独身貴族はまだ納得していない
「結婚をしていない俺に恋愛相談をしても無駄だ。やめておけ」
「ええ? ジルクさん、結婚してないの?」
俺がそのように言うと、マリエラは目を丸くした。
「していない」
「恋人とかは?」
「いない」
「売れっ子魔道具師でこれだけ見た目もいいのに勿体ない! 冒険者の子でよかったら私が紹介してあげようか? ジルクさんなら皆、喜んで会ってくれると思うよ?」
結婚せず、恋人もいないとわかると途端にマリエラが可哀想な者を見るような目をして、余計なことを言い出す。
これはアレだ。結婚していないとわかると、途端に結婚させようとするお節介おばさんというやつか。これはなんというかシンプルに鬱陶しいな。
現代日本で辟易とした若者が、セクハラだと騒いで撲滅させた理由も納得だ。
結婚することが幸せにつながると一体どこの誰が決めたのやら。
「俺は敢えて結婚してないんだ。余計なお世話だ。他人の心配をするより、自分の心配をしろ」
「そ、そうだった」
俺がそのように突っぱねると、マリエラが思い出したかのように言う。
しまったな。話を終わらせるつもりがまたしてもここに戻ってきてしまった。
「でも、ジルクさんってエイトと似てるのかも。エイトはもう二十八歳なんだけど今も結婚していないし」
マリエラはそのように言うと、俺からアドバイスをしてほしそうな視線を向けてくる。
話を終わらせてもこんな風に話題を戻してきそうだな。ずっとこのように絡まれても面倒だし、適当にアドバイスっぽいことを言えばいいか。
「世の中には俺やエイトのように年齢を経ても結婚していない者は一定の割合でいる。だが、そういう者の中にはいつか結婚したいと思っている者もいるものだ」
「じゃあ、エイトも結婚する可能性はあるの!?」
「本人に聞いてみないことにはわからないが、結婚したいという女性がいないだけで、いつかはしたいと思っているのかもしれない」
「じゃあ、エイトと同じで結婚していないジルクさんに聞くけど、結婚したいって思えるような女性になるにはどうしたらいい?」
そのように語るとマリエラが前のめりになって真剣に聞いてくる。
「仲良くなれるかは知らないが、エイトと長く付き合いたければ適切な距離感を置くといい」
「適切な距離?」
「この年齢まで独り身の男は、基本的に自分だけの自由な時間を愛しているからな。相手に求め過ぎるな、寄りかかり過ぎるな。適度な距離感を保って、気が向いた時にでも遊べばいい」
エイトと同じ独り身だからこそわかる。
独身者は誰かに束縛され、振り回されるのが嫌いだ。
女からの毎日のコンタクトや、急に会いたいなどと言ってこられるとうんざりする。
そして、愛だなんだと感情的になって、非論理的な行動に振り回されるのが苦手だ。
もし、仮に俺が女と結婚するのであれば、一緒にいても気にならず、互いに尊敬できる女がいい。決して感情的で理不尽なことを言わず、寄りかかってくるのではなく、互いに支え合えるような相手が。
「……それって都合のいい友達みたいじゃない?」
「そうかもしれないな。だが、いきなり距離を詰めていくと間違いなくエイトは逃げるだろう。俺もそうだが、この年齢まで独り身でいる男は一般的な価値観を持ってないからな」
そうでもなければ、前世よりも早婚を推奨されている世界で独身でいるわけがない。
俺とは違った考えを持っていようとも、エイトもエイトなりの想いがあるはずだ。
マリエラの言い分も一理あるかもしれないが、そもそも仲のいい友達にもなれない者が、恋人になんてなれるわけがない。
「それもそうだね。エイトもジルクさんもちょっと変わってるし!」
なんとなく自分なりに呑み込めたのだろう。マリエラはそのように言って笑った。
