独身貴族は頼まれる
「どうぞ、コーヒーです」
カウンターの奥から二つのコーヒーが差し出された。
まずは定番ともいえる香りのチェックをして、軽く口をつける。
「……やっぱり、俺が作ったものとまったく違うな」
同じ道具を使って作ったもののはずなのにどうしてこうも違うのか。
ロンデルの淹れてくれたコーヒーは、香り、コク、旨味といったものが桁外れだ。
なにより雑味といったものがほとんどないように思える。
「コーヒー豆にはその日の気温や湿度で熟成具合の違ったものを使いますし、その豆に合った挽き方や、抽出の仕方などと色々な技術がありますからね。私も独学ではありますが、まだまだ新人には負けませんよ」
そのように語ってみせるロンデルには確かな自信のようなものが見えていた。
「コーヒーが広まったとしても、マスターの喫茶店の客足が減ることはなさそうだな」
「そう言っていただけると恐縮です」
いくら自分で手軽にコーヒーを作れるようになったとしても、この味を再現することは素人にできることではない。
ロンデルの長年の経験と細やかな技術があってこそ作り上げることのできるここでしか飲めない味なのだから。
「しかし、こう言ってはなんですがいつものコーヒーミルで作った味に、それほど劣っているようには思えない出来栄えですね」
ノイドがコーヒーに口をつけながらそのような感想を漏らす。
「まだ一回目なので私が使いこなせていないだけですが、ジルクさんの作ったコーヒーミルは素晴らしいですよ。私が作ったものよりも遥かに軽いですし、挽き具合の調節も細かいです。これなら今までよりも幅の広いコーヒーの味を引き出すことができます」
「それは良かった」
普段からコーヒーを飲み慣れている常連客とロンデルにそのように言ってもらえると安心だ。少なくとも俺の作ったものは一定の評価を得られたようだ。
「お次はこちらの魔道具の方を試してみても?」
「ああ、是非使ってみてくれ」
手動のコーヒーミルを使い終わると、今度はロンデルが自動コーヒーミルを手にする。
「同じようにコーヒー豆を入れて、後ろについているボタンを押し続ければ刃が回転する。ボタンを離せば回転が止まるから、それで調節してみてくれ」
「わかりました」
簡単な扱い方の説明をすると、ロンデルが自動ミルにコーヒー豆を投入。
蓋を閉めると、後ろについているボタンを押す。
すると、内部で刃が自動回転して豆をすり潰し始めた。
「おお、これは楽な上に爽快ですね」
自動で豆がすり潰される様子が新鮮なのだろう、豆の様子を頻繁にチェックするロンデルは少し楽しそうだ。
手動ミルと比べると少し味気ないだろうが、やはり新しい道具に触れるのは楽しいのだろう。
「ただ、手動と違って挽き具合が難しいですね。長年手動で染み付いた感覚とまるで違うので」
「まあ、こっちは一定の味のものを大量生産するためのものだしな。そういった細かな調節は少し苦手だ」
一回し、二回しといった微妙な調節がこちらでは難しいので、そういった細かな調節は不向きといえる。
慣れれば自動回転の挽き具合にも慣れるだろうが、それには少し時間がかかるだろうな。
「とはいえ、この生成速度には目を見張るものがありますね。あっという間に豆が粉になりました」
興味深そうに自動ミルを眺めるノイド。
視線の先にあるガラス中には大量の粉が落ちていた。
ロンデルは挽いたコーヒーをサイフォンで再び抽出し始める。
お湯をぐるりと回し入れるように注いで抽出していった。
「自動ミルで作ったコーヒーになります」
抽出されたコーヒーが新しいカップに注がれて差し出される。
「すみません、挽き具合の調節が難しくて少し細かく挽きすぎてしまいました」
「構わないさ」
作る際に味見をしたのだろう。ロンデルが少し申し訳なさそうに言うが問題ない。
いつもと違った道具を使ってもらっているのだ。手動と自動では出来栄えに差ができるのは当然だ。
同じように香りを少し楽しんでからカップに口をつけた。
「……手動ミルで作ったものに比べれば、やや香りやコクが薄いように思えるが、普通に美味しく飲めるな」
「家でもこの味が飲めるのであれば十分ですね」
「マスターの手挽きを普段から飲んでいるせいか、俺たちは香りや味に厳しくなっているからな」
「同感ですね。素人であればこの味を出すことも難しいでしょうし」
そんな風に述べるとノイドも納得したように頷く。
常人がいきなり手動ミルを使っても、雑味の多い残念なコーヒーになってしまうだろう。
そう考えると誰でも一定の味を作りやすい自動ミルには、一定の需要はあるのかもしれない。
「マスター、自動ミルの感想はどうだった?」
「そうですね、まだ一度しか使っていないので何ともいえないですが、気になったのは刃の形状ですかね」
「形状か?」
「ええ、これだけ高速で回転すると豆との摩擦熱が生じやすいです。豆にとって摩擦熱は大敵なので、それをもう少し軽減できる違う形状がいいと思います」
自動ミルで使っている刃の形状は、プロペラのような形をしているが、このままでは摩擦熱が強いのだそうだ。
「後は刃の形状を自由に取り換えできたら素敵ですね。やはり、個人によって挽き具合の好みというものはありますから」
「貴重な意見を感謝する。マスターの意見を組み込んでみよう」
確かに前世でもあった刃には様々な種類があったな。それらを順番に試していって試行錯誤していこう。それらの中で一定のクオリティを保ちやすい刃の形状があるはずだ。
さすがロンデルは長年コーヒー作りをしていただけって指摘が的確だ。
隣に住んでいるクレーマーも見習ってほしいものだな。
「それにしても、今回のジルクさんの作品も素晴らしいですね。実は私の主人も大のコーヒー好きでして、よろしければこれらの道具を売っていただけないでしょうか?」
「完成品が出来上がれば構わないが、主人とやらは誰なんだ?」
「アルバート=ブレンド伯爵でございます」
「ブレンド家の当主じゃないか……」
王国でも有数の力を持つ伯爵家だ。位としては伯爵の地位に収まってはいるが、財力や権力、武力では侯爵家にも引けをとらない大領地の領主。
ノイドはこちらが思っていた以上の主に仕えていた。
まあ、冷蔵庫のように大量に生産して納品するわけでもない。ブレンド家の当主とは特に縁もないが、コーヒー好きのよしみとして少し売ってやるくらいは構わないだろう。
「わかった。後日、発注書を俺の工房に送っておいてくれ。ただ、少し時間はもらうからな?」
これからロンデルの指摘を元にして改良を加えるのだ。すぐに発注を出したからといって迅速に送ることは不可能だ。多少の時間はもらいたい。
タイトなスケジュールでやる仕事はあまり好きじゃないからな。
「はい、それで構いません。ありがとうございます」
俺がそのように答えると、ノイドは嬉しそうに笑ってカップに口をつけた。
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