独身貴族はミルを改良する
「ジルクさん、最近ずっとコーヒーミルをいじってますよね?」
工房でコーヒーミルの制作をしていると、トリスタンが尋ねてきた。
「んん? そうだな?」
「他の魔道具の生産ノルマが近づいていますけど大丈夫なんですか? 来週中に魔道ランプ十個と魔道コンロ五個ですよ?」
トリスタンが心配するのも当然だろう。
コーヒーミルを見せてから既に一週間が経過しているが、その間も俺はずっとコーヒーミルの制作にかかりきりだった。
ロンデルのアドバイスを反映させて、手動ミルの刃をシルバーウルフの爪を加工したものにしたり、電動ミルの刃の形状を変えてみたりと。
普段の業務を見せずに、こちらばかりしていれば心配になるのも当然か。
「大丈夫だ。そっちに関しては既に終わらせている」
「終わらせているって、ずっとコーヒーミルいじっている姿しか見てないんですけど……」
「そりゃ家でやったからな」
自宅にだって制作スペースは用意してあるし、仕事道具や素材だって用意してある。
別に魔道具作りは工房でしかできないわけではない。
とはいっても、工房内の方が設備も素材も豊かでやりやすいのは確実だ。
「いつの間に……というか、それなら息抜きでやってるそれを家で作ればいいんじゃないですか?」
「別にどこで何を作ろうが俺の勝手だ」
「まあ、それもそうですけど……」
俺の回答がどこか納得できないのか、トリスタンが微妙そうな顔をしている。
いつなにを作るかは俺の気分次第だ。
トリスタンの作業に遅延を発生させているわけでもないので問題はないだろう。
これが職場のトップに君臨するものの自由だ。
大体、一週間休んだところで通常業務に影響を与えるようなスケジューリングはしていない。
今は通常業務よりもどちらかというとコーヒーミルに熱が入っている。
これまでの経験上、こういう時は熱中している方に集中する方がいいのだ。
「聞いて聞いて! すごいところから魔道具の製作依頼がきたわよ!」
そんなことを考えながらミルの刃を加工していると、ルージュが勢いよく扉を開けて入ってきた。
「ええ、本当ですか!? どこですか!?」
これには微妙そうな顔をしていたトリスタンも表情を明るいものにする。
「聞いて驚きなさい。依頼主はブレンド伯爵家よ!」
「ブレンド伯爵家!? 次期公爵家になるかもしれないって噂の大貴族じゃないですか!」
「そうよ! ブレンド伯爵から魔道具の発注がくるなんて素晴らしい話だわ。伯爵はいくつもの屋敷や別荘を所有していらっしゃるし、気に入ってもらえればたくさんの魔道具の製造を任せてもらえるかも!」
大貴族にもなると屋敷を複数所持している上に財力もかなりのもの。
当然、それぞれの屋敷には魔道具が設置されているわけで、大貴族が固定客としてつくだけで魔道具師の収入は非常に安定するのである。
「仮に定期発注がなかったとしても、メンテナンスや修繕だけでも一年の収入が安定するレベルですよ! 関われただけでも工房に箔がつきますし!」
大貴族の魔道具のメンテナンスを担当するというのは、それだけで名誉なことだ。
たとえるなら大企業の正社員として働いていたと言えるようなものか。
俺はそんな名誉に興味はないが、魔道具師見習いのトリスタンが欲しがるのは当然だろう。
「やったわね、ジルク」
「ああ、そうだな」
「……今日のジルクはテンションが低いわね? なんだかあたしたちと温度差があるわ」
「本当ですね? ブレンド伯爵家から魔道具の製作の依頼ですよ?」
ルージュの言葉に通常のトーンで返事したからだろう。
温度差を感じたらしい二人が訝しげな視線を送ってくる。
「ブレンド伯爵から依頼がくるのは知っていたからな。製作内容はコーヒーミルになっているはずだ」
「ああっ! 本当だわ! 書類にコーヒーミルの発注って書いてある!」
「なんでジルクさんが、知っているんですか? しかも発注されたのが冷蔵庫や魔道コンロでもなく、工房でいじってるだけのコーヒーミルなんです?」
「別にどうでもいいだろう?」
「良くない。大貴族からの発注なんだからちゃんとした経緯を教えて。これじゃあ、窓口として関わるあたしが困る」
プライベートの交友関係まで話したくなかったのだが、ルージュたちの仕事にも関わるのは確かだ。ここはきちんと説明しておくべきか。
説明することを若干面倒に感じながらも、俺はロンデルの喫茶店のことや、そこで出会ったノイドという執事のことなどを話した。
一通りの説明を聞き終えると、トリスタンやルージュが口々に感想を漏らした。
「思いもよらないところに出会いがあるものですね」
「その出会い運が仕事以外にも作用すれば、この年になっても独り身じゃないのかもしれないけど」
「そんな作用は俺に必要ない」
仮に作用したとあっても、そこから結婚には至らないだろう。
「にしても、そんな風に営業するなんてやるじゃない。大貴族からの依頼なんてあたしでも引っ張ってくるのは難しいわ」
「別に営業したわけじゃない。向こうが勝手に食いついてきただけだ」
「はいはい、そういうことにしておいてあげるわ」
俺から売り込んだわけではないので、そこのところを誤解しないでもらいたいのだが、ルージュは完全に誤解しているようだ。
その誤解をいちいち解くのも面倒なので、それ以上言うのを俺はやめた。
「依頼内容は手動ミルと自動ミルをそれぞれ五個ずつね。一度の発注として多い方じゃないけど、大貴族との繋がりができるのは大きいわ。ここでいい成果を残せれば、さっき言ったようにいい顧客になるかもしれないし!」
「ジルクさん! コーヒーミルをじゃんじゃん作ってください! なんなら俺にできることがあれば手伝いますよ!」
「……お前、先週はもっと利益の出る魔道具を作れとか言ってなかったか?」
あまりに手の平返し過ぎるトリスタンの言葉に俺は思わず問いかける。
「やだなあ、ジルクさんの作るものは、全て利益の出る魔道具に決まってるじゃないですか!」
しかし、トリスタンはなんのことだとばかりの様子で笑って誤魔化した。
先週だけじゃなく、今日だってそんなものを弄ってないで他の仕事をしろという意味合いの言葉を言っていたような気がするんだがな。
相変わらず調子のいい奴だが、一人でやっていても効率が悪いと思っていたのは事実だ。
本人が手伝いたいというのであれば、遠慮なくこき使ってやろう。別に先週の文句を根に持ってるわけじゃないがな。
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