別に俺は変ではない。いずれ、この世界も時が進めば、現代日本のように俺と同じような価値観の人間が多く現れるに違いない。
「なんだなんだ? 意外と仲良くやれてるじゃないか」
なんてマリエラが笑っていると、ちょうどエイトがコップと小さな包みを持って戻ってきた。
「別にそんなんじゃないから!」
エイトに好意を持っているマリエラからすれば、俺と仲良くしているように見えるのは非常に困るのだろう。どこか焦ったように否定する。
「勝手にこの女がゲラゲラ笑ってるだけだ。それより手にしている包みはなんだ?」
「ああ、街で買ったクッキーを持ってきた。コーヒーと合うと思ってな」
「そいつはありがたい」
コーヒーを作ることにばかり意識がいっていてお供を考えていなかったな。
クッキーなどの甘味でコーヒーもより楽しめるだろう。
エイトは土魔法で小さなイスを二つ作ると、マリエラと共に腰かける。
俺はエイトとマリエラのコップを受け取ると、そこに抽出したコーヒーを注いで渡した。
「なんだか香ばしい匂い」
コーヒーが初めてのマリエラは興味津々な様子で。
既に知っているエイトは無言で香りを堪能しているようだ。
やがて、二人は香りを楽しむとコップに口をつけた。
「ああ、これだ。これがコーヒーだ」
「ちょっと苦みが強いけど、香ばしくて好きかも」
「だろう? これがいいんだ」
ため息のような声を漏らしながら味わうエイトと、ちびちびと口をつけて味わうマリエラ。
カタリナは一口飲んだだけで、顔を歪ませていたのだがマリエラは平気みたいだ。
エイトに合わせて無理をしている可能性もあるが、そんな無理をした様子はなく口をつけていた。
俺も自分のカップに残りを注ぐと、コーヒーの香りを嗅いでみる。
「うん、いい香りだ」
ロンデルの淹れたものに比べれば荒いかもしれないが、挽きたてのしっかりとした香りがあった。
香りをしっかりと楽しんでからコップを口につける。
口の中に広がるコーヒーの風味。コクが豊かで独特な苦みがある。
ロンデルの喫茶店で飲んだコーヒーよりも苦みとコクが強いような気がする。
同じコーヒー豆を使っているのに味の印象はまったく違う。
恐らく俺とロンデルの腕前の違いは勿論のこと、挽き方や抽出の加減がまったく違うからだろうな。
同じ材料を使ってもこれほど味に変化が出てしまう。お酒と一緒で奥が深いな。
「あっ、これクッキーとすごく合う」
クッキーを食べて、コーヒーを口にしたマリエラが感激したように言う。
俺もエイトの持ってきてくれたクッキーをつまむ。
しっかりと砂糖やバターで味付けがされたクッキーは少し甘い。だけど、苦みのあるコーヒーが加わることで程よい味わいになっていた。
たとえ、ミルクや砂糖がなくても、このクッキーがあれば初心者であってもしっかり楽しめることができるだろうな。
「ジルク、コーヒーはもうないのか?」
すっかり空になってしまったガラスポットを見ながらエイトが尋ねてくる。
手動ミルは携帯用なのでたくさんのコーヒーを作れるようなものではない。精々三杯分くらいだ。
「まだあるから遠慮なく呑んでも構わんぞ」
「そいつは安心だ」
お代わりができるとわかると、安心したようにコップに口をつけるエイト。
そんな彼を見て、マリエラは微笑ましそうにしている。
チビチビとコーヒーを飲みながらエイトとマリエラが他愛のない会話をしている間、俺は自動ミルを取り出す。
手動ミルでちゃんと作ることができたので、今度はこっちで試してみよう。
同じように蓋を開けて、そこに人数分のコーヒー豆を投入。
そして、ハンドルの代わりに設置されているスイッチを押す。
すると、内部にある刃が自動で回転し、豆を潰し始めた。
「なにかが潰れるような音がする。ジルクがコーヒー豆を潰しているのか?」
