独身貴族はコーヒーミルを自作する
「~~♪」
「……ジルクさん、今日もご機嫌ですね」
鼻歌を歌ながら魔道具を作っていると、トリスタンがどこか呆れた視線を向けてきながら言う。
部下にしては失礼過ぎる態度であるが、今の俺はそんなことが気にならないくらいに機嫌が良かった。
「まあな」
「またいい店でも見つけたんですか?」
「ああ、この間良いバーを見つけてな。雰囲気がいいだけでなく、バーテンダーの腕も良い。最高だ」
それだけじゃない。カタリナとかいうヴァイオリン奏者の面倒ことに巻き込まれはしたが、結果としてかなり貴重な宝具を手に入れることができた。
それなりの手間や苦労はかけさせられたが、ここ最近の俺は間違いなく調子がいいといえるだろう。
「どうせそのバーにも俺は連れて行ってくれないんですよね?」
「まあな」
トリスタンの言葉に当然のように頷くと、彼はガックリとした。
プライベートにまで仕事場の人間を連れていきたくない。
それにあのバーに連れて行けば、トリスタンがあの女エルフにちょっかいをかけそうで面倒だ。せっかく見つけた新しい寛ぎの場だから大切にしたい。
「……さっきから気になっていたんですけど、ジルクさんは何を作っているんですか? ついこの間まで新しい魔道具の設計をしていましたよね?」
「あたしもそれは気になるわね」
トリスタンだけでなく、ルージュもこちらのデスクにやってきて尋ねてくる。
俺はここのところ新しい魔道具の設計にかかりっきりだった。
おおよその概要はトリスタンとルージュも知っている。それなのに明らかに違うであろう魔道具を組み上げていたら疑問に思うのも当然か。
「お気に入りの喫茶店でコーヒーという飲み物を見つけてな。原料になるコーヒー豆を挽くための魔道具を作っているんだ」
そう、俺が作っているのは手動と自動のコーヒーミルだ。
ロンデルの喫茶店に行けば、今やいつでもコーヒーを飲むことができる。
しかし、俺は喫茶店だけでなく自宅や仕事場、外出先でもコーヒーを飲みたい。
だから、いつでもコーヒー豆を挽くことのできるコーヒーミルを作ることにしたのだ。
手動のものは筒状のものであり、上部にハンドルがついている。
自動のものは内部に無属性の魔石が入っており、魔力をチャージすれば自動で豆を挽いてくれる優れものだ。
手動と自動、メリットやデメリットがそれぞれあるので、両方作ることにしたのだ。
「コーヒー豆? なんですかそれ?」
「あたしも聞いたことがないわね」
コーヒーミルの素晴らしさを説明してやるも、トリスタンとルージュは首を傾げる。
そもそもコーヒーを知らないのだ。丁寧に説明をしても意味がないか。
「まあ、この国ではあまり浸透していない飲み物だからな」
「まーた、そんなニッチな魔道具を作って。そんなものを作る暇があるならクーラーを作りましょうよ! あれが実現できれば絶対に夏が快適になって、多くの人が喜びますし、工房の大きな利益になりますよ!?」
「うるさい、俺に指図をするな。たまには気晴らしに違う魔道具を作ってもいいだろう。別に金には困ってないんだ」
トリスタンの文句を一蹴すると、彼は不服そうな顔をする。
別に明確な締め切りが決められているわけでもないし、工房の経営も大きく黒字だ。特に焦る必要はない。
同じ作業ばかりしているとどうしても飽きというものはくる。多少息抜きに違う魔道具を作ってもいいだろう。
「ルージュさんも何とか言ってあげてくださいよー」
「周りがとやかく言うより、ジルクには作りたいものを作らせる方が一番だから」
トリスタンがそのようなことを言うが、ルージュは苦笑しながらそう答えた。
さすがはうちの販売担当だけあって、俺のことをよくわかっている。
「えー? でもこんな魔道具絶対売れませんよ?」
「別に金が欲しくてやっているわけじゃない」
トリスタンの言う通り、コーヒーミルは冷蔵庫やドライヤーのような大衆向けの魔道具とはいえない。
仮に売り出したとしても、ロンデルや喫茶店の常連といった一部の客しか喜ばないだろうな。
しかし、それでも俺は一向に構わない。俺は自分の生活を快適にするために魔道具を作っているに過ぎないのだから。
「それをなんとか広めて売ってみせるのが、あたしの仕事よ。コーヒーがどんな飲み物かは知らないけど喫茶店で提供している以上、一定の需要はあるかもしれないし」
別に今回の魔道具に関してはそこまでして売ってもらう必要はないが、俺が作ってルージュが売るという役割分担には賛成だ。そのためにルージュを雇って、作業の効率化をしているのだからな。
そんなことを考えながら、俺はコーヒーミルの内部に刃を取り付け、本体、ハンドルといったものをつけて組み立てた。
「よし、完成だ」
ロンデルからコーヒー豆をいくつか買わせてもらっているので、今すぐ検証することはできる。
