独身貴族はバーを見つける
新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
「それじゃあ、俺はルージュさんを送ってから帰りますね」
素材業者との打ち合わせが終わり、王都の空はすっかりと暗く染まっている。
王都では昼夜を問わず、定期的に衛兵が巡回しているために比較的に治安はいい方ではあるが、暗闇を女性が一人で歩くのは好ましくないくらいに危なさはある。
従って仕事が遅くなった時は必ず誰かが見送ることにしているのだ。
「トリスタンじゃ、ちょっと頼りないわねー」
「魔道具師なのにBランク冒険者っていうジルクさんがおかしいだけで、俺もそこまで弱いわけじゃないですからね!?」
ルージュの言葉にトリスタンが弁明するように言う。
トリスタンは冒険者ではないが、一応は魔道具師の見習いだ。
自衛程度の魔法は使えるので弱くはない。ただ、俺が暴漢であればトリスタンなど瞬殺ではあるが。
「だったら、俺の宝具を素直に借りればいいだろう。そうすれば、並の奴等は蹴散らすことができる」
「だって、自衛系の宝具って指輪とかペンダントとかのアクセサリー系でしょ?」
「日常生活に邪魔にならないようにするなら自然とそうなるな」
ルージュは俺やトリスタンとは違って、戦闘技術は一切持っていない一般人だ。
武器型の宝具を与えたところで上手く扱えないのは目に見えている。だったら、取り扱いの簡単なアクセサリータイプの宝具がいいに決まっている。
「そういうのは旦那にヤキモチ妬かれちゃうから。俺以外の男のアクセサリーを身に着けるのかって」
「ジルクさんの宝具って一個で数百万から数千万しますからね。自衛用とはいえ、他所の男からのアクセサリーをつけるのって面白くないですもんね」
「別にプレゼントではなく、従業員の安全を守るための貸し出しなのだが……」
「そういう問題じゃないんですよ。男心というやつですよ」
「理解できないな」
あまりに非生産的な感情だ。どうして従業員の保護に私情を紛れ込ませてくるのやら。
「でも、そういうところも可愛いのよね」
不便なことのように語っているが、ルージュの表情や声音からはとても嬉しそうな感情が見えていた。
自分に嫉妬してくれている=それくらい愛されているということだろうか。
俺には到底理解できない感情だな。やることなすことにそこまで干渉されては堪ったものではない。
「とにかくわかった。気を付けて帰れ」
「はーい、お疲れ様! また明日ねー」
惚け話が出る前に手をしっしと振ってやると、ルージュとトリスタンが去って行く。
ある程度背中が見えなくなるまで見送ると、俺は一人で帰路につく。
東区から北区にある自宅まではそれなりの距離があるが、星を眺めながらゆっくりと足を進めるのも悪くない。
冴え冴えとした漆黒の空の中には、星が研ぎ澄まされたように光っている。
前世のような高層ビルやマンションがなく、灯りも最小限の王都では星が良く見えた。
「……星に夢中になり過ぎたか」
上ばかりを見て歩いていたら見知らぬ細い通りに出ていた。適当に北側に向かっていけばいいと思っていたが、予想以上に複雑な通りをしていそうだ。
回り道かもしれないが一度引き返して素直に大通りにでるか。
そう思って引き返すと、すぐ傍に『アイスロック』と書いてある立て看板が置いてあるのが見えた。
「んん? こんなところにバーか?」
看板自体が小さい上に置く場所もあまり人目のつかない場所にある。
もしかしたら、ここのマスターはあまり多くの客を呼ぶ気がないのかもしれないな。
看板の奥を覗くと地下へと続く階段があり、その下には魔道ランプに照らされた小さな扉がある。どうやら地下にあるバーらしい。
「……軽く酒でも飲んで帰るか」
今から家に戻って料理を作るのも少し面倒だ。
軽くバーで何かつまんで美味しい酒を飲んで帰ろう。
そのようなプランを組み上げた俺は、薄暗い階段を降りて扉をくぐった。
店内にはL字のカウンターがあり七席のイスが置かれてある。手前側には四つのテーブル席があり、奥にはグランドピアノのようなものが置かれていた。
狭苦しい通りにある割には、店内は意外と広々としている。
「いらっしゃい」
そして、カウンターの奥から涼やかな声をかけてきたのは女エルフだ。
流れるような銀髪に透き通るような青い瞳をしている。耳は俺のような丸みを帯びてはおらず、シュッと尖った形をしている。
白のシルクシャツに折り目のピンと入った黒のスラックスを纏っている。
どうやら彼女がこのバーのマスターらしい。
エルフというのは古来に存在していた妖精から生まれたとされた種族であり、長い寿命と高い魔力を誇る種族である。
そして、造形物のような端正な顔立ちが特徴的であり、女性から羨望と嫉妬を。男性からは情欲の視線を集めがちだ。
その見目麗しい見た目を活かして、客寄せとして使われることも多い。
「……なんだ。ガールズバーか」
雰囲気が良く広々としたバーだけに期待外れだ。
恐らく、ここは女エルフの容姿を売りにしているバーなのだろう。
ガールズバー自体は否定しないが、今夜はそういうところで呑む気分ではなかった。
「帰るなら一杯呑んでからにしなさい。お代はいらないから」
踵を返して店を出ようとすると、女エルフが挑発ともいえるような台詞をかけてくる。
外見でただのガールズバーと判断するのではなく、酒を呑んで判断しろということだろうか。
大きく表情には出ていないが、エルフの切れ長の瞳からはそのような強い想いが感じられる。
「……わかった。いただこう」
この店のマスターが腕に自慢があると言っているのだ。そこまで強気に言うのであれば、こちらとしても乗るのもやぶさかではない。
