独身貴族は悪友と呑みにいく
「ジルク、ご家族の方が来ているわよ」
いつも通りに工房で仕事をしていると、ルージュが声をかけてきた。
「なんだって?」
まさかまたイリアが食事会だとか抜かして俺を連行しにきたのか。
警戒感を抱きながら振り返ると、工房の入り口はルードヴィッヒが立っていた。
「よっ、ジルク!」
こちらに片手を上げてにっこりとした笑顔で言うルードヴィッヒ。
「……あれは家族じゃない。追い返してくれ」
「おいおい、義弟に対してそれは酷くないか? 義兄さん?」
「黙れ。その呼び方をしたら本当に縁を切るぞ」
何が楽しくて仕事仲間に義兄さんなどと呼ばれなければいけないのか。聞いただけで背筋がぞわっとしたぞ。
「ちょっとした冗談じゃないかジルク。大体、イリアを紹介してくれたのはお前なのに嫌がるのはおかしくないか?」
「まさか本当に上手くいくとは思っていなかったんだ。今では妹を紹介したことを後悔している」
「酷いな、お前!」
だって、あの傍若無人なイリアだぞ? 昔から俺の後ろをついてきては構え構えと泣き叫んでいた妹だ。
良くも悪くも感情表現が豊かなので、ルードヴィッヒも辟易すると思いきや何故かすんなり結婚といったものだ。
よっぽど二人の馬が合ってしまったのか、イリアが猫を被り続けているのか。
詳しい二人の仲は知らないが予想外の結果だ。
「えええっ!? そこってジルクさんの紹介だったんですか!?」
ルードヴィッヒの言葉を聞いて、トリスタンが驚きの声を上げる。
「そうだ」
「それなら俺にも誰かいい人を紹介してくださいよ! 貴族の女性じゃなくてもいいですから!」
やけに過剰な反応を示したと思いきや、それが目当てか。
「残念ながら妹で弾切れだ。お前に紹介できる女はいない」
紹介できそうな女のリストに、自然とカタリナが思い浮かんでしまったがあいつは貴族だしな。ただの平民でしかないトリスタンとはどう考えても釣り合わない。
「もう! どうしてそんなにいい見た目をしているのに、紹介できる女性がいないんですか!?」
何故かいきなり文句をつけてくるトリスタン。
紹介してもらう側だというのにどうしてこんなに偉そうなのか。
「見た目は関係ないだろう」
「ありますよ! ジルクさんほどカッコよければ女性の二人や三人やってきますよね?」
「ジルクは外から眺める分には好物件だが、実際に中身を見るとなぁ。寄ってきた女性にも基本塩対応だし」
「そりゃ、そうだろう。好きで一人でいるのにすり寄ってくる女なんて邪魔でしかない」
たまに街を歩いていると声をかけられるが、こちらは一人でいることを楽しんでいるのだ。
そこに邪魔者でしかない異分子を受け入れるはずがないだろう。
「くっ、なんて贅沢な。それならルードヴィッヒさんの知り合いを紹介してください!」
「悪いな。俺も結婚してからはイリア以外の女性と絡むことは無くなったから」
「工房にいる従業員や部下はどうなんだ?」
ルードヴィッヒのところの工房は、うちと違って潤沢な人材がいたはずだ。
その中には女性の従業員もいたし、部下の錬金術師には若い女性がいたことを記憶している。
そのことを指摘してやると、トリスタンの顔に希望が灯る。
別にトリスタンのためではなく、面倒ごとをルードヴィッヒに押し付けたいだけだ。
「元々勤めていた女性は皆既婚者だし、新しい助手の子たちは結婚しちゃったよ」
「随分と早いな」
「錬金術スキルがあれば、滅多なことがない限り職には困らないし稼ぎもいいからな。引く手数多だったらしいぞ」
どの世界でも特別技能と金を持っている者には、広い選択肢があるというわけか。
「くっ! それならルージュさん!」
「ごめんね、あたしも今繋がりがあるのはママ友ばかりだから。いい子がいたら紹介するわね」
最後の希望であったルージュの紹介もないとわかり、意気消沈とするトリスタン。
魔道具師見習いが結婚できるようになるにはまだ遠いみたいだ。
「それより、お前はなにしにきたんだ? イリアの代わりに俺を食事会とやらに連行するつもりか?」
「いやいや、個人的にお前に会いにきただけさ。この後、空いてるだろ? 呑みにいかないか?」
くいっとグラスを傾ける仕草をしながら笑うルードヴィッヒ。
何故か俺の予定が空いている前提なのが腹立たしいが、事実特に予定を入れていなかったので文句をつけることもできない。
「……なるほど。俺の様子を見にくるという口実で屋敷を出てきたんだな?」
