独身貴族はドラゴンステーキを食す
市場でドラゴンの肉をはじめとする食材を買い込んだ俺は、北区にあるアパートに帰ってきた。
「あっ」
すると、ちょうどエントランスでカタリナと遭遇した。
「久しぶりね。買い物帰り?」
「ああ、そっちもか?」
「ええ、そんな感じ」
手にした紙袋を軽く見せるように動かすカタリナ。紙袋から覗く食材は纏まりがなく、なにを作るのか予想できない。
さすがに手当たり次第に食材を買ったわけでもないだろうし、冷蔵庫にある食材と組み合わせるのだろうな。
なんてことを思いながらエントランスを互いにくぐって階段を上っていく。
少し前の知り合う前であれば無視をするか、軽く挨拶をして部屋に向かえばよかった。
あるいはエントランスで歩みを遅くして、適当に先に行かせることもできただろう。
しかし、カタリナとは取引きをしている上に、宝具をもらったりと奇妙な縁ができてしまった。知り合ってしまった以上、以前のような空気扱いをすることは難しい。
結果として俺とカタリナはまるで夫婦のように並び、同じ方向へと足を進めているわけである。住んでいる部屋は隣なのだ。方向が同じなのは当然だった。
「「…………」」
俺たちの間で微妙な空気が流れる。
静謐な廊下を進む足音だけがやたらと大きく聞こえる。
カタリナとは取引き相手でしかない以上、そこまで関心も興味も抱かない。
という理由もあるが、先日貰った音の箱庭に収録していたセルバという爺さんのスキャンダル話のせいで妙な気まずさがあった。
危機感を発揮して最後まで聞いていないので詳しいことはわからないが、絶対に隠し子とかそういうやつだよな。
そして、縁者であるはずのカタリナはそれを知らない。
なんとも言えない気持ちだった。
「ねえ、右手に抱えている包みってお肉よね? なんのお肉を買ったの?」
俺がそんな複雑な心境を抱いているとは知らず、当の本人は気まずさを払拭するためか当たり障りのない質問をしてくる。
「ドラゴンの肉だ」
「えっ、本当!? もしかして、あなたの誕生日だったり?」
このやり取り、さっきもやったばかりだ。
続く会話の応酬が予想できたために俺はため息を吐いた。
「違う。ちなみに友人や家族の誕生日でもないぞ」
「ええ? じゃあ、なんで買ってきたのよ?」
言葉を先回りさせてカタリナが抱くであろう疑問を潰すと、彼女は小首を傾げた。
「一仕事終えたから自分へのご褒美だ」
「…………」
「その不愉快な視線をやめろ。別に家で誰がなにを食べようが自由だろ」
「そ、それもそうね」
とは返事したもののややドン引きした様子のカタリナ。
このままでは更に気まずい空気が流れるのが予想できたので話題を変える。
「コンサートの方はどうだ?」
「お陰様で新しい曲もヒットして連日満員よ。今じゃその日に観に行ってもチケットが買えないくらいなんだから」
「そうか。それは少し困ったな」
最近は忙しくて通えなかったが、あそこで演奏を聴くのも楽しみになっていた。
しかし、前のようにフラリと立ち寄る感じでは買えないのか。
「……よかったら、これいる?」
「プレミアム席じゃないか。いいのか?」
カタリナが差し出してきたのは招待チケットだ。
しかも、通常席ではない一番見晴らしのいいプレミアム席。
自分が観ていた通常席とはまるで価値が違う。
「あなたが提供してくれた歌がどんな曲になっているか気になるでしょ?」
「それはそうだが高いだろ? いくら払えばいい?」
さすがにこれだけ高額な招待チケットを無料でもらう気にもなれない。
「今の私なら無料で確保できる席だから気にしないで」
しかし、カタリナはきっぱりとそれを断った。
その堂々とした振る舞いや自信に満ちた表情を見るに、新しい曲のお陰でカタリナの地位はかなり向上したようだ。
「そうか。それなら遠慮なく頂こう」
「よかったら、定期的に確保しておきましょうか?」
「そうしてくれると助かる」
歌劇場は聴きたいと思った時に向かうのは好きだ。事前に調べて予約をして、並んで入るというのは俺のスタイルとは思わない。
定期的にいつでも席が確保されているというのは、まさしく理想の形だった。
チケットをポケットにしまい込むと、ちょうど部屋の前に付いた。
「その代わり、また次の曲をお願いしたい時はよろしくね」
