独身貴族はまたも突かれる
ルーレン家の食事会の日。
工房から帰ってくると、アパートの前には一台の馬車が停まっていた。
多分、エントランスでイリアが出待ちしているのだろうな。
なんて考えながらエントランスをくぐると、やはりそこにはイリアが待っていた。
わざわざ扉の視覚になる位置から歩み寄ってくる。
妹よ、完全にそれは不審者だぞ。
「兄さん、今日は何の日かわかってるわよね?」
「食事会に行けばいいんだろ」
「その通りよ。だから、大人しく――って、あれ? 実家での食事会よ? ちゃんとわかってる?」
「わかっている。特に準備するものもない、このまま馬車に乗るぞ」
「え、ええ」
俺が素直に向かうことによっぽど驚いているのか、イリアが呆然としながらも歩き出す。
やたらと振り返って後ろを確認してくるのは俺が逃げると思っているのだろうか。別にそんなことはしない。
「ジルク坊ちゃま、準備はよろしいでしょうか?」
馬車の中に乗り込むと、御者席に座っていたギリアムがにこにことしながら尋ねてくる。
「問題ない。それと坊ちゃま呼びはやめろと前に言っただろ?」
「では、出発いたします」
俺がそのように言うも、ギリアムは後半部分だけ聞こえなかったかのように鞭をしならせた。
癖が強いのは家族だけで十分だというのにな。
馬車を走らせて王都の外に出ることしばらく。
俺とイリアはルーレン家の屋敷にやってきた。
「おお、ジルク!」
ダイニングルームに入ると、一番に父であるレスタが嬉しそうな顔をした。
そして、母であるミラは俺を見るなり目を丸くする。
「まさか来るとは思わなかったわ」
「おい、呼んでおきながらその言い草はどうなんだ」
食事会の手紙を送っておき、イリアをわざわざ迎えに送っておきながらその言葉はおかしいと思う。
「一年間、実家に寄り付かなかった息子が、たった二か月の期間でやってくるとは思わないじゃない」
「まあまあ、ジルクがやって来てくれたんだからいいじゃないか! 父さんはまたジルクの顔が見られて嬉しいぞ!」
俺と母さんが不毛な言い合いをする気配を察知したのか、父さんが柔和な笑みを浮かべて仲裁に入った。
父さんにそのように言われては、それ以上言うことができない。
母さんもそれ以上小言のようなことを言うこともなく、俺も無言で腰を下ろした。
「やあ、兄さん」
イスに座るなり声をかけてきたのは、俺と同じ藍色の髪にエメラルド色の瞳をした男性。
「久しぶりだな、アルト」
アルト=ルーレン。俺の弟であり、ルーレン家の若き当主である。
常に笑顔を浮かべており、人当たりも良く、愛嬌がある。兄である俺とは正反対だ。
「お久しぶりです、ジルクさん」
そして、奥から顔を出したのはアルトの嫁である……確か……。
「……フィーベルだったな?」
「はい、フィーベルで合っています」
確かめるように尋ねると、艶やかな銀髪を揺らしながら頷くフィーベル。
「えええ、兄さん! まだフィーベルの名前がうろ覚えなの!? 信じらんない!」
そんなやり取りに大袈裟に反応したのがイリア。
「うろ覚えじゃない。ちゃんと合っていただろ」
「じゃあ、ちゃんとフィーベルの前の家名わかる?」
フィーベルの出身? ルーレン家と同じ魔道具師の家系だとは聞いた覚えがあったが、細かい名前まで覚えていない。
「…………それより、フィーベル。腕に抱えているのは子供か?」
「あっ、はい。もうすぐ一歳の男の子です」
フィーベルの腕の中には微かに藍色の髪を生やした子供がいた。
「名前は?」
「アベルです」
「ちょっと露骨に話を逸らしてるんじゃないわよ」
俺とフィーベルが和やかに会話をしていると、またしてもイリアが突っ込んでくる。
「今日で会うのは三回目なんだから仕方がないだろ。だから、こうしてコミュニケーションをとっているんだ」
実はこうしてフィーベルと顔を合わせるのはまだ三回目だ。
過去に会ったのは婚約者としての挨拶と、アルトとの結婚式だけだ。
それも軽く挨拶をした程度の関わり合いなので、きちんと覚えろというのが無理な話だ。
「はい、あまり会話をしていなかったので仕方がないかと」
フィーベルがそのように言うと、イリアは何も言えないのだろう。不満そうに口を尖らせて引いた。
俺がこれ以上責められないようにフォローするとはできた嫁さんだ。イリアは爪の垢を煎じて飲むべきだと思う。
「セーラちゃん、今日も可愛いねー!」
「ありがとう、パパ!」
ちなみに旦那であるルードヴィッヒは、こちらの会話に一切混ざることなく娘であるセーラを溺愛していた。噛みついてくる妹を止めるつもりは毛頭ないらしい。
「ちなみにフィーベルの元の家名はティトスだからね? 次、ティトス家の人と会う時に失礼なるからちゃんと覚えておいてよ」
「フィーベル以外のティトス家と会うことはないと思うが覚えておこう」
俺はアルトと違ってパーティーに顔を出したりはしないからな。
「にしても、長女と次男は孫の顔を見せてくれているというのに、肝心の長男はいつになったら孫を見せてくれるかしら?」
