独身貴族は異世界に転生する
独神の世界に転生させてもらうことになった俺は、異世界で生きていくために色々と質問を重ねた。
独神の管理している世界は、ゲームやアニメであるようなファンタジーな世界で、スキルや魔法といった力が存在し、人を襲う魔物が跋扈している。
文明レベルは地球でいう中世くらいで、科学の文明はそれほど発達していない。
「つまり、異世界での生活は現代日本よりも不便ということか」
快適な独身生活を送る上で不便というのはいただけない。日本で暮らしていた快適な生活も、素晴らしい生活家電があってこそだ。それらがない世界で生きるというのは大変そうだ。
「自分の管理している世界のことを言うのもなんだけど、地球で生きている人間の楽をしたいという欲望は他の世界に比べて群を抜いているね。独神の世界でも魔道具といった家電に変わるものは開発されているけど、遠く及ばないよ」
「魔道具? 異世界にはそんなものがあるのか?」
「確かあったよね? 魔物の素材や魔力を利用して作る生活家電みたいなものが」
地球神が確かめるように言うと、独神は頷いた。
なるほど。だとしたら魔道具を作る能力を手に入れて、異世界で現代日本の家電を再現してみるのも悪くないかもしれない。
魔道具を作る職業というのは、特別な職業だろう。その道に進んでいけば、少なくともくいっぱぐれることはなさそうだ。クリエイター的な職業なので日本のように会社に縛られることもないだろう。
独身で生きていく以上、人一倍のお金は必要だ。
独神の管理する異世界では老人ホームなどといったものはない。大抵のものは家族に世話をしてもらう場合が多く、裕福な者は金で使用人を雇って面倒を見てもらうそうだ。
当然、家族なんてものを作るつもりはさらさらないので前者は却下。したがって俺の老後は後者になるだろう。
だとすると、一般人よりも多くのお金が必要だ。
金があれば大抵のことはなんでもできる。
金を稼げる専門的な職業を手に入れておくに越したことはない。
いいぞ。地球神たちと会話をしていくと、だんだん方向性が固まっていくのが見える。
「貰える能力とやらは一つだけなのか?」
「複数でも構わないそうだ。ただ、望む能力が大きければ大きいほど与えられる力は少なくなるよ」
「魔道具を作る能力を所望したいのだが、それは大きな願いになるか?」
「……へえ、面白いことを望むね。その程度ならまだまだ与えられるよ」
どうやら魔道具を作る力というのは、それほど大きな力にカテゴライズされないらしい。
それなら他に欲しいものを願っても大丈夫そうだな。
「では、病気にならない丈夫な身体が欲しい」
「勿論、可能だけど理由を聞いてもいいかい?」
「どれだけ人生設計をしようとも、健康寿命だけはどうしようもないからな」
そう、さっき俺が死んだようにどれだけいい仕事について、快適な生活を手に入れようともすぐに死んでしまっては味気ない。
「新しい人生が待っているっていうのにもう独身生活を決め込んでいるのかい!?」
「当たり前だ。俺は異世界に行こうが結婚はしない」
たとえ、環境が変わっても一人が好きなことに変わりはない。何を当たり前なことを言っているんだ。
「……一度痛い目を見ても、なお独身を貫こうと決めている姿勢にはあっぱれだよ。道理で独神が気に入るはずさ」
地球神の横では、独神が手を叩いて爆笑している。
転生しても独身でいようと決めている俺の姿勢がとことん気に入っているらしい。
まあいい。病気にならない身体がもらえるのなら、また早死にする可能性も低くなったし、将来の健康とやらに怯えて結婚するなどという守りに入る必要もないな。
身体が弱ると心も弱る。独身生活を貫くと決めている俺でも、心身が弱るとどうなるかわからないからな。
それを事前に潰すことができる道筋が選べたのは僥倖だ。
別に子供は好きでもないし、嫌いでもない。強いて言うならば無だ。
育てることに喜びなど感じないし、孤独を辛いと思うことはない。
独身生活を送る上でのメリットが伸びて、デメリットが完全になくなった形になる。
これでいよいよ俺にとって結婚する意味はなくなったな。
