独身貴族は喫茶店に足を運ぶ
手動と自動のコーヒーミルを自作した俺は、翌朝ロンデルの喫茶店へとやってきた。
「いらっしゃいませ」
落ち着いたロンデルの声が響き、俺はカウンターに腰をかける。
いつもだったらモーニングセットにコーヒーを頼むところであるが、今日はそれ以外の用事がある。
「マスター、少しいいか?」
「なんでしょう?」
「コーヒーミルを自分なりに作ってみた。良かったらこれを使って、感想を聞かせてくれないか?」
「おお、これは素晴らしいですね。私が作ったものよりも非常にコンパクトです」
カウンターの上に手動と自動のコーヒーミルを置いてみると、ロンデルは興味深そうに手に取った。
「おや? もう片方の方はハンドルがありませんが?」
「そっちは魔道具になっていて中の刃が自動で回転できる仕組みだ」
「……なんと」
自動でのコーヒーミルを聞いて、ロンデルが神妙な顔をする。
「コーヒーを挽いて作る楽しみは浅いが、安定した味のものを量産できる強みがある」
「ジルクさんのおっしゃる通り、大人数で飲むには今のミルでは難しいものがありますしね。納得いたしました」
きちんと魔道具としての意義を説明すると、ロンデルはきちんと納得したようだ。
長い間、手動で挽いてきたロンデルが自動ミルを味気なく思ってしまう気持ちもわかるからな。
「作る楽しみは薄いが、そういった楽しみ方をしたい者は普通のミルを使えばいい」
人にはそれぞれの楽しみ方がある。
コーヒーを飲むのは好きだが、自分で作るのがあまり好きじゃない者もいる。
逆にコーヒーを挽くのが好きで堪らない者もいるだろう。それぞれの好みに合った使い方をすればいいのだ。
「中を少し拝見しても?」
「ああ、ここの蓋を開けて中のネジを外せば取り外しができる」
ロンデルに分解する手順を軽く説明すると、彼はすぐに理解してバラすことができた。
さすがは自分でミルを自作しただけあって、おおよその構造は把握しているようだ。
サイズやデザインに差はあっても、中に詰めるべき部品はそう変わらないからな。
「さすがはジルクさんですね。私が作ったものよりも洗練されています。挽き具合もしっかりと調整できるようにされていますね」
「率直な感想はどうだ?」
「挽いてみないとわかりませんが、刃の素材は変えた方がいいと思います」
「どうしてだ?」
「今使っているこの金属はシルバニウムですよね?」
「ああ、そうだ」
シルバニウムは、この世界にある金属で十分な硬度をもっており、熱にも強く、加工もしやすいので非常に使いやすい素材だ。
「シルバニウムも悪くはないのですが、長年使用しているとコーヒー豆に金属の匂いが移りやすいのです」
「なるほど」
金属の匂いが移ることは考えていなかったな。長年使っているとそのような影響があるのか。
「マスターのミルは……いや、なんでもない」
では、ロンデルの使っているミルの刃はどのような素材なのか。気になってしまったが、それを教えてくれというのはよろしくない。
シルバニウムを使うデメリットを教えてくれただけでも十分なのだ。これ以上、素材を教えろなどと厚かましいことは言えない。
「私のミルの刃は、シルバーウルフの爪を加工していますよ」
「……いいのか?」
まさか使用している素材を教えてもらえるとは思っていなかったので驚いた。
「ジルクさんの作っていらっしゃるコーヒーミルにはとても興味があります。私の知恵で良くなるのであれば、いくらでも力をお貸ししますよ。もっと、王都でもコーヒーが広まってほしいですから」
「マスター……ありがとう」
「いえいえ、これくらいであればお安い御用です」
「マスターの使用感も聞いてみたい。これでコーヒーを作ってもらえるか?」
「勿論です。是非使わせてください」
ロンデルはにっこりと笑うと、手動ミルを手にしてコーヒー豆を挽き始めた。
ロンデルの広い心には感謝だ。
コーヒーミルに関しては自分だけが楽しめればいいと思っていたが、ロンデルがそう願うのであれば、俺も広められるように努力してみようか。
「こんにちは」
などと考え込んでいると、扉が開いて見覚えのある老人が入ってきた。
確か以前もここにやってきたノイドとかいう執事だっただろうか。
今日もシワ一つないシックな三つ揃えを纏っている。
「ノイドさん、いらっしゃいませ」
「今日はいつもとは違った道具で豆を挽いていますね。ロンデルさんの新作ですか?」
「いえ、こちらはお客様が作ってくださったものでして……」
ロンデルがこちらに視線を向けると、ノイドの視線もこちらに向いた。
「はじめまして、私はノイドと申します。よろしければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
ノイドは隣に腰かけると人当たりのいい笑みを浮かべて尋ねてくる。
「ジルク=ルーレンだ」
「ルーレン……もしや、あのルーレン家のご長男であり、王都でも有名な魔道具師の?」
「その認識で間違いない」
さすがに執事をしているだけあって情報には精通しているようだ。
「今回作ったものは魔道具ですか?」
「いや、ロンデルが持っているのは普通の道具で、ここにあるものが魔道具だ」
「ロンデルのものよりも小さいですね」
「どこでも飲めるように作ってあるからな。とはいっても、今は試作段階だが……」
「……よろしければ、私もジルクさんのミルで作ったコーヒーをいただけますか?」
「私はそれでも構いませんが……」
ノイドの注文にロンデルが少し困ったような視線を向けてくる。
「本人がそれでもいいと言っているのなら構わない。だが、いつものような美味しいコーヒーが飲める保証はしないからな?」
「構いませんよ」
試作品のミルで作ったコーヒーがマズいなどと言われても責任はとれない。そのように釘を刺すと、ノイドは朗らかに笑った。
「では、ノイドさんの分もお作りいたしますね」
ノイドの返答を聞いて、ロンデルはコーヒーを作り出す。
ガリガリゴリゴリと豆を潰す音が響き渡る。
その音はロンデルの自作したミルよりも少し軽い。使っている材質や本体の重さによる違いだろう。
ロンデルのハンドルを回すリズムは俺よりも少し遅い。
いつも使っているミルとまったく違うから手こずっているのかと思ったが、チラリと覗いてみると手間取っている様子はない。ただ単に俺よりも回すリズムがゆっくりなだけのようだ。
そのリズムにコーヒーを美味しくする秘訣があるのだろうか。
今度、コーヒーを作る時はロンデルのリズムを真似して、少しゆっくり目に挽いてみよう。
ロンデルは蓋を開けて豆の挽き具合を入念にチェックしている。
何年、何十年とコーヒー豆と向かい合ってきた人物なために、こうしてチェックされると少し緊張するものだな。
そんな風に少しソワソワとした気持ちを抱きながら作業を見守っていると、俺のコーヒーミルを使ったコーヒーが出来上がった。
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