「察しが良くて助かる。そういうわけだから、どこかいい店に連れてってくれ」
面倒くさいがコイツには普段イリアの面倒を見てもらっているからな。
ちょっとくらい労ってやってもいいか。
「わかった。急いで仕事を終わらせるから少しだけ待っていろ」
「おう!」
●
仕事を急いで片付けた俺は、薄暗くなってきた王都の東区をルードヴィッヒと共に歩く。
「それでジルク。どこに連れていってくれるんだ?」
「最近、見つけたバーだ。あまり立地がいいとはいえないが、酒の味は保障する」
俺が案内しようとしているのはバー『アイスロック』だ。
あのエルフが作る酒は美味い。
ここ最近は通えていなかったので、こいつが来たのはいい機会だった。
「ほう、ジルクがそう言うってことは余程いい腕をしてるんだな。昔からジルクはいい店を見つけるのが得意だったから楽しみだ」
期待に胸を膨らませてご機嫌な様子で歩くルードヴィッヒ。
「しかし、こうして夜の道を歩くのも久し振りだな」
「んん? 夜に外食には行かないのか?」
ルードヴィッヒの工房も勿論王都にある。
夜の王都を歩くのが久しぶりだというのはおかしくないか?
「イリアに真っすぐ帰ってくるように言われてるからな。基本的には夜までに屋敷に帰っている」
「……気軽に呑みにも行けないなんて不自由だな」
「あの頃のように気軽に呑みに行けた自由が懐かしい」
「そう思うなら結婚しなければ良かったんだ。独身だったら誰にも束縛されることなく、自分の好きなタイミングで呑みに行けるぞ。毎日のように通おうが誰にも咎められない」
「それはそうだが結婚していいこともたくさんあるんだよ。愛する妻との時間や可愛いセーラとの一時とかな!」
「なら、どうしてここに一人できているんだ」
「それはアレだ。たまには息抜きだって必要ってことだよ」
「息抜きしなければやってられない要素があるってわけだな」
「だぁー! そういうことだよ! たまには俺だって自由を謳歌したいんだ! それ以上突っつくな!」
そのような指摘をすると、ルードヴィッヒがやけになるように叫んだ。
まったく、素直に結婚のデメリットを認めておけばいいものを。
「着いたぞ」
「おお? こんなところにバーなんてあったのか」
そんな風に会話をしていると、目的地であるバーにたどり着いた。
今日も通りには目立たないように置かれた立て看板がポツリ。
しかも、通りに対して若干斜めに立っている。
俺はそれをしっかりと見えやすい位置に直してから階段を降りていった。
「いらっしゃい」
店の中に入ると、涼やかな鈴のような声が響き渡る。
カウンターの奥にいるのは以前と変わらぬマスターの女エルフ。
特に席も指定されていないので気楽に空いているカウンター席に移動する。
「…………」
が、連れのルードヴィッヒが呆けたように立ち止まって動かない。
「おい、ルードヴィッヒ。座るぞ」
「お、おお」
反応のないルードヴィッヒを軽く小突くと、彼は我に返ったかのように動いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
エルフがテーブルにおしぼりと水の入ったグラスを二人前置いてくれる。
いつもならすぐに注文を尋ねてくるのだが、明らかに初めてのルードヴィッヒに気を遣って時間を与えてくれたようだ。
彼女がサッと傍を離れると、ルードヴィッヒはそれを目で追いながら激しく俺の肩を叩く。
「なんだ?」
「こんないい店があるならもっと早く教えろよ」
なにを呆けているのか思ったら、どうやらマスターに見惚れていたらしい。
女好きでもあるルードヴィッヒのことだからそんな反応をするのも無理もないか。
「見惚れるよりも酒を頼め。そっちの方がよっぽど魅力的だ」
この店の良さは身目麗しいエルフではなく、マスターの作り出す酒にこそ真の価値がある。
暗にそのように告げるとルードヴィッヒは可哀想な者を見るような目を向けてきた。
まったく、見てくれだけで判断するとは嘆かわしいと思ったが、前回俺も同じ過ちを犯してしまったので公然と指摘することはできない。
「マスター、フローズンダイキリを二つ頼む」
だったら、実際に呑ませてやるまでだ。
俺は一向に頼もうとしないルードヴィッヒの分まで注文した。
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