを使って飲んでいるようだが、気分転換をしたい時や外出先では手動ミルを使って飲んでいるそうだ。
まだまだロンデルの作り出す味には遠く及ばないが、自分好みの味を作れるように追求中だと嬉しそうに語ってくれた。
「そうですか。問題なくコーヒーをお楽しみ頂くことができて何よりです」
「ところで、ミルの正式な販売が考えているのかね?」
「ここのところは忙しく中々動けておりませんが、販売はする予定です」
まだ正式な販売体勢は整っていないが、現在ルージュが下請けの工房や魔道具販売店などを回って下地を作っている最中だ。
そのような状況を述べると、アルバートは考え込むように顎に手を当てる。
「……ふむ、ならばもう一度ジルク殿に追加発注をすることはできるかね? 実はコーヒー仲間に振舞ったら、いたく気に入ってな。その者たちにも是非渡してやりたいのだ」
「それはどのくらいの数でしょうか?」
「自動と手動を五十個セットずつで頼みたい。そして、急かすようで申し訳ないが二週間で用意してくれないだろうか? 二週間後に茶会があって、できればその時に渡したい」
「二週間ですか……」
「その代わり値段の二倍で買い取ろう。それに何か困ったことがあれば、私が力になることを約束する」
前者はともかく、後者についてはかなり利益が大きい。
同じ製品をいくつも量産するのは俺の好みではないが、タイトなスケジュールの報酬としては大きな利益が得られるだろう。
ただ、今日は傍にアルトがいる。このまま俺一人で引き受けるのは勿体ないな。
「どうかね?」
「私の工房はあまり従業員が多くありません。しかし、弟であるアルトの手を借りれば納品は可能かと……」
アルトが一瞬だけ驚いた顔をするが、すぐに意図を理解したのか動揺を沈めた。
「ブレンド伯爵のためであればひと肌脱ぎましょう」
「おお、作ってくれるか! ありがたい! それでは、二週間後に頼んだぞ!」
ブレンド伯爵は俺たちの肩に軽く手を置くと、上機嫌な表情で去っていった。
後ろを付いていったノイドが、こちらに視線を向けて目礼した。
「よくわからないまま受けちゃったけど、コーヒーミルって難しい魔道具じゃないよね?」
やがて、二人が見えなくなるとアルトが恐々と尋ねてくる。
「安心しろ。アルトの技量なら問題なく作れる」
「ならいいけど」
細かく説明すればトリスタンでも組み上げることのできる魔道具だ。アルトの技量なら、軽く概要を説明するだけで作れるだろう。
「ありがとね、兄さん」
「なにがだ?」
「僕に気を利かせてくれたんでしょ? 兄さんならあのくらいの数でもこなせるだろうし」
アルトの言う通りだ。同じものを量産することに面倒くささを感じるものの、あの程度の数なら一人でこなせる。アルトがそれをわかっている以上、気を遣って誤魔化す必要もないか。
「まあ、お前には苦労をかけているからな」
大貴族と繋がりができるのは悪いことではない。
それにより面倒ごとに巻き込まれる可能性も無きにしも非ずだが、その繋がりはアルトにとって大きな力となるだろう。
後は単純に俺ばかり巻き込まれるのも嫌なので、アルトも巻き込んでしまえというリスク分散の一面もあるがな。
「……そう思うならもっとパーティーに顔を出してほしいな。あと実家の方にも……」
「それとこれとは話が別だ」
アルトの切実な呟きを俺はバッサリと切り捨てた。
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