「ああ」
念を押すようなカタリナの台詞に頷いて、俺は部屋の扉を開けた。
●
「そろそろ夕食を作るか……」
部屋の掃除をしていると、いつの間にか空が茜色に染まっていた。
ここのところミルの制作や仕事にかかりきりで、家事が少し疎かになっていたからな。
溜まっていた汚れを徹底的に除去していたら、いつの間にか結構な時間が経過していたようだ。
手早く掃除用具を片付けると、俺は夕食の用意に取り掛かる。
今夜の献立は市場で買ったドラゴン肉。
「やっぱりステーキだな」
色々な使い道があるドラゴン肉であるが、やはり王道の味わい方はこれだろう。
冷蔵庫からドラゴンの肉を獲り出す。
しっかりと肉の繊維を確認し、直角に包丁を入れる。
すごく肉厚だな。他の肉とは抵抗が段違いだ。
ちょうどいい大きさにカットすると、そのままバットに。
一人前である二百グラム程度の大きさだ。
残りの部分は冷蔵庫に戻す。
ステーキを作る際に重要なのは、部屋の温度と同じくらいの常温に戻しておくことだ。
こうすることで外側と内側の温度差が小さくなり、焼いた時に同じように熱が上がっていく。それによって外側だけ早く焼けるのを防ぎ、内側にもしっかりと熱が通るのだ。
肉を常温に戻す間はニンジンやブロッコリー、アスパラガスなどの副菜を切っておく。
それらのカットが終わると、肉が程よい温度になってきたので肉の作業に戻る。
バットの上に鎮座しているドラゴン肉に塩胡椒をふる。薄い場合は片面でも十分であるが、ドラゴン肉はとても分厚いので念入りに両面での味付けだ。
魔道コンロには既に火がついており、その上にはいつも通りのフライパンーーではなく、大人の鉄板が乗っていた。
オークの肉をオークキングの味にというキャッチフレーズで王都でも話題になった調理器具。値段は一つで二万ソーロ。ただの鉄板にしてはかなり高いが、そのキャッチフレーズを裏切らない味を引き出してくれる。
食材の魅力を最大限に引き出す、大人の為の大人の鉄板だ。
既にそこには薄くスライスしたニンニクを乗せている。
ドラゴンの脂を使用して焼いているので絶対に美味しいだろう。
ニンニクがこんがりと焼けて茶色くなったら皿に移しておく。残ったドラゴンの脂は捨てずに、そのままガーリックオイルとしてステーキに再利用だ。
今日はもう誰とも会う予定もないし、明日も休みだ。気にすることはない。
鉄板の上にドラゴンの肉を乗せる。
すると、ジュウウウウウという音がした。
荒々しい脂の音ではなく、静かに染み渡るような音だった。
この瞬間、肉に火が通っていると実感させるようだった。
火加減を調節しながら頃合いをみてひっくり返すと、赤々とした肉がこんがりと焼き上がる。軽くヘラで押さえつけながら反対側もしっかりと火を通す。
普段のフライパンよりも瞬間的な火力は低いが、じっくりと内部から焼き上げることができているな。
裏面が焼き上がると今度は肉を回転させて側面にも火を通す。肉から漏れ出た肉汁やガーリックオイルを吸収させるように。
「……全面を旨味でコーティングだ」
鉄板で焼くというのはいいものだ。フライパンとは違って、じっくりと火を通しているというのが視覚的によくわかる。肉とじっくり向き合えるな。
それにいつもと違った調理器具での料理は、俺の心を湧き立たせてくれる。
まるで自分が鉄板焼き店のオーナーにでもなったかのような気分だ。
そうやって全面を焼き上げると鉄板の端に肉を置いて、余熱で火を通す。
蓋をしてじっくりと火を通している間に、先ほどカットしておいたニンジン、ブロッコリー、アスパラガスといった副菜をステーキの肉汁とガーリックオイルに絡めて焼き上げる。
旨味をたっぷりと吸った脂で焼くんだ。これまた美味しくないはずがない。
ヘラで肉を触りながら火の通りをチェック。この辺りは長年の勘として言いようがない。
「このぐらいか……」
火の通り具合に満足したら、再び鉄板の中心に戻して表面をカリっと焼き上げた。
そして、まな板に上げて一口サイズに切り分けると、程よく火の通った綺麗なピンク色が露わになった。
そのあまりの美味しそうな見た目に唾を呑み込む。
カットが終わると、そのまま平皿にドラゴンステーキを乗せて、焼き上げた副菜たちも盛り付けると……
「完成だ」
