独身貴族は見てみぬフリをする
「……疲れた」
アルトとフィーベルに連れられて何人もの貴族に挨拶や指輪の話をした俺は、休憩を貰うことにした。
何十人もの貴族と会話をしたが、一人の名前も覚えていない。
興味のある者やビジネス的な繋がりのある相手ならともかく、そのどちらにも当てはまらない者を覚えることは苦手だ。なにせ興味がないからな。
とりあえず、結婚指輪の他にもいくつかの魔道具の製作も頼まれたな。すべて受けるわけではないが、細かい調整はルージュに任せよう。
なんて思いながら歩いていると、視界の端で見覚えのある女性が見えた。
アパートの隣人であるカタリナだ。
金色の髪を丁寧に編み込んでおり、青いドレスを身に纏っている。
普段アパートや喫茶店で顔を合わせるだけあって、その変わり様には驚いてしまうな。
なにやらカタリナは若い男たちに囲まれており、しきりに話しかけられているようだ。
男たちがカタリナに気があるのは明らかだが、アプローチをかけられているカタリナは少し困っているようだ。
……あいつも苦労しているんだろうなと眺めていると、カタリナと視線が合う。
明らかに困っており助けろという意思を感じる。
笑顔で男に対応をしながら器用なことをするな。
とはいえ、俺がカタリナを助けてやる義理もない。
俺はカタリナをスルーして、テラスへと直行した。
テラスに移動すると涼しい夜風が肌を撫でた。
それが疲れた心身を癒してくれるようで心地いい。
会場の外にある庭園は照明の魔道具でライトアップされており、夜にも関わらず青々とした植物が見える。日中に見かけるものよりも印象が違い、それが新鮮だ。
「お飲み物はいかがでしょう?」
「赤ワインを貰おう」
庭園を眺めているとトレーを持ったウェイトレスがやってきて、グラスを取ると一礼して去って行く。
端に移動した男一人も見逃すことなく飲み物を持ってくるとは、アクウィナス家の使用人は気遣いができるようだ。
こういう細かな部分でその家の使用人の質が分かるというものである。
会場内の喧騒を遠く感じながら美しい庭園をつまみに赤ワインをあおる。
もう会場に戻りたくないな。俺はずっとここがいい。
「ちょっと、なんで助けてくれないのよ! 私の視線に気付いていたわよね?」
などと考えていると、カタリナがカツカツとヒールの音を鳴らしながらこちらにやってきた。
どうやら先程、俺がスルーしたことがいたく不満らしい。
「逆に聞くがどうして俺が助けなければいけない? 俺はお前の婚約者でもなんでもないだろう?」
カタリナの婚約者や家族であれば、当然の権利を主張して連れ出すことができただろう。
しかし、そうでもない俺が割り込んでしまえば角が立つような結果になりかねない。
「そ、それはそうだけど困っていたら助けようと思う良心くらいあるでしょ?」
「そんなに困っていたのか? 男どもに囲まれてより取り見取りだろ?」
「……私、今は音楽に集中したいから、そういうのに興味はないの」
深いため息を吐きながら手すりに背中を預けるカタリナ。
そんなことをすれば、ドレスの後ろが汚れるぞ。大丈夫なのか?
「その割にはまんざらでもないようだったが?」
「あんな公衆の面前で否定したら相手が恥かくでしょう?」
「そういうものか?」
「その点、あなたたちは容赦がなかったわよね。相手方に大きな非があるとはいえ、可哀想だったわ」
カタリナが言っているのは俺、レナード、グレアスに絡んできた男爵令嬢のことだろう。
「貴族のマナーを学べたんだ。いい経験になっただろう。大体、きつく追い払ったのはレナードとグレアスだ。俺はそこまで否定していない」
「あんな冷たい視線をぶつけておいてよく言うわ」
俺の弁明を聞いて呆れたような表情をするカタリナ。
それについては意識的にやったことなので特に言い訳もしない。
「……ねえ、アクウィナス子爵とは仲がいいの?」
カタリナがどこか探るような視線を向けながら、おずおずと尋ねてくる。
この流れ、何度も言われたことがあるので大体わかる。
レナードを紹介してくれとか言う流れだ。
「王立学院時代からの縁だな。仲はいい方だ」
「良かったらアクウィナス子爵に紹介とかできない? 彼のデザインしたドレスとかオーダーメイド品を着てみたいのよ!」
「それだったら自分で訪ねればいいだろう?」
レナードは王都にいくつもファッション店を持っている。直接、そこに行って頼めばいい。
「彼は王都でも超人気デザイナーなのよ? まともに頼んだりしたら数年後とかになっちゃうわ」
「そこまでの人気ぶりか……」
あいつの扱うファッション店には足を運ぶことがないので、そこまでの人気ぶりとは思わなかった。
とはいえ、この手の紹介を引き受けていたらキリがない。
いつも通りに突っぱねようと考えるが、その前にふと俺は思い立つ。
