独身貴族はミルを納品する
ルージュと大人しくソファーで待つことしばらく。
ノイドが一人の男性を連れて応接室に戻ってきた。
錆色の髪に錆色の瞳をした男性だ。身長は俺よりも少し低いが、体格がいいのかがっしりして見える。年齢は四十代半ばといったところだろうか。
顔には渋みのある年の輪が刻まれており、大領地の領主に相応しい貫禄を持っている。
「ようこそ、私はブレンド家の当主を務めているアルバート=ブレンドだ」
ブレンド家の当主であるアルバートは、人懐っこい笑顔を浮かべて挨拶をしてきた。
「ジルク工房のジルク=ルーレンと申します。こちらは部下のルージュです」
「はじめまして、アルバート様にお会いできて光栄です」
硬派な見た目をしている割には意外ときさくな性格をしているようだ。意外と人当たりがいい。
「突然会いたいなどと言って申し訳ない。ノイドからコーヒーを自宅で気軽に作れる道具があると聞いてな。コーヒー好きの私としても是非、この目で見ておきたいと思ったんだ」
「いえいえ、とんでもございません。ブレンド伯爵に納品させていただくものなのでじっくりと目を通していってください」
「では、早速見せてもらえるか?」
「かしこまりました」
ルージュがしっかりと頷くと、アルバートは対面のソファーに腰を下ろした。
そして、その後ろにはノイドが立ったまま控えている。
形式的にはノイドへの納品のはずなのだが、完全にアルバートへの納品になっているようだ。
それほど前もって伝達しておいたわけでもないのに、嬉々としてやってくるとはアルバートという男は暇なのだろうか?
まあいい。ここからの説明はルージュの担当だ。大まかな説明なんかはルージュに任せて、細かい部分や質問が飛んでくれば答えてやればいい。
俺の役目はルージュに付いてくることであって、この部屋に入った時点でほとんど仕事は終わったようなものだ。
「ルーレン殿はロンデルの喫茶店によく通っているのかな?」
そんな適当なことを考えていると、いきなりアルバートが話しかけてきた。
なんで俺に話しかけるんだ。と思ったが、ルージュは持ってきた木箱からコーヒーミルや、部品を取り出していて話せる状態ではない。
手持無沙汰な俺に会話を振られるのは当然か。
「ええ、よく朝にモーニングセットでコーヒーを頼んでいます」
「あそこの店のコーヒーは美味いが飯も美味い。私も仕事が空いた時はたまに足を運んでいた」
「そうだったのですね」
「だが、最近は忙しくてめっきりと寄れていない。だから、ルーレン殿の作ったコーヒーミルには期待しているんだ」
「ロンデルが作ったコーヒーを再現するのは難しいものがありますが、きちんとしたコーヒーが飲めることは保障しますよ」
「それは楽しみだ」
なにせロンデルお墨付きのミルだからな。王都で一番の腕前を持っている彼が認めた味というのは、こちらとしても大きな自信だ。
「では、それぞれのミルのご説明をさせていただきますね」
●
「ほうほう、この手動ミルと自動ミルにはそれぞれのメリットとデメリットがあるというわけか」
「はい、自動ミルを使えば素人でも安定した美味しさのコーヒーを作ることができます。また、大人数で楽しみたい時、一日に何杯も飲みたいという時は自動ミルの方がオススメです。こちらであれば、短時間で大量に豆を挽くことができますので」
「ふむ、一日にたくさんのコーヒーを飲みたい時は、この自動ミルを使うのが無難だな。ロンデルのような美味いコーヒーは、さすがにノイドでも作れんからな」
「今からロンデルさんに習いに行ったとしても、習得を終える前に私の寿命が尽きてしまうでしょう」
「縁起でもないことを言うな。だが、ロンデルの下に部下をやってコーヒーの技術を学ばせるというのはいい案だな。修行が終われば、専属で雇うこともできる」
「バーテンダーとはまた違った、コーヒーを淹れる技術に特化した人材、バリスタですね」
「おお、バリスタ。バーテンダーとの差別もついており、かっこいい名前だ。気に入った。そう、私はバリスタを育成して抱えたい!」
