独身貴族は将来を有望視される
赤ん坊として異世界に転生し、八年の月日が経過した。
歩くことさえできなかった俺だが、今ではすくすくと成長し立派な八歳児。
藍色の髪にエメラルドのような瞳。どうやら俺は母さん似の容姿みたいだ。
俺が転生したのは、ルーレン家といって代々魔道具作りを生業とする家系であり、貴族だ。
先祖代々、魔道具を作り出す魔道具師であり、作り出した魔道具の功績を認められて爵位を貰えたそうだ。
生まれ変わった先が魔道具師の家系というのは運が良すぎるので、これも独神による力の恩恵なのだろう。
子供の頃はこつこつと勉強を重ねて、ある程度の年を重ねて学ぶことになるかと思っていただけに、この恩恵はとても嬉しかった。
屋敷の中には様々な魔道具や、それを作るための魔物の素材で溢れている。
何より父や母が魔道具師というのが大きい。
魔道具に関係することはすぐに教えてくれるので、俺は小さな頃から魔道具作りについて学ぶことができていた。
将来、魔道具師を目指している身からすれば、この恩恵は一番嬉しいものかもしれない。
「ジルク、何をやっているんだい?」
リビングにやってきたのは、栗毛の髪と黒ぶちの眼鏡が特徴的な父のレスタだ。
ジルクというのは俺の名前だ。ジルク=ルーレン。それが第二の人生の俺の名前だった。
この世界の言葉は当然日本語ではなかったために戸惑ったが、さすがに八年も生活をしていると習得することができる。
「新しい魔道具の設計図を描いている」
「へえ、どんなものかな?」
「冷蔵庫っていって、箱の中で冷気を出して食べ物を長い間保存できるようにしたいんだ」
この世界には前世で暮らしていた便利なものはない。だから、魔道具でその再現を目指していた。
今は将来に向けて冷蔵庫を作るべく、自分の知識で再現できそうなところを描いている。
現在の季節は夏。この世界では一般的に食材の保存は塩漬けにしたり、乾燥させるといった手段しかない。
それではこのような気候の中ではまともに新鮮な食材が食べられないことになる。
俺の人生の中でも食事は大きな娯楽に入るので、クーラーや扇風機よりもこちらを先に開発したかった。
「……これは」
微笑ましい父親の顔をしていた父であるが、俺の設計図に目を通すと徐々に瞳が真剣なものと化した。
普段、穏やかな顔つきをしているだけに真剣な表情になった時に変わりようはすごい。
「どうしたの、レスタ?」
レスタが目を皿のようにして設計図を眺めていると、今度は俺と同じ髪色をした女性が入ってきた。
ミラ=ルーレン。今世の俺の母親となる人物であり、レスタと同じく魔道具師でもある。
「ジルクが考えた魔道具の設計図だ。見てくれ」
血相を変えているレスタの様子に驚きながらも、ミラは身を寄せて俺の設計図に視線をやる。
すると、レスタだけでなくミラも目の色を変えた。
「……熱気を遮断するためにもう少し箱は分厚くした方がいいかも、それにこの魔力回路じゃ氷魔石から取り出せる冷力と持続時間が心配だわ」
なるほど、さすがはプロの魔道具師とあって俺では気付かない点を指摘してくれる。
前世のような完璧な素材がないから、既存の素材ではまだコンパクト化は難しいようだ。
「冷気は下に落ちる性質があるから、あまり強い冷気が出なくても問題ないかなって思った」
「なるほど、それで氷魔石を上部にはめ込んでいるのね」
「でも、食材を冷凍保存できるようにもしたいから、魔力回路の効率化と増強はしたいかも」
「それなら氷魔石を二つにして魔力回路を直列にすればできるかも?」
「でも、それじゃあ氷魔石の消耗が激しいよ。まずは回路を見直してみよう」
魔道具作りの話になったのか、俺を置いてけぼりで白熱した会話を広げる両親。
習っていない部分もあるので、付いていけない部分があるのが少し悔しい。
「まだまだ詰めるべき部分はあるけど、魔道具として立派に成り立つわ。しかも、この魔道具は絶対に売れる。この設計図は本当にジルクが描いたの?」
「うん」
俺がそう答え、レスタもしっかりと頷くとミラは信じられないとばかりに目を見開いた。
しかし、その後すぐにとびっきりの笑顔を見せて俺に抱き着いた。
「ジルクは天才ね! まだ八歳なのにこんなにもすごい魔道具の発明ができるなんて!」
「本当に信じられないよ。ジルクがいれば、ルーレン家は安泰だ」
ミラだけでなくレスタまでも俺に抱き着いてくる。
夏なので二人が抱き着いてくると少々暑苦しいが、俺の事で喜んでくれているので無下にすることもできない。
俺はミラとレスタの興奮が収まるまで、ずっとされるがままに褒められ続けた。
◆
冷蔵庫の設計図を両親に見せてから、二人は各所に連絡をとって必要となる素材を集めていた。
俺はといえば、両親からの課題として冷蔵庫の効率化を考えていた。
勿論、効率化の正解は現役魔道具師である両親が既に答えを出しているのだが、それでは俺の成長にはならないとのことで俺なりの答えも導き出すようにとのことだ。