しかし、初めて自作したコーヒーミルでの一杯が工房というのも味気ないな。
最近はあまり外に出ていないことだし、せっかくなので外で飲むことにするか。
「今日はもう上がる」
「ええ? もうですか?」
「ああ、コーヒーミルの出来栄えを確認したいからな。昨日は遅かったし、お前たちもノルマを終わらせたら適当に上がっていいぞ」
工房で仕事をしているトリスタンとルージュにそのように伝えると、俺はコーヒーミルとコーヒー豆を手にして帰宅することにした。
◆
一度自宅に戻り、王都の外に出る準備を整えた俺は、東の森にあるお気に入りの湖にやってきた。
「よっ! また会ったな!」
すると、またしてもエイトと出会った。
湖畔には前と同じようにテントやイスを設置しており、ここでの時間を満喫しているようだ。
今度こそ一人で満喫しようとしていただけに、またしても先客がいたことを苦々しく思う。
「……お前、ここに住んでいるわけじゃないだろうな?」
「いや、さすがにそれはない。俺だってちゃんと家はあるさ」
そのように訝しむと、エイトは苦笑しながら首を横に振った。
俺がやってきた日に限って、エイトもやってくるとかどんな確率なんだ。
まあ、そういう時もあるか。エイトは同じくアウトドアを愛する同志であるが故に、それぞれのソロでの楽しみ方を理解している。
こうやって軽く話しかけてくることもあるが、必要以上に干渉はしてこないことは前回でわかっているからな。
お気に入りの場所を独り占めできないことは残念であるが、こいつと共有するのであれば悪くない。
「エイトー? なにしてるのー?」
と思っていたら、テントから橙色の髪をした派手めな女が出てきた。
まさかの女連れか……。
「今日は一人じゃないんだな」
「悪いね。どうしても付いてきたいって言われてね」
そう小さな声で答えるエイトの表情はどこか困ったようだった。
どうやら彼も連れてきたくて連れてきたわけではないようだ。
このような静かなロケーションだ。女性を連れてわいわいとやるのは彼の流儀ではないのだろう。
しかし、頼み込まれて仕方がなく連れてくるようになったところか。
「ねーねー、その人知り合い?」
「ああ、そうだよ」
「お名前は?」
「名前? そういえば、俺は名乗ったけどあんたの名前は聞いていないな?」
「なにそれ? 知り合いなのに名前が知らないって変」
エイトが真面目な表情でふと気付いたかのように言うと、連れの女が楽しそうに笑う。
こうして女性を見ると、身長も高くスタイルも良い。
普通の女性とは違って、しなやかでありながら力強い身体をしているので彼女も外に出てこられるだけの戦闘力はあるのだろうな。
「ちょうどいい機会だ。改めて名前を教えてくれるか?」
エイトだけが名乗り、俺だけ名乗らないのも変だろう。
こいつとはこの先、何度もここで会うような気がするし。
「ジルク=ルーレンだ」
「なんかその名前聞いたことがある! すごい魔道具をいっぱい作ってる天才でしょ?」
俺の名前にすぐ反応したのは連れの女だ。
「天才なのかどうかは知らないが、多分その魔道具師で合ってるぞ」
「となると、ルージュさんが言っていた無茶な依頼主はお前だったのか」
女だけでなく、エイトが思わぬ反応を見せた。
「うん? ルージュを知っているのか?」
「たまに指名依頼を出してくれる依頼主だからな。ジルクは知らないのか?」
「そういった細々とした作業は全部ルージュに丸投げだからな」
魔道具に必要な素材の買い入れには俺もかかわることがあるが、細々としたものや、大量の仕入れにはルージュに丸投げすることが多い。
希少な素材であれば、市場で買い入れることは難しいので、そういった場合は冒険者に直接依頼を出して素材を入手してもらうこともある。
どうやらその流れで過去に何度もエイトには素材を集めてもらったことがあるようだ。
「なんだか面白い偶然だな」
「まったくだ」
まさか顔も名前も知らなかっただけで、仕事上で繋がりがあったとは。
「はいはい、最後に私! エイトと同じ冒険者でマリエラっていいます!」
俺とエイトの会話が盛り上がっていたかただろうか、連れの女が慌てた様子で自己紹介をする。しかし、小うるさい女がいたところで微塵も興味は湧かない。
「そうか」
「ってそれだけ? エイトの知り合いなのに反応が軽っ!」
「ははは、ジルクはクールだからな」
そんな俺の気持ちを察してか、エイトがすかさずフォローを入れて笑いに変えてみせる。
これがコミュニケーションに長けたエイトのモテるコツというやつなのだろうか。
まあ、俺には必要ない能力だけどな。
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