ついポロッと前世の職名が出てしまったが、アルバートはそれを気にすることなく、むしろ気に入った様子だ。メラメラと瞳に炎を灯らせて、やる気に満ち溢れている。
このコーヒーへの強いこだわりと熱意。そして、人材を自ら育てようとする精神は素直に賞賛に値するものだ。
ロンデルの技術はしっかりと継承していくべきものだ。
彼が怪我や病気になってしまった場合、あるいは喫茶店を引退するようなことになってしまった時、あの場所であの味を味わうことができないのは世界の損失だ。
「私もバリスタを育成する方針には賛成です」
「おお! ルーレン殿もそう思うか!」
「お二人とも、今はミルの説明の途中なので、その話はまた後で……」
アルバートと意気投合しているとノイドが咳払いをして言う。
しまった。ついアルバートが面白いことを言うものなので話題が逸れてしまった。
バリスタを育成することも大事だが、今はコーヒーミルについての説明が先だ。
「……すまない、説明を続けてくれ」
「は、はい。手動ミルの方は自分の手で回して挽くことになるので時間がかかります。また、どこでも使えるようにコンパクトな設計にしているので一度に作れる量は三杯程度です」
「なるほど、その代わりどこでも気軽に楽しめるというのは素晴らしいな」
「自分の好みに合う味を作りたいという方や、気分転換にコーヒーを作ることを楽しみたいという方にオススメです」
「ふむ、それぞれの特性は理解した。次に気になるのは味だな」
「そうおっしゃられると思いまして、こちらで道具を準備してまいりました」
アルバートがそのように言うと、ルージュが手早く魔道コンロやサイフォン、ガラスポットなどを取り出した。
そして、それらをジーッと見つめるアルバート。彼が何を思っているかは聞くまでもわかるだろう。
「よろしければ、ブレンド伯爵自身の手で挽いてみますか?」
「是非とも頼む」
おずおずとルージュが切り出すと、アルバートは嬉しそうに手動ミルを手にした。
ルージュが使い方を説明すると、アルバートはやや覚束ない手つきでミルにコーヒー豆を投入した。
それから蓋を閉めると、ゆっくりとハンドルを回す。
ガーリガリガリ、ゴーリゴリゴリ。
応接室の中にコーヒー豆を挽く音が響き渡る。
「おお! これが豆を挽く感覚か! これは面白いものだな! ロンデルが挽いているのを見て、一度やってみたいと思っていたのだ!」
ハンドルを回しながら上機嫌に笑うアルバート。
彼ほどの貴族になると自分で茶を用意することすらないだろうしな。
元からコーヒーが大好きなだけあって、とても楽しそうだ。
ノイドもそんな主を見てにこやかな表情をしている。その瞳はまるで年の離れた弟を見守るかのような優しいものだった。
「ふむ、すべての豆が砕けて粉になったか……」
「ここからは私が抽出させていただきますね」
さすがに初心者に抽出までをさせるわけにはいかず、コーヒーミルをルージュに受け取らせて抽出作業を任せる。
ちなみにミルを売り出すこともあってか、ルージュやトリスタンにも最低限のやり方は教えてある。俺とロンデルの指導もあってか、それなりの味には仕上げてくれるはずだ。
「ルージュが作っている間に自動ミルで作ってみましょうか」
「そうだな。こちらもやってみてもいいか?」
「どうぞ」
自動ミルに必要な分のコーヒー豆を投入すると、アルバートにそれを渡す。
使い方は単純であり、先ほどルージュから説明もしているので説明するまでもない。
「では、いくぞ」
そういってスイッチを押すと、内部にある刃が回転して豆を挽いていった。
「お、おお! ボタンを押すだけで豆が勝手に挽かれていく! それもとんでもない速さだ!」
ちなみに今回採用している刃はグラインド式。上下二枚の刃で豆を挽きつぶすような仕組みだ。
わかりやすく例えるなら、そば粉を挽く時に使う石臼のようなイメージだ。
