独身貴族は参列する
エイトから招待状を貰って一か月が経過し、結婚式の当日となった。
既に結婚式に参列することを決めていた俺は、ブラックスーツを纏って外に出た。
すると、アパートの前に一台の馬車が停まっており、御者の男性がうやうやしく頭を下げてきた。迎え馬車だ。
「お待ちしておりました、ジルク様」
「ひとまず、中央区の広場まで頼む」
「かしこまりました」
結婚式の会場は王都の中央区にある教会だ。
徒歩でいけない距離ではないが、もし服装が汚れでもしたら面倒なので馬車で向かうことにしている。式にはルージュやトリスタンも参加するので、途中で拾うつもりだ。
乗り込むと馬車がゆっくりと発車した。
ガタゴトと揺られながら王都の景色を眺めていると、程なくして中央広場にたどり着いた。
御者が降りて扉を開けると、ルージュがエスコートされて中に入ってくる。
ルージュの赤い髪はいつもより癖が少なくアップになっていた。
仕事中は薄っすらとした控えめな化粧だが、今日はしっかりとアイラインや口紅を入れている。
爽やかなベージュのワンピースに黒のボレロを纏っている。
一般的なゲストの服装に相応しい装いだが、仕事中とはまったく異なる装いになると受ける印象もまったく違うな。
「うわぁー……」
中に入ってきたルージュが俺を見るなり、失礼ともいえる言葉を漏らした。
「人を見ていきなりなんだ?」
「……ジルク、もうちょっと地味な装いにできなかったの?」
「もっと地味にと言うが、一般的な装いだろうに」
俺が纏っているのは結婚式のゲストとして相応しいブラックスーツだ。カフスボタンやポケットチーフもついているがどれも控えめだ。
「元がいいだけにちょっと整えるだけで爆発的にカッコよくなりますね」
どこか呆れたように言ってきたのは、ルージュの次に乗ってきたトリスタンだ。
整髪料を使っているのかいつもよりもっさりとしたイメージはなくなっている。格式の少し低いダークスーツを身に纏っていた。
そんな風に言われても、俺はただ参列するのに相応しい装いをしているだけだ。どうしてそのような文句を言われなければならないのか。
「新郎がエイトさんじゃなかったら間違いなく食われていましたよ」
「間違いないわ。ジルク、もし何かの間違いでトリスタンが結婚しても、式には行っちゃダメよ?」
「わかった。トリスタンの結婚式には行かないことにする」
「ちょっ、二人とも酷くないですか?」
これで部下の結婚式に行かないで済む口実ができた。
そんな風に喜んでいると御者が馬車を発車させた。
中央広場から馬車で揺られることしばらく。
俺たちは中央区にある教会へとたどり着いた。
白を基調とした壁に青色の屋根が特徴的な教会だ。
敷地はとても大きく綺麗な庭園が広がっており、並の貴族の邸宅を凌駕しているだろう。
「この教会を会場として使うんですね」
教会の豪華さに圧倒されたトリスタンがそのような言葉を漏らす。
「エイトさんはAランク冒険者だもの。ここを貸し切るくらいのお金もあるでしょうね」
「高ランクの冒険者だとは聞いていたが、Aランクだったのか」
「ええ? ジルクさん、友人で同じ冒険者なのに知らなかったんですか!?」
「冒険にはいつも一人で行くからな。他人のことなんて興味ない」
俺には独神の加護があるせいでパーティーを組んでしまうと、身体能力が下がってしまうからな。冒険者の動向をチェックする必要なんてない。
他人とパーティーを組むことは絶対にないからな。
「魔道具師をやっている傍らの作業でBランクになっているんだから、ジルクも大概おかしいわよね」
ルージュは尊敬と呆れの入り混じった視線を向けると、トリスタンと共に歩みを進めた。
「……しかし、この世界を管理しているのは独神だというのに、神を崇める教会で結婚式を挙げられるなんてな」
なんて皮肉を漏らしながら二人の背中を追いかけるように歩く。
教会の中に入ると、また内部も広かった。
まるで高級ホテルを思わせるような真っ白な大理石が敷き詰められている。
壁にはキトンのような服を纏った、金髪の美しい女神が神々しい魔法を放ち、大地を創造するような絵が飾られている。女神ラスティアラとかいうらしい。
この王都では愛と創造を司るラスティアラ教が信仰されている。
