独身貴族は苦渋の決断をする
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「それで手伝ってもらうことはできるか?」
「うーん、僕とミラは冷蔵庫の改良品の製作でしばらくは埋まっているからね」
父さんと母さんは冷蔵庫に注力しているために、やはり無理か。
正直、ここは予想通りだ。
「イリアはどうなんだ?」
「え? い、いや、私は魔道具のノルマや指導で忙しいし……」
興味深そうに手に取っていたイリアに尋ねると、彼女は慌てて指輪を手放してしどろもどろに言った。
イリアはこういったアクセサリー系の魔道具を作るのが得意だったのでやってくれると思っていたのだが、どうやら忙しいみたいだ。当てが外れた。
「アルトはどうだ?」
「僕もこれ以上仕事を詰めるのね。領主としての仕事もあるし」
「……そうか」
くっ、残念ながらルーレン家は全員忙しくて引き受けられないみたいだ。
こうなったらあまり頼みたくはないが、昔なじみの魔道具師に頼むべきか?
「あ、あの、私でよければやってみたいです」
脳裏で魔道具師仲間を思い浮かべていると、フィーベルがおずおずと手を挙げた。
「フィーベルは子育てで忙しいんじゃないの?」
「アベルも大きくなってきましたし、体調も随分と良くなったので。こんな素敵な魔道具が作れるのであれば、是非とも作ってみたいです」
「なら、結婚指輪の製作をフィーベルに任せ――」
「待ってくれ、兄さん」
本人がそう言っているので早速任せようとしたところで、アルトがストップをかけてきた。
「なんだ、アルト?」
「フィーベルが製作を引き受けるのに条件をつけさせてもらうよ」
本人ではなく、アルトが条件をつけてくることに違和感を抱いたが、フィーベルも合わせるように頷いているので拒否はできない。
「……俺に何をしてほしいんだ?」
「来週行われるアクウィナス家のパーティーに出てほしい」
アルトの提案を聞いて顔が歪んでしまう。
「なぜだ?」
「レナードさんに絶対連れてくるように言われていてね」
「あいつめ……」
脳裏に浮かんだ悪友ともいえる人物に俺は眉を潜めた。
俺がそういう催し物が大嫌いだと知っている癖に。
「それに貴族の中には兄さんのファンも多いんだ。連れていかないと僕の肩身が狭いんだよ」
「……別の条件はないか?」
「それならジルクにお見合いをさせるなんてどうかしら?」
「あっ、それいいかも!」
代案を出すように言ってみたら、母さんが訳のわからないことを言い出した。
何故、外野が勝手なことを言い出すんだ。
家族の面白がりようを目にすると、そういう事態になってもおかしくはない。この空気はまずい。
「わかった。アクウィナス家のパーティーに出よう」
たった一日。それも友人の開催するパーティーに出ればいいだけだ。
知らない令嬢や大商人の娘と見合いをさせられるより、そっちの方がマシだった。
「じゃあ、そういう事で来週は頼むよ」
「ああ」
気が重いが仕方がない。
結婚指輪の製作で心身共に何週間もすり減らすよりも、一日我慢するだけの方がいいからな。
満足そうに微笑むアルトの言葉に、俺は不承不承ながらも頷いた。
●
「ジルク、結婚指輪の製作についてはどうなったの?」
「ああ、それならアルトの嫁に任せることにした」
「確かフィーベル様ね。お子さんを産んでしばらく経つけど、もう仕事できるようになったんだ」
「……よく弟の嫁のことを知っているな?」
俺なんて昨日、正式に名前を覚えたばかりだ。身内でもそれなのに、どうしてルージュがそこまで把握しているんだ。
「ルーレン家とはよく仕事でもやり取りするんだもの。ご家族のこともしっかり把握しておくに決まってるじゃない」
「そ、そうか」
ルージュは仕事上知っておく必要があったんだな。それなら知っていてもおかしくはないな。俺がおかしいわけじゃない。
「にしても、向こうも忙しいのによく引き受けてくださったわね」
「その代わりパーティーに出席させられることになったけどな。弟の癖に兄をこき使おうとするとは……」
「家族をこき使おうとしている長男がよく言うわ」
俺がそのように愚痴を漏らすと、ルージュが呆れた顔をした。
「にしても、パーティーだなんていいですね! 煌びやかな会場に贅を尽くした料理! 華やかな衣装をまとった美しい令嬢とワイングラスを片手に歓談! どれも平民の憧れですよ!」
話を聞いていたのかトリスタンが夢見がちなことを言う。
どうして令嬢と歓談することが幸せなのかまったく共感できないが、こいつが妙な理想を抱いているのだけはわかった。
「貴族のパーティーなんていいものじゃないぞ。口を開けば本心でもない会話の応酬、相手の地位や顔色に合わせて態度や言葉を変えなければいけないために迂闊に話すこともできない。夫人なんて生き物は口を開けば旦那の陰口で盛り上がり、令嬢なんかはどいつもこいつも甘ったれていてどれだけ散財したかでマウントを取ってくるぞ?」
「ええ、そうなんですか!? 確かルージュさんは営業でいくつかのパーティーに参加したことありましたよね? どうでした?」
「ジルクの言っていることは極端ではあるけど、あながち間違いでもないわね……」
トリスタンの曇りのない視線から背けながらルージュがぼそりと言った。
「貴族のパーティーなんてキラキラしたものは幻想で、現実は黒い感情が渦巻いているドロドロとした戦場だ」
「うう、そんな現実聞きたくありません! パーティーっていうのは、清楚な令嬢たちが綺麗な衣装をまとっていて、楽しく歓談できる素敵な交流の場なんです!」
俺の口から伝えられる真実を受け入れまいと、トリスタンはデスクで耳を塞いで蹲る。
まあ、トリスタンの思い描くパーティーが、それならそれでいいだろう。
今のところトリスタンを連れていく予定もないし。
「まあ、そういうわけでルージュはフィーベルと依頼のすり合わせを頼む」
「わかったわ」
結婚指輪の件をルージュに任せた俺はデスクに座り、今日の作業を始めることにした。
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