エルフの誘いに乗ることにした俺は、大人しくカウンター席に座ることにした。
「注文は?」
「オススメで頼む」
「わかったわ」
エルフはニヤリとした笑みを浮かべると、その場で魔法を使い出した。
彼女の腕の中で瞬く間に氷が生成され、それが一気に破砕されていく。
「氷魔法か……」
まるでブレンダーでクラッシュさせているかのようであるが、エルフは魔法だけでそれを器用にこなしていた。
魔法には火、水、土、風、光、闇、無といった基本属性があり、派生属性として氷や雷といったものがある。
水属性の派生である氷属性は扱うのがとても難しく、使用できるだけで熟練の魔法使いの証でもあった。
しかも、このエルフは氷の破片を一切飛び散らせることなくコントロールしている。間違いなく熟練の魔法使いであった。
魔法の扱いに長けたエルフであっても見事なものだ。
目の前で氷がクラッシュされる姿に見惚れていると、やがて氷はちょうどいい塩梅に砕けた。
それらを一旦ザルに入れて放置すると、エルフはカップを置き、手早くカクテルのための酒瓶を用意した。
エルフはホワイトラムの蓋を開けると、メジャーカップを使って四十五mlほど注ぐ。
さらにマラスキーを一tspほど注ぎ、フレッシュラムジュースを十五mlほど注いだ。
ここまで見れば彼女が何を用意しようとしているかはわかる。
恐らくはフローズンダイキリだ。
俺も氷魔法が使えるので家で自作することがある。
よく飲んだりするのは夏場であるが、温かな日が増えてきた春過ぎにも飲みたくなることはある。
だとすると、次に注ぐのはシロップだろうか。
そう考えていると予想通り、エルフは透明な小瓶を取り出した。
しかし、そこに詰まっているのはシロップ本来の色とはかけ離れたピンク色をしていた。
「待て、それはなんだ?」
「千日花の蜜よ」
千日花というのは、千日に一度だけ咲く花だ。
千日間もの間溜め続けた蜜は絶品であるが、採取できる時間が開花している数時間だけと短いためにかなりの貴重品だった。
「そんなものを使うのか……」
「このお酒にはこの蜜が一番合うから」
思わず呆れの声を上げたが、エルフは何ら気にした様子はなく、千日花の蜜を垂らした。
酒の美味しさを追求するのは当たり前とばかりの毅然とした態度。そこに彼女のバーテンダーとしての誇りがあるように感じられた。
しかし、これからどうするのであろうか。見たところこのバーにはブレンダーのような機械はない。フローズンダイキリを作るにはこれらの素材を均等に混ぜ合わせる器具が必要だ。もしかして、シェイキングで補うつもりなのか?
そのように推測していると、エルフはクラッシュしたアイスをカップに入れて魔法を使用。
今度は水魔法を使ってカップ内のカクテルを激しく混ぜ合わせ始めた。
まさかの魔法でのブレンダー技術に俺は驚く。
それと同時にひとりで混ざり合う液体の様子は見ていてとても楽しい。
高い魔法技術に見惚れていると、やがて均等に混ざり合ったらしい。
エルフは冷蔵庫から冷やしたカクテルグラスを取り出すと、そこにミックスしたカクテルを注いだ。
スプーンを差し込み、飾りつけにミントの葉とライムのスライスを添えれば完成だ。
「お待たせいたしました。フローズンダイキリです」
落ち着きのある声でスッとグラスを差し出してくるエルフ。
まるで柔らかな雪が積み上がったかのようだ。
天井のピンライトに反射して少し眩しい。
知っているカクテルではあるものの、作り方は高い魔法技術によるものだ。
それは見ているだけで客である俺を楽しませた。
しかし、肝心なのは味だった。どれだけ高い魔法技術と上質な素材で作られたものであろうとマズければ意味はない。
どれだけ良い材料を使ったとしても、シェイキングやステアといった加工で台無しになってしまうのもカクテルだ。
魔法を使ったはいいが、果たして均等に味が混ざっているといえるのだろうか? 一度もフローズンの様子を確かめていなかったが、本当にちょうどいい硬さなのだろうか?
そんな猜疑心を抱きつつも俺はそっと口をつけた。
口の中にスルスルと入ってきたのは細やかな氷の砂だった。
ただの氷ではなく、酸味と甘みのある味わい深い爽やかな美味さ。
ふわふわとした雪が、すっと口の中の体温で溶けて消える。
押し寄せる酸味や渋みは氷砂に爽やかに押し流された。
フローズンダイキリはそれなりの度数を誇るカクテルであるが、それをまったく感じさせない呑み心地だ。
フローズンの硬さや大きさも完璧で、しっかりと味も混ざり合っている。
家で自分で作るフローズンダイキリとは大違いだ。今まで自分が作っていたものは、それに近くなるように混ぜていただけなのだろう。
そう卑下してしまうほどの圧倒的な美味しさが目の前にあった。
「……美味い」
「でしょ?」
ポツリと零れるように感想に、エルフがどこか得意げに微笑する。
魔法を使ったカクテルとは驚きだが、珍しいだけでなく、彼女の知識、経験、技術に紐づいた味であった。
でなければ、いくら魔法技術が高くてもすんなりとこのような味を出せるはずがない。
完敗だ。
「……ただのガールズバーなんて決めつけてすまなかった」
「まあ、そういう店も多いから誤解されるのも仕方がないわ。私も挑発するような態度をとってごめんなさい」
互いに謝り合う空気がなんだかおかしく、俺たちは笑ってしまう。
「他にも頼んでもいいだろうか?」
「ええ、勿論よ」
フローズンダイキリをあっという間に呑み終わってしまったが、エルフは嫌な顔をすることなく歓迎するようにドライフルーツの入った皿を置いてくれた。
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