「俺じゃなく、魔道具が潰している」
「え? それって魔道具なの?」
「ああ、こっちのミルには無属性の魔石が入っていて、魔力が伝わることによって内部にある刃が自動で回転し、豆を潰してくれる仕組みだ」
手動ミルとは違って、毎回安定した味のコーヒーを楽に量産することができる。
今回のように大人数で何杯ものコーヒーを飲みたい時、すぐに飲みたいという時に活躍できる。
「さすがは有名な魔道具師だね」
「とはいっても、構造は単純だ。その気になれば誰でも作れるだろう」
最小限の大きさにすることに拘ったが構造自体はすごくシンプルだ。これくらいならトリスタンでも作ることができるだろうな。
そんな風に話している間に、下部にあるガラス部分には大量の粉が落ちていく。
手動ミルとはスピードが段違いだ。
蓋を開けて豆の挽き具合を確認しながら魔道具を作動し続けると、あっという間に大量の豆を粉にすることができた。
それを同じようにサイフォンに入れて、お湯をかけて抽出していく。
そして、コーヒーが抽出されるとすっかりと空になったエイトとマリエラにコップに二杯目を注いでやった。
同じように香りを楽しんで二人が口をつける。
「……こっちの方が爽やかで飲みやすいかも?」
「どちらかというと酸味が強くてスッキリとした味わいだな」
「さすがにわかるか。さっきのものと比べて、焙煎が浅いもので粒度を荒くしたからな」
さっきのコーヒーと比べて、今度は濃度を低くしてみた。
コーヒーは濃度を変えることで味がとても変わるからな。
先ほどと似たような味を作るのもつまらなかったので、少し味を変えてみたのだ。
「私はこっちの方が好きかも。朝とかに飲んだらスッキリしそう」
「俺はさっきのようなコクがあって、苦みの強い方が好きだな」
そして、味を変えてみるとそれぞれの好みも分かれる。それもコーヒーの醍醐味といえるだろう。
「ジルクはどっちが好きなんだ?」
「俺はちょうど中間ぐらいの味が好きだな」
苦味と酸味のバランスがとれ、濃度も高すぎず、低すぎず、どの味わいも持ち合わせたものがいい。
今回のような爽やかなものも悪くはないが、やはり全ての味を楽しみたい。
「中間か……なら次はそれを作ってくれ」
「さすがにこれ以上作ったら三人じゃ飲み切れないだろう」
自動ミルで挽いた粉から目算するに、あと五杯分はありそうだ。
さすがに三人で飲み終えることのできる量ではない。夕方までいれば別だろうが、そこまで滞在する予定ではないからな。
「ならそのコーヒー豆と魔道具を売ってくれないか?」
エイトな真摯な問いかけに俺は少し考える。
「悪いがまだ作ったばかりの試作品なんだ。買い取りはもう少しクオリティが上がってからにしてくれ」
「ええ? 十分美味しく作れてるのにこれじゃダメなの?」
「耐久は勿論のこと、刃自体の素材や挽き具合も確認していきたいしな」
どのくらい使用すれば刃が摩耗するのか、そもそも素材は今のものでいいのか、挽く具合はしっかり調節できているのか。まだまだ詰めるべき部分はある。
あと、コーヒーを長年使っているロンデルの意見を聞いてみたいな。
「わかった。じゃあ、売れるようになったら優先して売ってくれ」
「それなら構わない。代わりといってはなんだが、コーヒーを出してくれる喫茶店を教えておこう」
「おお、それは助かる!」
エイトにロンデルの喫茶店を教えると、ゆっくりとした時間が流れる。
一人でのんびりとはいかないが、人数がいたお陰でたくさんのコーヒーを作って飲むことができた。
喫茶店でゆったりと飲むロンデルのコーヒーも悪くはないが、外で飲むコーヒーもいいものだ。
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