独身貴族は恋愛相談をされる
「さて、コーヒーを作ってみるか」
エイトたちのテントより距離を離した場所にテントやイスを設営すると、俺はコーヒー作りに必要な道具を準備する。
とはいっても、大掛かりな道具は必要ない。手挽きと自動のコーヒーミルにコーヒー豆、布フィルターに抽出先のガラスポットくらいだ。
たったこれだけの道具でコーヒーが外でも作れる。そう思うと、いかにコーヒーミルというものが素晴らしいかわかるな。
「まずは手動のコーヒーミルからだ」
燻製機と同じく外出先でも気軽にできるようにコンパクトな筒状だ。
しかし、小さすぎるとハンドルを回しにくいので、しっかりと握りやすいように湾曲させてある。たとえるとしたら砂時計のような形だろうか。
何度も握りながら加工していたので、組み立てた状態のミルは非常に手に馴染む。
手動コーヒーミルの原理は単純だ。そもそもこちらはただの道具で魔道具ですらない。
豆を挽く刃が真ん中にあって、挽かれた粉を受け止める部分が下にある。
そして、刃を回すためのハンドルが上部に取り付けられている。
コーヒーミルの構造さえ知っていれば、工作の腕前があれば再現できるだろう。
勿論、前世のような洗練された均一な仕上がりとまではいかないが、外出先や家、仕事場でも気軽にコーヒーを挽いて飲めるようになるはずだ。
ロンデルから貰ったコーヒー豆を二人前分スプーンですくい、内部へと投入。
豆のカラカラカラッとした音が鳴り、とても心地いい。
豆の投入が終わるとそこにしっかりと蓋をしてハンドルを取り付ける。
ミルによっては蓋のないものもあるが、無い場合だともしもの時にこぼれる可能性がある上に埃が混入するので付いている方が好きだ。
「挽くか」
コーヒーミルの一番楽しいところだ。
ワクワクとしながら俺はハンドルを握り、自分の太ももに当てるようにしながら回した。
ガリガリゴリ、ガーリガリガリガリ。
ミルの刃が回転して、中にあるコーヒー豆が潰される音が響き渡る。
「……この豆を潰している感じがいいな」
時折、豆に引っ掛かっている感じがするが、この潰している感じが手にしっかりと伝わるのがいい。本体の中では今、豆がすり潰されているのだろうな。
興味のない人はコーヒーを手で挽くのが面倒だと思うかもしれないが、俺のような者はこうやって挽いているのが楽しいものだ。
ガリガリゴリ、ガーリガリガリガリ。
ひたすらハンドルを回して豆を潰していく。できるだけリズムは一定に。
潰し具合にムラができてしまうと豆の風味が損なってしまうので、できるだけ同じリズムで潰すのがオススメだ。
逆にハンドルを速く回しすぎると空回りしたり、これまたムラができてしまう。
ちょうどいい加減というのは、非常に難しく何度も自分で潰して試行錯誤をすることになる。それがまた奥深くていいものだ。
蓋を開けて豆の様子を確認すると、香ばしい匂いがした。
「おお、コーヒーの香りがする」
挽きたてでしか嗅ぐことのできない濃厚な香りだ。
これも手動ミルでしかできないメリットといえるだろう。
「さっきからガリガリガリガーリッて、今度はなにやってるんだ?」
一人で気持ちよくコーヒー豆を潰していると、またしてもエイトがやってきた。
しかも後ろには連れのマリエラまでいる。
まあ、静かな湖でコーヒー豆を潰していればさすがに気になるか。
「コーヒー豆をすり潰して、コーヒーを作っている」
「コーヒー!? 本当にそれで作ってるのか!?」
そう説明すると、エイトが劇的な反応を見せる。
首を傾げているマリエラはともかく、エイトはコーヒーを知っているようだ。
「そうだな」
コーヒーミルの蓋を開けて、挽いている豆の匂いを嗅がせてやる。
「うおお、本当にコーヒーだ!」
