独身貴族は変わらない
――あれから二十年の歳月がたった。
俺ことジルク=ルーレンは二十八歳となっていた。当然、結婚などはしていない。
今ではルーレン家の屋敷を出て、王都で生活をしている。
念願の魔道具師としての資格を手に入れた俺は、王都に工房を建てて、自ら開発した魔道具で生計を立てていた。
今日も爽やかな朝を迎えることができた俺は、身支度を整えると素早くリビングに移動。
冷蔵庫の中からハムやチーズ、レタスといった具材を取り出すと、それらを手早くカット。
昨日買っておいたパンの上にそれらを盛り付けると、自作したホットサンドメーカーにセット。
焼き上がるまでに台所の片づけをしておき、余った食材は冷蔵庫へと戻す。
「……やっぱり、もう少し小さくしたいな」
俺が八歳の頃に初めて設計図を描いた魔道具。
両親の力を借りながら改良を重ねて再現することができた。
この世界では一部の極寒の地域以外では、食材の保存方法は乾燥、塩漬け、あるいは氷魔石、氷魔法使いによる一時的な冷凍といった手段しかなかった。
しかし、冷蔵庫の発明により、やや値段は張るものの誰でも簡単に冷蔵という手段で食材を保存できるようになり、家庭でも冷蔵庫は普及していった。
冷蔵庫というこれまでになかった食材の保存方法を確立することでルーレン家は大変潤い、俺の口座にも定期的にそれなりのお金が振り込まれている。
しかし、俺と両親が改良を重ねた冷蔵庫は、前世のものに比べるとややデカい。
それはほんの数センチ差であるが、元々のコンパクトさを知っている俺からすれば大き過ぎるという他言いようがなかった。
特に台所のスペースというものには限りがあるために余計に存在感が強く見える。
俺の住んでいるアパートの台所はかなり広めだ。
俺の家でさえそう感じるということは、一般的な家ではもっと窮屈に感じてしまうのだろうな。
「……これも課題だな」
とはいえ、あまり一つのことばかりに拘ってはいられない。
この二十年間で俺は冷蔵庫だけではなく、他の魔道コンロ、ドライヤー、扇風機などと様々なものを開発している。
とはいえ、快適な生活を送るためにまだまだ足りないものは多くある。
それらを作り上げるためにもいつまでも一つの魔道具に拘っている場合ではないからな。
そんなことを考えていると、ホットサンドメーカーが焼き上がりを告げる音を鳴らした。
ちょうど調理道具の片付けが終わった俺は、熱々のホットサンドを取り出し、包丁で半分に切った。
こんがりと焼け目のついたパンからは香ばしい匂いが漂い、間からは熱でとろけたチーズと火の通ったハム、しんなりとしたレタスが顔を覗かせている。
少し熱めのそれを手にして口に運ぶと、サクッとしたパンの食感が響き渡る。そこからとろけた濃厚なチーズと塩っけのあるハムが絡み合い、その味の濃さをレタスとパンが受け止めてマイルドにしてくれる。
ホットサンドメーカーは個人的に作ったものなので、売りに出していないが、これも売ってもいいかもしれないな。
「我ながらいい魔道具を作ったものだ」
◆
朝食を食べ終わると、俺はアパートを出て職場へと向かう。
俺の工房は王都の中央区にあるので北区にあるアパートからは少し距離がある。
とはいえ、歩いて十五分とかからない距離。前世でいうタクシーのような馬車の送迎サービスがあるが、混雑した朝の時間に使ってもそれほど時間の短縮にもならないので徒歩が無難だ。
季節は春を迎えるころだが、朝の空気はまだ少しだけ冷たい。
だけど、このスッと冷えた空気が俺は好きだ。冷たい空気を取り込むと、頭の中までスッと冷え込むような感じがするからだ。
石畳が敷き詰められた通りの中を、俺はいつものように歩く。
中央区に近づくにつれて閑静な住宅街から、賑やかな商店へと変わっていく。
中央区には商店の他に様々な施設が集まっているので、自然とそこに向かう人の姿も増えていた。
通りを歩くのは人間だけでなく、獣人、エルフ、ドワーフ、リザードマンといった人間以外の様々な種族がいる。
人間以外の種族がいることに最初こそ驚いたが、二十年以上暮らしているとさすがに慣れた。俺たち人間と姿こそ違えど、同じように感情を持っており、意思の疎通ができるからな。