両親の厳しさに涙が出そうであるが、魔道具師としての経験を積むためなので俺は精力的に取り掛かっている。
小さな頃から魔道具の開発に携わったというのは、将来の実績になる。その時にしっかりと胸を張れるように相応の実力を身に着けておかなければ。
優雅な独身生活を送るためにも、自立した力は必要だ。
そんなわけで両親から与えられた効率化の本を片手に、設計図や魔力回路を見直す作業を行っている。
「お兄ちゃん、遊ぼう!」
しかし、そんな俺の精力的な作業を邪魔する存在がいた。
イスに座って作業している俺の裾を引っ張ってくる。
しかし、俺としてはそれどころではないので無視。
「ジルクお兄ちゃん!」
「おい、やめろ。服が破けるだろ」
しかし、相手はそれに業を煮やしたのか裾をさらに強く引っ張り出した。
さすがにその力の込め具合に危機感を感じた俺は、仕方なく言葉を発する。
振り返ると栗色の髪をツインテールでくくった少女と、藍色の髪をした大人しそうな少年がいる。
少女の方はイリア=ルーレン。少年の方はアルト=ルーレン。
今世における俺の妹と弟であり、俺が優雅な独身ライフを送るための勉強時間を削ってくる存在だ。
「だって、お兄ちゃんが遊んでくれないんだもん!」
「俺は魔道具を改良するのに忙しいんだ。イリアとアルトで適当に遊んでろ」
「やーだー! お兄ちゃんも一緒がいい! 遊んで!」
俺がそのように言って作業に戻ろうとするも、イリアはぐいぐいと袖を引っ張ってくる。
弟であるアルトはイリアのように直接訴えてはこないが、真横にやってきてジーッと視線を向けてくる。
非常にうざったいことこの上ない。
まったく、相手にできない理由を説明しているというのにどうして理解できないものか。
これだから子供というのは面倒なんだ。
「イリア、何を騒いでるの?」
さすがにこれだけ騒いでいれば気になるのだろう。
ミラが俺の部屋の様子を見に来た。
「お兄ちゃんが遊んでくれないの!」
「イリアが改良作業の邪魔をするんだ」
「お兄ちゃんってばいっつもそう! イリアが遊んでって言っても、読書や剣の稽古で忙しいって逃げる! お兄ちゃんはイリアのこと嫌いなんだ! うわあああああああん!」
まさかの訴え途中に泣き出す妹。
そこには何一つ論理的な主張はなく、ただ感情をぶつけているだけであった。
そして、隣にいるアルト。訳もわからない癖にイリアの泣いている姿を真似するんじゃない。お前まで泣いているように見えるだろう。
「……ジルク、たまにはイリアとアルトと遊んであげて」
魔道具師となり、優雅な独身生活を送るために俺に無駄にできる時間などない。
イリアとアルトと遊ぶよりも、冷蔵庫の改良を考える方がよっぽど有意義だ。
「ね?」
そんな俺の不満がわかっているのだろう。
ミラが腰を落として俺に視線を合わせてくる。
その真面目な瞳には純粋に兄としての成長を願うような色がこもっていた。
こんな状況ではおちおちと考えることもできない。
それに母さんの機嫌まで損ねたら、イリアたち以上に厄介だからな。
「わかった」
「ありがとう、ジルク」
俺が頷くとミラはよしよしと俺の頭を撫でる。
それが妙に心地よかったが気恥ずかしいので、照れ臭さを隠すようにイスから立ち上がる。
「イリアのことは嫌いじゃない。だから、泣くな」
「うっ、ひっく……本当?」
「本当だ」
「えへへ」
俺がしっかりと言葉にして断言してやると、イリアは目元を赤くしながらも笑った。
これでとりあえずは泣き止んだようだ。
「ほら、これから遊ぶんだろ? 今日は何をしたいんだ?」
「えっとねー、イリアは鬼ごっこがしたい!」
「僕はかくれんぼ」
「わかった」
手を繋ぎながらそのような主張をしてくる妹と弟の言葉に俺は素直に頷いた。
はぁ……好きな時に好きなことをできないというのは辛いものだな。
前世で長年好きに生きてきただけにより痛感してしまう。
やっぱり、誰かと一緒に住むというのは俺には合わないな。
早く一人前の魔道具師となって、独身生活を謳歌しなければ。
◆
「イリアとアルトは、ジルクに相手してもらえたのかい?」
「ええ、ちょっと不満そうにしていたけどジルクが折れたみたい」
「ジルクは八歳とは思えないほどに大人びている。勉強もできて、剣術の稽古も筋がいい」
「それに魔道具師としての基礎も終えて、応用にまで手を出しているわね」
「こんなことを言ってしまうと親バカになるかもしれないけど、ミラに似て容姿だっていい。ジルクは将来かなりモテるだろうね」
「ええ、きっと大人になったら綺麗なお嫁さんを貰って、ルーレン家を継いでくれるに違いないわ」
【作者からのお願い】
『面白い』『続きが気になる』と思われましたら、是非ブックマーク登録をお願いします。
また、↓に☆がありますのでこれをタップいただけると評価ポイントが入ります。
本作を評価していただけるととても励みになりますので、嬉しいです。