……そういえば、あいつ着せ替え人形が欲しいと言っていたな。
そのことを思い出して改めてカタリナを観察してみる。
手入れのしっかりとされた綺麗な金色の髪。しっかりとケアされたくすみのない白い肌。
本人の強気な性格も相まって顔立ちは少しきついと感じる人もいるが、目鼻立ちといったものは整っている。
俺はあまりそういう意識を持たないが所謂美人というやつだろう。
身長は百七十近くあり女性にしては高い方。胸の豊かさが若干心元ないが、スタイルもバランスがいい。
「な、なによ? 急にじろじろ見て」
観察するような視線を感じたのかカタリナが少し居心地悪そうにする。
「ちょっとな。あいつに紹介するのに相応しいか考えている」
自己顕示欲と承認欲の強い面倒な女であるが、素材は悪くないな。
王都でも大人気の管弦楽団に所属している奏者であり、最も勢いに乗っている作曲家。今、ノリにのっている彼女のステータスはレナードがモデルとして売り出すにもいい気がする。
よし、こいつをレナードの生贄にしてやろう。
俺とグレアスが着せ替え人形にされるのを回避するための供物が必要だからな。
「いいだろう。レナードに紹介してやろう」
「えっ、本当!?」
「構わんさ」
「ちょっと待って。あなたにしては優しすぎる。代価はなんなの?」
俺が心優しく紹介してやろうと言うにも関わらず、カタリナが警戒の眼差しを向けてくる。
鋭いな、彼女に備わる第六感が警鐘でも鳴らしたか。
俺とグレアスのための生贄……などと素直に言うことはできない。
「何を警戒しているのかは知らんが、そんなものはない。強いて言うならば、毎回確保してくれているプレミアムチケットの礼とでも思ってくれ」
「そう。そういうことなら」
実にもっともらしい理由を述べてみせると、カタリナは警戒心を解いて納得したように頷いた。
「レナードのところに向かうぞ」
「ええ、お願い」
俺の言葉と態度を何ら疑うことなく、カタリナが素直についていく。
甘い奴だな。
テラスから会場内に戻った俺はカタリナを連れて、レナードのところに向かう。
またグレアスと一緒にいるな。主催者の癖にずっと一か所に留まっていていいのか。
「レナード、紹介したい奴がいるんだが少しいいか?」
「あら、ジルクの紹介なんて珍しいわね」
「はじめまして、カタリナ=マクレールと申します。この度はかの有名なアクウィナス子爵にお会いすることができて光栄です」
ドレスの裾を摘まんで丁寧に一礼をしてみせるカタリナ。
その仕草は実に流麗であり、先ほどの男爵令嬢とは大違いだ。
とはいえ、それをカタリナがやっていると思うと違和感しかなく、ちょっと噴いてしまう。
彼女には鋭い瞳で睨まれた。
「レナード=アクウィナスよ。新進気鋭の作曲家に会うことができて、こちらこそ嬉しいわ。あなたの作曲した曲は、いくつも聴かせてもらったわ。とてもいい曲ね」
「ありがとうございます」
さすがに最近有名だけあってかカタリナのことも知っているらしい。
「それで私にどんな要件があるのかしら?」
「お前にドレスをデザインして欲しいそうだ」
「はい、アクウィナス様のデザインしたドレスで是非とも舞台に立ちたいと思いまして――」
カタリナがレナードにデザインに対する賛美の言葉を投げかけるが、既に彼は聞いていない。
今のレナードは彼女がデザインをするに相応しい素体か。
それを見極めるような目をしている。まるでマネキンでも観察しているかのような冷たい目だな。その視線に下心や情欲といったものは一切ない。
「いいわ。デザインしてあげる。今度、私の店に来てちょうだい」
「本当ですか!?」
どうやらカタリナはレナードのお眼鏡に叶う素体だったらしい。
王都でも注目されている作曲家ということもあって、レナードとのコラボは話題性も高いだろう。
「ジルク、いい子を紹介してくれたことに感謝するわ。ジルクやグレアスほどじゃないけど、彼女も中々にそそるわ」
喜ぶカタリナをよそに、レナードが小声で囁いてくる。
事情を知らぬ者が聞いてしまえば、激しい誤解を招かざるを得ない言葉だ。
「感謝は無用だ。その代わり遠慮なくやってくれ。餌をちらつかせれば、それなりに根性を見せる女のはずだ」
彼女の上昇志向は中々のものだ。プライドもそれなりに高いので、わかりやすいメリットを享受すれば歯を食いしばってついてくるに違いない。
「あら、そう。根性がありそうね」
上唇を舐めるとレナードは妖艶な表情を引っ込めてカタリナの元へ。
それとは入れ違いに遠巻きに見ていたグレアスがやってくる。
「……ジルク、あの女に恨みでもあるのか?」
「軽はずみな頼みをしてきた報いだな」
「可哀想にな……」
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