独身貴族はパーティーに行く
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』のコミック6巻が発売中です。よろしくお願いします。
「こんなものか……」
アクウィナス家のパーティー当日。俺は貴族の正装に身を包んでいた。
一年ぶりくらいに袖を通した気がするが、体型はそこまで変わってはおらず特に窮屈な部位もない。これもたゆまぬ自己管理力の表れだな。
鏡の前でおかしなところがないか確認した俺は外に出る。
アパートの前にはルーレン家の紋章が入っている馬車が停まっており、御者であるギリアムが待っていた。
アルトたちが迎えにくることは知っていたが、さすがに今日はイリアがエントランスで出待ちをしているわけではないようだ。
「ジルク坊ちゃま、おはようございます。正装姿とてもお似合いでございますね」
にこやかな笑みを浮かべながら挨拶してくるギリアム。
坊ちゃま呼びを止めるように言っても聞いてはくれない。それ以外の頼みは快く聞いてくれるというのに何故なのだろう。
毎度注意するのも面倒なので止めさせることは諦めた。
「肩が凝って仕方がないがな。あっ、誤解するな。今のは正装がキツくなったというわけじゃないからな?」
「その変わらぬお姿を見れば、ジルク坊ちゃまの努力はわかりますとも。ささ、皆さまがお待ちですのでお入りください」
「ああ」
ギリアムが馬車の扉を開けるので、素直に乗り込む。
中には同じく正装姿に身を包んだアルトがおり、その隣には青いドレスに身を包んだフィーベル、対面側には紫色のドレスに身を包んだイリアがいた。
「……なんだ?」
三者があまりにも呆けた視線を向けてくるのが心地悪くて尋ねる。
すると、三人は我に返ったかのようにして口を閉じた。
「いやあ、兄さんの正装姿を久しぶりに見たけどカッコいいなと思って……」
「いつも素敵ですけど、正装姿はまた一段とすごいです」
「見た目だけはいいのよねぇ」
「だけとはなんだ」
アルトとフィーベルは素直に賞賛の言葉をくれるが、イリアだけは複雑そうな顔で文句をつけてきた。余計な一言がいらないな。
「では、出発いたします」
会話が落ち着くと御者席に座ったギリアムがそう言って鞭をしならせた。
●
今回のパーティーは北区にあるアクウィナスの所有する邸宅で行われる。
そのため俺のアパートからそれほど時間がかかることなく到着した。
俺たちの目の前には四階建ての白煉瓦で組み立てられた建物がある。
あれが今回のパーティー会場だ。
外には次々と馬車が停まり、煌びやかな衣装を身に纏った貴族たちが会場へと吸い込まれていく。
「さすがはアクウィナス家が主催するパーティーだけあって、オシャレな人が多いね」
入場していく者たちを見て、アルトが感嘆の声を上げる。
アクウィナス家は服飾産業の成果で貴族として取り立てられた家系だ。
服飾ギルドを運営して、王都の服飾関係を一手に牛耳っているだけでなく、独自のブランド店をいくつも経営している。
そんな服飾関係にうるさい貴族とあってか、招待された客たちは身に纏う衣服に大変気を遣っているようだ。
「まあ、あれらがオシャレかどうかは俺たちには判別がつかんがな」
「それは言えてるかも」
きっちりと正装姿をしている者もいれば、目立つために魔物の羽根を生やしたジャケットを着ている男性や、従者がスカートの裾を持たないと満足に歩けないようなロングドレスを纏っている女性もいる。
まるで奇天烈なファッションショーだ。
パーティーでここまで自由度が高い服装が許されているのは、アクウィナス家くらいだろう。
一部の尖った貴族の服装はさておき、俺たちも馬車から降りて会場の中に入る。
いくつものある会場の入り口ではアクウィナス家の使用人が待機しており、招待状のチェックや荷物の預かりなどをしていた。
パーティーの規模が大きいだけに、これらの手続きも一苦労だな。
アルトが持参してきた招待状を使用人に見せると、使用人が軽く魔力を流す。
たまに招待状を偽造する輩も現れるからな。ちょっとした防犯対策だろう。
それらを通過して名簿に名前を書き込んでもらうと、会場へと入場となる。
パーティー会場は真っ赤な絨毯が敷かれており、豪勢な料理の乗せられたテーブルがいくつも並んでいる。
手前側にはバーカウンターのようなものが併設されており、数人ものバーテンダーがシェイキングをして、給仕が忙しくそれを運んでいた。
奥の方では歌劇団が並んでおり、優雅なBGMを奏でている。一瞬、カタリナの所属する歌劇団かと思ったが、そうではないようだ。
とりあえず、入り口の邪魔にならないように進んでいくと、会場で談笑をしていた貴族たちが次々とこちらに振り向いてざわつき始めた。
「……なんだ? なにかあったのか?」
気になった後方に視線をやるが、会場に通された平凡な貴族がいるだけだ。驚くような出来事があったかのようには見えない。
「多分、兄さんが顔を出したから皆驚いているんだよ」
「そうなのか?」
「前回参加したパーティーがいつか思い出してみなさいよ」
イリアに言われて、俺は彼方にある記憶を探ってみる。
「……一年前ということしか思い出せないな」
「だからよ」
滅多にやってこない人物が顔を出したので物珍しがっているだけか。
状況はわかったとはいえ、指をさしてくるような露骨な人物はいないが、チラチラと伺い見るような視線は鬱陶しいな。
「おーおー、本当にジルクがいるじゃねえか!」
「ただ入ってくるだけで会場がざわつくって相変わらずの人気ぶりね」
誰もが遠巻きにこちらを眺めてくる中、意気揚々とこちらに向かってくるのは二人の男性貴族。
「久しぶりだな。グレアス、レナード」
茶色い髪をオールバックにしており、野性味のある顔立ちをしているのはグレアス=レクスオール。
そして、真っ赤なスーツに金色の髪をした女性言葉を放つ男性はレナード=アクウィナス。
アクウィナス家の現当主であり、このパーティーの主催者だ。
「ええ、本当に久しぶり。ジルクってば、声をかけても全然顔を出してくれないんだから」
「こういう場所が嫌いなのはわかってるだろうに」
つれないとばかりに表情を浮かべるレナードの言葉に顔をしかめる。
こいつらとは王立学院で知り合った仲だ。俺がこういう集まりが嫌いだと当然知っているのに。
「だからって個人で呼んでもジルクは来ねえじゃねえか」
「お前たちは毎度呼ぶタイミングが悪いんだ」
「どうせ仕事や趣味に夢中だって言うんでしょ?」
「その通りだ」
レナードやグレアスから個人的な誘いは来ていた。
しかし、その時はちょうど夢中になる魔道具があったり、宝具の競りがあったりと非常にタイミングが悪いのだ。
俺だって集まろうという努力はしている。すべてはタイミングの悪さだ。
「にしても、本当に連れてきてくれるなんてさすがはアルトちゃんね。これが兄弟の絆ってやつかしら?」
「投げた仕事を引き受ける条件として連れてこられた」
「そうでもしないと兄さんがこないからだよ」
しかも、自分の嫁が引き受けることをダシにしてだ。これが兄弟の絆かと言われると怪しいものだ。
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