こちらであれば以前のプロペラ式と違って、高速回転による摩擦熱の発生が最小限に抑えられる。これならば誰であっても雑味の少ないコーヒーができるはずだ。
「あっという間だな、もう挽き終わった」
自動で挽いてくれるお陰かミルの下部分には大量の粉が出来上がっていた。
つい先ほど手動で丹念に挽いていたせいかアルバートは少し物足りなさそうであった。
自動ミルと手動ミルを発注していることからわかるが、多分アルバートは手動ミルの方にハマるような気がするな。
自動ミルで挽いたミルをルージュの側に追加で置いておく。
ルージュがサイフォンに入れた粉の上から、のの字を描くようにお湯を注いで抽出していく。
「いい香りだ」
漂う香りにとてもリラックスした様子で呟くアルバート。
やがて、抽出作業が終わるとノイドが用意してくれたカップに、コーヒーが注がれた。
「こちらが手動ミルで挽いたものになります」
「では、いただこう」
ルージュが差し出したカップを優雅な仕草で傾けるアルバート。
「うむ、久しぶりにコーヒーを飲んだが、やはりいいな。飲んでいるととても落ち着く」
久し振りに口にしただけあって、味わうようにチビチビと飲んでいる。
そのことを誰もがわかっているだけで、無粋な問いかけや感想を求めたりはしない。
俺もノイドも静かにそれを見守り、ルージュは無言で自動ミルの抽出作業に移る。
「自分で挽いたものだと思うと、より美味しく感じられるものだな」
それも手動ミルの醍醐味というものだ。
「お次は自動ミルで挽いたコーヒーになります」
アルバートが飲み終えてホッと息をついた頃合いに、自動ミルで作り上げたコーヒーが出来上がる。
こちらも同じように香りを楽しんで、カップに口をつけるアルバート。
「……私が挽いたものよりも、こっちの方が美味しい気がする」
まあ、アルバートの挽き方はお世辞にも上手いといえるものではなかった。
ハンドルを回すリズムも一定ではなかったし、何度も蓋を開けて豆の様子を確認していた。
挽き具合が均一でなかったり、雑味が多く混ざってしまったのだろう。
「初心者でも手軽に味わえるのが自動ミルの良さですから」
「それもそうだったな。いきなり、ロンデルのような美味しいものを自分の手で作れるわけではないからな。そう考えると自動ミルもすごいものだ」
俺がそのように説明すると、アルバートは納得がいったように笑った。
「二種類のコーヒーミルをご紹介いたしましたがいかがでしょう?」
「うむ、それぞれの良さもしっかりと理解できた。屋敷でもこの美味しさのコーヒーを楽しめるのは素晴らしい。是非、買い取らせてくれ」
「ありがとうございます!」
アルバートの快活な答えを聞いて、ルージュがぺこりと頭を下げる。
俺も一応は商会長なので軽く下げておいた。
そして、ルージュとノイドが中心になってミルの引き渡しについて詰めていく。
「ジルクさん、ミルの値段はこれで合っていらっしゃるのでしょうか? 失礼ながらジルクさんが作った魔道具にしては安すぎる気が……」
ルージュの渡したミルの値段の提示を目にしてか、ノイドが神妙な顔をした。
「なんだ? それほどに安いのか?」
「手動ミルで八万ソーロ、自動ミルで三十万ソーロです」
「魔道ランプよりも安いではないか? ルーレン殿、値段を間違えているのでは?」
確かにノイドやアルバートの指摘は一理ある。
基本的に俺が作る魔道具はどれも最新のもので、提示した値段よりも一つ桁が多いものが多い。
俺がミルを作るのにかけた時間や労力を思うと、その程度の値段で販売しては利益が小さいだろう。
「これを完成させるに当たって尽力してくれた人物の願いは、コーヒーの普及ですから。これでいいんです」
その尽力してくれた人物が誰なのかは、言わなくても二人はわかっているようだ。
「そういうことであれば、こちらとしてもこれ以上言うことはありませんね」
「そうだな」
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