俺の目の前には見事なドラゴンステーキが鎮座していた。
中はレア気味で今にも溶け出しそうな柔らかさだ。
切る前まではもっと硬そうな見た目をしていたのに不思議なものだ。
リビングのテーブルにそれを持っていき、他の食器を準備する。
そして、酒のお供には赤ワインを――
「んん? ない?」
収納棚の中を覗いてみるが、そこにはお気に入りのワインはなかった。
「しまった。一昨日、呑み終わったんだった」
やらかした。少し前に晩酌した時に飲み干してしまったのだ。そのことをすっかり失念していた。それがわかっていれば、きちんと買い足していたものを。
ドラゴンの肉に気がとられてすっかりと忘れていた。
今から買いに行くというのは論外だ。せっかくの鉄板で焼き上げたステーキを放置して、ワインを買いに走るなんてあり得ない。
ウイスキーならたんまりとあり、泡沫の酒杯もあるのでハイボールは作れる。が、やはりステーキには赤ワインで合わせたい。
「なにか他のものは……あった!」
が、残っていた赤ワインはあまり好みではないあっさりとした飲み味のものだ。
以前に買って飲んでみたものの好みに合わず、放置していたものだ。
期限などは問題ないようであるが、これとこのまま合わせるのも面白くない。
「スプリッツァールージュにでもして呑むか」
簡単に説明すると赤ワインの炭酸水割りだ。
ワインを炭酸で割ることで渋みが緩和され、ひと味違った爽快感が楽しめる。
日本人向けの軽いワインといったイメージだろうか。
泡沫の酒杯を手に入れてから呑んでみたいと思っていたんだ。
普段のお気に入りでやるには少し勿体ない飲み方だったのでいい機会だ。
冷蔵庫から冷やしたグラスを取り出すと、そこに氷を入れる。
マドラーで軽く混ぜると、赤ワインを少しだけ注ぎ、氷に触れないように泡沫の酒杯で作った炭酸水を注ぐ。
炭酸がシュワシュワと湧き上がり自然と撹拌。それを手助けするように軽くマドラーを一回転させて、最後に持ち上げるとスプリッツァールージュの完成だ。
「さて、いただくか」
食卓に全ての役者がそろったところでドラゴンステーキをなにもつけずに一口。
口に含み、噛むとあっさりと噛み千切れ、口の中に肉の旨みと脂が広がる。
牛肉のように力強いがミルク臭さのようなものはなく、豚のような強い脂身を感じるわけでもない。ただわかるのは力強さと圧倒的な肉の旨み。
「……美味い。店主の言っていた通り、指の肉とは比べ物にならない」
二十年近く前のことながら覚えていた味。あの時は初めてのドラゴンの肉ということもあってか、鮮明なイメージとして焼き付いていた。
しかし、この尻尾のステーキを食べてしまうと、その頃の記憶が一気に吹き飛ぶようであった。それほど尻尾の肉は美味い。
普段から動かしているからだろう。適度に引き締まりながらも、柔らかな脂肪をよく蓄えていた。
そして、一切れ食べ終わるとスプリッツァールージュを一口。
スッと喉の奥を通り過ぎていく爽快感。ワインの渋みが炭酸によってマイルドにされて、赤ワインというよりかは葡萄系のカクテルのようだ。
しかし、口の中で広がっている濃厚な脂を、さっと流してくれて爽快さをもたらしてくれた。
「……これはこれで悪くないな」
炭酸で割ってあるので酒精は弱い上に、渋みといったものもマイルドにされている。
だが、肉の旨みや脂が強い尻尾のステーキには、このくらいの軽さがちょうど合っているようにも感じられた。
スプリッツァールージュを呑むと、副菜のニンジンやブロッコリー、それにアスパラガスをぽりぽり。
これなら野菜嫌いの者であっても笑顔で食べるに違いないだろう。
それくらいドラゴンの旨みを吸った副菜は美味しかった。なにせたっぷりの肉汁とガーリックオイルで焼き上げたからな。
そして、スプリッツァールージュで口の中をリセットすると、再びドラゴンステーキにフォークを伸ばした。
「ああ、日ごろのストレスまで溶けていくような旨みだ……」
自分の誕生日でもなく、誰かの誕生日でもない。
だが、美味しいものを食べることに決まりなんてない。
食べたいと思ったら、食べたい時に好きなものを食う。
それが独身貴族というものだ。
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