独身貴族は伯爵家に伺う
「完成だ」
ブレンド伯爵家から製作依頼がきた二週間後。
俺はようやく満足のできるコーヒーミルを作りあげることができた。
俺のデスクには手動ミルと自動ミルが五つずつ置かれている。
ロンデルのアドバイス通りに刃の素材を変えただけでなく、形状を複数作り、なおかつ好みでカスタムできるようにもしてある。
それぞれの刃には長所と短所があるが、それは持ち主の好みで選んでもらえばいいだろう。
耐久試験もトリスタンにデータを纏めさせて、十分な耐久があることは証明されている。
完成品はコーヒーのプロであるロンデルからもお墨付きを貰えた。
手元にある手動ミルと自動ミルは、間違いなく世の中に出せる一品だ。
「ようやくコーヒーから解放される……」
トリスタンが呻き声を上げながらデスクに突っ伏した。
トリスタンには何度もコーヒーを挽いてもらって、ずっとテイスティングなんかをしてもらっていたからな。
今となってはコーヒーの香りや、ミルを挽く音でさえも嫌だろう。
「二人とも本当にお疲れさま! よく頑張ったわね!」
「依頼通り手動ミルと自動ミルは揃えた。あとの納品は任せたぞ」
仕事を終えた俺は早上がりを決めるべく、デスクを片付けて帰ろうとする。
しかし、ルージュがやってきてそれを止めた。
「なに言ってるの? ジルクが営業してとってきた依頼でしょ? 営業した本人が行かなくてどうするのよ?」
「いや、俺が営業したんじゃなくて向こうが勝手に頼んできた依頼でな――」
「直接頼まれたジルクが出向かなくてどうするのよ。それにブレンド伯爵のところに工房長が顔すら出さないのは失礼でしょ! 平民であり、しがない従業員でしかないあたし一人に行かせる気!?」
そう述べるルージュの顔はいつになく真剣だった。絶対に帰ることは許さないという強い意志を感じさせる。
確かにノイドから依頼を受けたのは俺だ。
ノイド本人に納品するにしろ俺が顔を出さないのは失礼か。それに今回の相手ではルージュだけで行くにはさすがに荷が重い。
「……わかった。俺も行こう」
「よろしい」
俺がそのように言うと、ルージュは満足そうに頷いた。
●
ミルを完成させた俺は、ルージュと共に王都の北区にあるブレンド家の屋敷にやってきた。
事前にやってくる旨を伝えていたお陰で、門番のものに案内されて敷地の中に入っていく。
目の前には広い庭園があり、季節の花々が咲いていた。
非常に手入れが行き届いており、生えている芝生もとても綺麗だ。
中央には噴水があり、まるで王都から隔絶された快適な空間が作られている。
そして、その奥にはダークブランな色調で作られた大きな屋敷がそびえ立っていた。
「……さすがはブレンド伯爵家の屋敷。とても大きいわね」
これほどの規模の屋敷までやってくるのは初めてなのだろう。ルージュが感心したように呟く。
「これは別邸だ。領地にある本邸はもっと大きいはずだ」
「それはまたすごいわね」
実際に見たことがあるわけではないが、侯爵に匹敵するような家格の屋敷がこの程度のわけがない。
それを聞いてルージュはどこか遠い眼差しをしていた。
平民とはあまりにも世界というかスケールが違うので考えることを放棄したのだろうな。
金というものはあるところにはあるものだ。貴族の世界に入るとしみじみとそう思う。
広い庭園を通り過ぎて屋敷の前にやってくると門番が扉をノック。
すると、程なくしてからノイドが顔を出した。
その姿はいつものような三つ揃え姿ではなく、燕尾服を身に纏った執事姿であった。
カジュアルな私服も似合うが、パッキリとした執事服も似合うものだ。
「ようこそ、ジルクさん。それと――」
「はじめまして、ジルク工房の販売を担当しております、ルージュと申します」
「これはどうもご丁寧に。ブレンド家で執事をしております、ノイドと申します」
ノイドが視線を滑らせると、すぐにルージュが営業用の笑顔を浮かべて挨拶をした。
よくも今の一瞬でここまで表情を変えられるものだ。これが営業マンとしての素質なのだろう。
「こんなところで立ち話もなんです、応接室の方に案内いたしますのでお上がりください」
そして、型通りの挨拶が終わるとノイドに促されて、俺たちは屋敷の中へ入る。
最初に出迎えたのは陽光の差し込む吹き抜けの玄関だ。
上部にある窓ガラスから光が差し込んでおり、玄関がとても明るく見えた。
掛けられている肖像画や絵画は柔らかな室内の雰囲気に合っており、落ち着きがあるように見える。
貴族によっては、いきなり煌びやかなシャンデリアや金や銀を使った調度品を自慢げに設置している屋敷もあるので、そういったところよりは好感が持てる内装だった。
住んでいる家の内部を見れば、その家の主の心がある程度わかる。
少なくとも俺が苦手とする派手派手しい典型的な貴族ではないようだ。
「こちらです」
ノイドの後ろを付いていき、そのまま廊下を奥に進んでいくと応接室に通された。
「それじゃあ、頼まれていたミルの納品をしよう」
「お待ちください。私の主人であるアルバート様が是非ジルクさんにお会いしたいと言っておりまして。こちらにお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「ダメだ」
ノイドの提案を即座に却下すると、隣に座ったルージュがパーンと俺の太ももを叩いた。
何をするんだと視線をやると、ルージュは笑顔を浮かべていたが得体の知れないオーラを纏わせていた。
これはすごく怒っているやつだな。この部下を怒らせると非常に面倒になることを知っている俺は、これ以上ごねるのをやめることにした。
「……冗談だ。こっちも挨拶したいと思っていたところだ」
「ありがとうございます。では、少々お待ちくださいませ」
そのように言い直すと、ノイドはにこやかな笑顔を浮かべて退室した。
すると、営業スマイルを浮かべていたルージュが真顔になって向き直る。
「アルバート様がお会いしたいって言ってるのに、拒否するってなに考えてるのよ!」
「冗談だと言っただろうが」
「いいえ、今のは冗談じゃなかった。絶対本心で言ってたでしょ!?」
「わかったから大声で怒るな。ノイドはいなくなったが、周囲に使用人はいるんだからな」
「……えっ? 本当?」
俺がそのように釘を刺すと、ルージュは途端に大人しくなった。
まあ、部屋の外にも使用人の気配はないので、近くには誰もいないんだがな。
ルージュを大人しくさせるための嘘だ。
とはいえ、貴族では主が席を離した途端に油断した客がポロリと重要な話題を漏らして、使用人から筒抜けになるというケースはよくあることだ。
相手がいなくなったからといって油断していいわけではない。壁に耳ありだ。
音の箱庭のような録音機能付きの宝具を所持している可能性もあるからな。
貴族の屋敷に入った時は大人しく過ごしているのが無難なのだ。
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