「コーヒーって飲み物なの?」
「ああ、ちょっと癖のある苦い味だが、とても味わい深くて俺は好きなんだ」
「へ、へえー」
エイトの熱のこもった語り口調に、ちょっと戸惑い気味のマリエラ。
「ジルク、俺にも飲ませてくれないか?」
「わ、私も!」
「ちょうど道具を試していたところだ。いいだろう。コップを持ってこい」
手動ミルと自動ミルの調子を試してみるつもりだった。人数が多ければそれだけ挽く回数が増えて試しやすくなる。
「ありがとう、ジルク! ちょっとコップを取ってくる!」
「私の分もお願い」
「わかった」
しかし、ここで予想外の動きを見せたのがマリエラだ。
いや、そこはエイトと一緒にテントに戻ってコップを取りに向かうべきだろう。
コップ程度であれば一人に任せた方が楽なのは確かだが、エイトならともかくマリエラと二人になっても興味がないので話すことがない。
「「…………」」
マリエラはしきりにこちらに視線を送りながら何かを言いたそうにしている。
何度か口を開いては閉じたりを繰り返すが、何かを言う様子はない。
俺は敢えてそれを気にせずに豆を挽き続けることにした。
「よし、こんなものか」
豆が挽き終わり、しっかりと粉がガラス部分に貯まる。
用意していたフィルターの中にコーヒーの粉を入れて、その上からゆっくりとお湯を注いでやる。
すると、抽出されたコーヒーが下に設置したガラスポットに落ちていく。
後はゆっくりとお湯を注ぎながら、抽出を繰り返すだけだ。
そんな作業を繰り返しているとまごまごとしていたマリエラが遂に口を開いた。
「ね、ねえ、ジルクさんはエイトとはそれなりに長い関係なの?」
無言の空気に耐えかねての質問かと思いきや、その瞳を見ると何か本命として言いたそうな話題が別にあるような気がする。
今の質問はそこに向けての繋ぎといったところか。
「いや、会ったのはたった二回だ。あいつのことは大して知らないぞ」
「その割には随分とエイトと仲がいいよね? さっきみたいにキラキラとしたエイトは初めて見たんだけど……」
「逆に普段のあいつはあんな感じじゃないのか?」
「別に素っ気ないわけじゃなくて優しくて頼り甲斐があるんだけど、パーティー仲間の私にもどこか壁があるっていうか……今日だって私が無理に迫って付いてきたようなものだし」
俺からすれば、エイトというのは好奇心旺盛な男だ。他人との距離が近く、すぐに懐いてくる犬のようなイメージなのだが。
しかし、マリエラの口ぶりからすると、冒険者として活動しているエイトとはまったく違うらしい。
「エイトに壁なんてあるのか? 最初に出会った時もいきなり俺の料理をたかってきたし、今もこうしてコーヒーをたかってきたぞ」
「うん。だから、私もすごく驚いてて。ジルクさんには気を許しているみたい」
マリエラの様子を見る限り、彼女本人も今日のエイトを見て驚いているようだ。
まさか犬のような人懐っこいエイトが、外ではそんな風にクールぶっているとは。
「だから、ジルクさんにエイトと仲良くなれる秘訣を教えてほしいなって。私、エイトのこと好きだから……」
顔を赤くしながら告げるマリエラ。
なるほど、わざわざここに残ったのはその相談をするためか。
エイトの恋人かと思っていたが、二人の仲はそんなに深いものではないようだ。
マリエラがエイトに片思いをしている状態らしい。
はあ、他人の作曲騒動に巻き込まれた次は恋愛相談か。
次々と女から持ってこられる厄介事には辟易とする。
好きだから何かをしてあげたい。誰かが好きだから仲良くなりたい。俺には到底理解できない感情だな。
さて、どうしたものか……。
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