なんて考えて一人笑っていると、地球神がドン引きした顔をし、独神は相変わらず嬉しそうに笑っていた。
「この二つの他にもまだ貰えるのか?」
「まだいけるよ」
「じゃあ、最低限の魔法が扱える力と剣術、体術を頼みたい」
ただでさえ、戦闘とは無縁の世界で過ごしてきた俺だ。少しくらい戦闘の素養がないと、魔物が跋扈する異世界では生き抜けないだろう。
「それなら【全属性適性】と【剣術】【体術】スキルといったところかな? こんな地味なスキルでいいの? もっと君が知っているようなゲームやアニメのような強いスキルもあるんだよ?」
地球神がどこか試すような口ぶりで言ってくる。
「こういうのは地道にコツコツと育て上げるから楽しいんだろう? これ以上のものは不要だ」
確かにそういうことを考えなかったかと言われると嘘だ。
とんでもない魔法が扱えたり、チートじみたスキルもあったりするのだろう。
しかし、そんなものに興味はない。
別に異世界で最強になりたいわけではないんだ。
俺が目指すのはあくまでも優雅な独身生活。ただそれだけだ。
「地球にいる独身者ってコツコツとしたことをやるのが好きだもんね」
「自己投資と言ってくれ」
自己投資はいいぞ。読書に資格の勉強に筋トレ。
読書は自分の視野を広げてくれ、知識を増やしてくれる。
資格の勉強をすれば、挑戦という刺激が得られ、自らの能力を高めることができる。
さらに筋トレは自らの身体能力を高めるだけでなく、精神的安定性を生む。
どれも有意義な人生を過ごすためにやっておいて損はないことだ。だから、俺たち独身者は自己投資を惜しまない。
「……自己投資の良さはわかったから。それじゃあ、君には魔道具師としての素養、【健康な肉体】【全属性適性】【剣術】【体術】といったスキルを与えるよ」
地球神がそう言ったものの実際に与えてくれるのはヒトリガミらしい。
彼の身体から黒いオーラが立ち上り、俺の身体へと注がれた。
「それじゃあ、説明も終わったし、力も与えたことだから君を独神のいる世界に送るよ」
地球神がそう言って腕を振るうと、俺の足元に大きな魔法陣が広がり、輝き出す。
立ち昇る粒子の奥では独神が不気味な笑みをこちらに向けて消えた。
「それじゃあ、独楽場君の新たなる人生に幸福があることを願うよ」
結局、最後まで独神は俺に一言も話しかけることはなく、俺は粒子に包まれて異世界とやらに転生した。
◆
目覚めると藍色の髪をした若い女性がこちらを覗き込んでいた。
年齢は十代後半だろうか? 整った顔立ちをしておりエメラルドのような瞳が特徴的だ。
その隣には栗色の髪をした男性がおり、黒ぶちの眼鏡をかけている。
二人ともとても優しい笑みを浮かべていた。まるで愛おしいものを見るような視線だ。
その視線がどうにもなれなくて、俺は視線を巡らせる。
しっかりとした天井があり、本棚やクローゼットが置かれていた。
部屋の内装や調度品を見ると、それなりにいい家をしているような気がする。
さらに巡らせるとずんぐりとした手が映った。
三十五歳とは到底思えない小さな手に身体。
どうやら地球神の言っていた通り、本当にヒトリガミの世界に転生させられたらしい。
とすると、目の前にいる二人は俺の両親かもしれない。
「―――――・・・・――――」
女性がにっこりと笑って何かを言った。
しかし、何を言っているのかまったく聞き取ることができなかった。
聞こえてきた音から察するに日本語とは違うようだ。
「ううー、ああー」
試しに声を出そうとしてみるが、まったくもって舌が回らない。
赤ん坊故に舌の周りも悪いのだろう。出てきたのは完全に喃語だった。
しかし、両親はそれを喜び、女性がとびっきりの笑顔で俺を抱き上げた。
身体こそ赤ん坊であるが、意識は前世の三十五歳のまま。
自分より若い年下の女性に抱えあげられるなど、羞恥以外のなにものでもなかった。
しかし、今の俺は非力な赤ん坊だ。抵抗できるはずもなく、俺は母親にあやし続けられた。
……地獄だ。
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