彼ら独自の魔法やスキルに助けられることも多く、様々な種族が入り乱れた世界は上手く共存することができていた。
通りを進んでいくと増々と人が増えて、屋台や商店などが立ち並び賑やかになる。
「いらっしゃい! 脂肪たっぷりの紅牛肉はいかがだい!」
「こっちは今朝獲れたばかりのエレファントマグロがあるよ! 煮ても、焼いても良しだ! 今日は特別に一人前銅貨八枚だ!」
あちこちで呼びかけの声が上がり、仕入れた食材を売ろうとしていた。
それらの食材を支えているのは冷蔵庫だ。
俺の冷蔵庫は家庭用だけでなく、大型化して商用の冷蔵庫としても利用されている。
そのお陰で王都をはじめとする都市では、近年食の流通が盛んになっていた。
王都で新鮮な肉や魚があのような値段で買えるのは、ここ数十年になってからだ。
優雅な独身生活に豊かな食生活は欠かせないからな。
俺が大人になるまでに新鮮な肉や魚が食べられるようになって本当に良かった。
小さな頃から妹や弟に妨害されながらも、魔道具の勉強をしてきた甲斐があったものだ。
商店エリアを潜り抜けて中央区の住宅街へと差し掛かろうという場所に、我がジルク工房は佇んでいた。
レンガ造りの三階建ての民家。それを囲うように塀ができており、中には綺麗な芝生が生えている。
素材の仕入れや品物の納品を考慮して中央区にしたが、普段は開発をする場所だからな。
中央区のあまり騒がしい場所に建てたくはなく、できるだけ人気の少ない静かなところを選んだ。
工房に入ると形ばかりのエントランスがあり、その奥には作業場が広がっている。
二階、三階と部屋はたくさんあるが、そのほとんどは魔道具や素材で埋まっているので実質的な活動エリアは一階のみといっていいだろう。
「ジルクさん、おはようございます」
作業場に入ると、金髪碧眼の若い男性が声をかけてきた。
こいつはトリスタン。ジルク工房の従業員であり、俺の部下だ。
「ああ、おはよう」
「今日は機嫌悪いんですか?」
挨拶を返すなり、唐突にトリスタンが尋ねてくる。
いつも通りに返事をしたつもりだが、今の俺はそんなに不機嫌そうに見えるだろうか。
まあ、昔から愛想のないタイプで冷たい顔つきだという自覚はあるが。
「別にそんなことはない」
「そんな風にムッとした顔でいたら勿体ないですよ? ジルクさん、見た目はいいんですからもっと笑顔でいましょう。そうしたらモテモテです」
「別に女にモテる必要はない。余計なお世話だ」
「ジルクさんは枯れていますね。俺がジルクさんだったら、女の子と遊びまくりですよ」
ただ欠点としては、無駄口が多いことと頭がハッピーなことだ。
不特定多数の女と遊んで何が楽しいのか理解できないな。
「それより氷魔石の加工は終わっているのか?」
どうでもいい話に移りそうだったので、俺は無理矢理に仕事の話に戻した。
すると、トリスタンはつまらなさそうな顔を一瞬したものの、俺のテーブルに魔石を持ってくる。
「終わっていますよ」
トリスタンが魔力加工した魔石をひとつひとつ確認する。
魔物の核となる魔石はそのままの状態では使えない。
魔道具として使いやすいサイズにカットしたり、魔力のムラを均す必要がある。
そうしてやらないと魔道具として使った時に、ムラが出てしまうからだ。
トリスタンにはそういった雑用をやらせている。
「問題ないな。次はここにある素材の加工をやっておいてくれ」
「今日も多いっすね」
加工された魔石のひとつひとつを吟味した俺は、デスクの引き出しから次に使用したい素材を取り出してトリスタンに渡した。
素材の膨大な量にトリスタンは驚きながらも自分のデスクに戻っていった。
「よし、今日も魔道具を作るか」
そろそろ夏も近づいてきた。冷蔵庫案件も片付いたので、そろそろクーラーの制作にかかってもいいかもしれないな。
前世ほど暑さは厳しくないにしろ、扇風機だけでは暑苦しいと思える日もある。
加工された氷魔石を手にして、俺は今日も魔道具作りに勤しむのであった。
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