母さんがセーラとアベルを見つめながら露骨な言葉を呟いた。
「またその話か。何度も言わせないでくれ」
「あなたが何度も言わせるじゃない。二十八歳にもなって、結婚もせずフラフラと」
「別にフラフラとはしてないだろう。きちんと魔道具の開発もしているし、年間の利益も上げている。大体、長女と次男の子がいれば十分だろ。俺に変な期待をするな」
「期待しますとも。だって、あなたはルーレン家の長男なんですから……」
出た、長男。最初に生まれたというのがそんなに大事なのか? 相変わらず、この世界の結婚観というものに馴染めないな。
前世でも実家に帰る度に結婚はまだかとせっつかれていたものだ。
別に誰がどう生きようが自由だろう。他人を自分と同じレールに乗せようとしないでほしいものだ。
「あ、あの、全員揃ったことですし食事でも……」
「そうだね。せっかくの食事が冷めたら勿体ない。ギリアム、頼むよ!」
母さんの俺の醸し出す空気に耐え切れなくなったのだろう。フィーベルと父さんが明るい口調でそう言った。
●
父さんとフィーベルの苦労の甲斐もあり、剣呑な空気が霧散し、俺たちは夕食を口にする。
「そういえば、今日はやけに兄さんが素直にだったのね」
「素直っていうのは?」
イリアの出した話題に母さんが食いつく。
「いつもみたいにぐちぐちとごねるかと思ったら、すんなり馬車に乗ったのよ」
「それは怪しいわね」
懐疑的な視線を向けてくる母さんとイリア。
「なにか裏があるんじゃないかしら?」
帰らなければ散々文句を言われ、帰ってきたら帰ってきたで疑われる。
非常に面倒な母娘であるが、それが事実なので強く反論しづらいだ。
「……またうちの方に仕事を投げるつもりね?」
母さんが目を細めながらも推測してくる。
なんで俺の心の内がわかるのか不思議でならない。
「まあ、そうだな」
「やっぱり! 道理で素直にやってきたわけよ!」
母さんの推測を否定せずに頷くと、イリアが納得したとばかりの顔をした。
「でも、兄さんがこっちに投げたい仕事ってなによ?」
「……もしかして、結婚指輪の件ですか?」
「よく知っているな」
イリアを含める家族が首を傾げる中、おずおずと言い出したのはフィーベルだ。
「ああ、兄さんが友人の結婚式で贈ったっていう指輪のことだね」
「はい、社交界の中では今、その話で持ち切りなんです。互いに愛の証を指輪として身に着けておくなんて素敵ですよね」
アルトやフィーベルはよくパーティーに顔を出しているからか、新しい情報には機敏なようだった。
「へー、ジルクが友人の結婚式に参列したのか! にしても、粋な贈り物をするじゃないか!」
「成り行きでな」
アルトやフィーベルから結婚指輪のあらましを聞いた父さんが、感心したような顔をする。
あれは心から結婚という道を祝うことのできなかった俺の、気持ちの代用品みたいなものなので、そのように褒められても少し困る。
居心地の悪い空気を払拭するように俺は咳払いして用件を告げる。
「まあ、その結婚式から指輪の製作依頼がくるようになってな。あまりにも数が多いからそれを任せたい」
「ちょっと、うちは兄さんの下請け工房じゃないんだけどー」
「だが俺の魔道具で潤っていることも事実だろ?」
確かに何でも仕事を丸投げする姿勢はよろしくないが、その分ルーレン家に大きな利益を分けている。薄給でこき使っているならともかく、大きな利益を享受している癖にそこまで強く言われたくはない。
「それは兄さんが従業員も雇わずにポンポンと魔道具を作るからよ」
「それでも作って売れと言ったのはそっちじゃないか」
正直、冷蔵庫だけでも十分ルーレン家は潤っている。
それを改良や派生させていくだけで十分に俺たちは食っていける。それなのにドライヤーや魔道コンロも販売しろと言ったのは俺以外の強い意向があったからだ。
別に俺は十分な実績と金さえあれば、無理に商品を売り出す必要はないからな。
「それで兄さんが頼みたい結婚指輪ってどんな感じなの? サンプルがあったら見せてほしいな」
「こういう感じだ」
俺たちの間に入るようにアルトが言うので、結婚指輪のサンプルを見せてやる。
それらはエイトとマリエラの指輪を作る時に没にしたものだ。
「へー、女性のは華やかだね」
「確かに二人だけの愛の指輪がハマっていると素敵ですね」
「僕らも作るかい?」
「そうしましょう!」
結婚指輪を手に取りながら感想を漏らすアルトとフィーベル。
途中から夫婦特有の惚気話になっているな。
「魔道具で指輪というのは決して新しいわけじゃないけど、結婚の証として身に着けるものと考えれば大衆は欲しくなるわね」
「結婚に反対的な意見を持つジルクが、こんなに素敵な物を考えるなんて皮肉だな」
「うるさい」
母さんの横で眺めているルードヴィッヒが茶化してくる。
そんなことは自分がよくわかっていた。だから、作りたくないんだ。
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