だが、この世界を管理しているのは黒髪の根暗そうな神だ。こんな身目麗しい美女では断じてない。
多分、この世界の人間の誰かが、利益を得るために作り出した空想上の神だろうな。
世界を管理しておきながら人々に認知されていないとはどういうことなんだろうな。
まあ、孤独を愛する神が人々に信仰されて嬉しく思われるかは微妙ではあるが。
「ジルク、早く受付を済ませるわよ」
「ああ、わかってる」
ルージュに急かされた俺は、絵画鑑賞を止めて受付に向かった。
●
受付が終わると礼拝堂に案内されて待機だ。
今日のためか礼拝堂には色鮮やかな花が飾り付けられており、武骨な神聖さよりも華やかさが滲んでいた。
祭壇にはラスティアラ教の神官が佇んでおり、色彩豊かなステンドグラスの光が差し込まれている。
礼拝堂にはエイトとマリエラの関係者が多く参列していた。
数にして二百人程度だろうか。平民の開く結婚式にしては数が多いほうだ。
名前は覚えていないがギルドで見たことのある顔が何人もいたので、冒険者仲間が多いようだな。
これだけの人数を集められるのは、エイトとマリエラの人徳によるものだろう。
そうでもなければ自由で曲者揃いの冒険者がここまで集まったりはしない。
神官が開式の宣言を告げると、どこかソワソワとしていた空気がシーンとなる。
静謐な空気が漂う中、神官の宣言が終わると新郎の入場となった。
ドアマンが扉を開けると、バージンロードとなる青いカーペットの上を白のタキシードに身を包んだエイトが入ってきた。
エイトの新郎姿に親しい冒険者仲間たちが大きな声と拍手を浴びせる。
エイトはどこか照れ臭そうに笑いながらも、堂々とした歩みで祭壇に向かう。
その途中で俺と視線が合うと、エイトが人懐っこい笑みで笑った。
俺が参列したことを純粋に喜んでいるみたいだ。
「さすがはエイトさんね。新郎姿もとても似合っているわ」
「あれならジルクさんの隣にいても霞むことにはならないですね!」
隣にいるルージュとトリスタンがどこか興奮したように言う。
確かに参列客を含めてもエイトの容姿はピカイチだ。
ルージュやトリスタンが懸念していたような、主役が埋没するようなことにならず良かった。
新郎が祭壇に到着すると次は新婦の登場だ。
白いウエディングドレスを身に纏ったマリエラが入場してくる。
新婦姿のマリエラを見て、知人らしき女性たちから黄色い声が上がった。
「すごい、とっても綺麗……」
「ああ、随分と変わるものだな」
湖畔で出会った時の動きやすい服装ではなく、清楚な衣装に身を包んでしっかりと化粧をしたマリエラはまるで別人だ。
橙色の髪もまとめられており、彼女の活発的な魅力を損なわないようにしながら仕上げている。
女性は化粧で変わるものだと知っているが、それでも驚いてしまうな。
エイトもマリエラのウエディング姿を見るのは初めてなのか、目を丸くしてとても驚いているようだった。しかし、すぐに柔らかい笑顔を浮かべた。
マリエラはそんなエイトの反応を照れ臭そうにしながらも笑い返していた。
新郎と新婦の入場が終わると、ゲストも起立して女神ラスティアラの讃美歌を歌う。
招待状についている歌詞を歌うだけなのだが、俺が歌おうとすると頭痛がした。
独神の加護を持っているので、虚構の女神を賛美することは許されないということか。
それとも自身とは正反対の『愛』を司る神だからだろうか。
仕方なく口パクをしていると、それに気付いたルージュが白い目を浮かべながら肘で小突いてきた。
いや、仕方がないだろう。讃美歌を歌うと頭が痛くなるのだから。
そんなアクシデントがありつつも讃美歌が終わって、神官が聖書の朗読に入る。
仰々しい祝福の言葉が終わると、新郎であるエイトと新婦であるマリエラが誓いの言葉を述べて、結婚の証明書にサインをする。
そして、誓いの口づけとなり、エイトとマリエラはゆっくりと唇を重なり合わせた、
その瞬間、礼拝堂にはこの日一番の拍手と祝福の言葉に包まれた。
誓いのキスを終えて誇らしげに手を振るエイトや嬉しそうなマリエラを見ると、自然と俺も拍手を送っていた。
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