独身貴族はそっと削除する
「はい、音の箱庭よ」
「おお、これが!」
アパートの廊下にて俺はカタリナから宝具、音の箱庭を受け取る。
落ち着いたブラックとブラウンの色合いをしている直方体だ。
両手で抱えるほどの大きさがあり、ずっしりとした重みがあった。
録音機能つきの音楽プレイヤー。どのようなものか今から試すのが楽しみだ。
「じゃあ、これで」
「ちょっと待って!」
目的の宝具を手に入れた俺は、早速部屋に戻ろうとするがカタリナが静止の声を上げた。
「……なんだ?」
「私の送っている要望書なんだけど読んだ?」
「読んでない」
「なんで読んでないのよ!」
「クレーム書類を読んでいる暇は俺にはない」
「魔道具師でしょ? お客からの要望に応えようとか、反映してよりよいものを作ろうという精神はないの?」
「それを言うのであれば、もっと理路整然とした私情の混じっていない要望書を送るべきだな。それと要望を書くのであれば、もう少し魔道具について勉強をすることをオススメする。じゃあな」
これ以上はクレーム客に付き合っている暇はない。
カタリナがなおも声をかけてくるが、俺はそれを拒絶するようにさっさと扉を閉めて鍵をかけた。
廊下の方ではカタリナが何かキーキーと騒いでいる。
あまり大きな声を出すと近隣の住人の迷惑になるというのにな。
廊下の声をシャットダウンしてリビングへ戻る。
とりあえず、宝具をテーブルの上に置いた俺はゆっくりと観察する。
直方体の全面には大きな丸いスピーカー部分がある。その上には五つもの丸いボタンが並んでおり、それぞれ数字が割り振られている。
恐らく、そのボタンを押すことで録音した音楽を選択することができるのだろう。
それらの下には、二つのボタンがついており『再生』『録音』と書かれていた。
他にも細々とした『削除』『停止』『倍速』などといった細やかな機能のボタンがある。
前世のプレイヤーのような便利な機能は一通りついているようだ。
「うん? 宝具が汚れているじゃないか。あの女、大切にしているとか言いながらこれか……」
宝具を観察しているとボタンや排気口のような隙間部分にうっすらと埃が詰まっていた。
大切な宝具に埃を被せるだなんてあり得ない。
埃が被らないように布を被せるとか、ガラスケースを買って入れておくとかやりようがあるだろうに。大体、宝具というのはこまめなメンテナンスというものが大切だ。
今の技術では作ることができない以上、一度壊れてしまえば二度と直すことはできないといってもいい。
そうならないように我々は日々、メンテナンスをしてやるべきなのだ。
「ぞんざいに扱われて大変だったな。だけど、安心しろ。これからは俺が丁寧に管理して使ってやるからな」
可哀想な扱いを受けていたであろう音の箱庭に優しい言葉をかけながら、清潔な布で埃を拭ってやる。
水拭きしたいところだが、素材によっては水拭きをすると劣化する場合もあるからな。今は乾拭きまでだ。
カタリナにメンテナンス方法を尋ねたところ、ロクに知っていない様子だったので正しい情報はわからない。
機能を知っている以上は、ちゃんと過去に鑑定はしているはずだが細かいところまで覚えていないのだろうな。一度、グワンに鑑定をお願いした方がいいだろう。
一通り、掃除をしてやると音の箱庭の色艶が増したような気がした。
どのような素材かはわからないが元の手触りが随分といいので、綺麗になるとより美しさが際立つ。
「さて、早速機能を確かめてみるか」
一応、簡単な使い方についてはカタリナから説明を受けている。
番号の割り振られているボタンを押して録音した曲を選び、再生ボタンを押すことによって曲が流れる仕組みだ。
今回は早速聴けるように録音している曲は残してもらっている。
入っている曲を削除されてしまっていてはすぐに聴くことができないしな。
とはいえ、いずれは音楽家に依頼してお気に入りの曲を入れてもらう予定だ。
カタリナの録音している曲が俺に合うとは限らないし、ストレージが五つしかないので飽きたらすぐに入れ替えたいからな。
一番のボタンを押してから再生ボタンを押すと、宝具から曲が流れだした。
どうやらヴァイオリン奏者単体の演奏のようだ。
ヴァイオリンの甲高い優雅な音色がリビングを包み込む。
横にあるボリュームキーを回すと、より音が大きくなった。
「おお、これはいいな!」
この世界には音楽プレイヤーなんて代物はなかったが故に、すごく新鮮な気持ちだ。
前世ではこうやって音楽を聴きながら夕食を作っていたものだ。
ドンドンドン!
優雅な音色に耳を傾けていると、扉の方が激しく叩かれる音がした。
せっかく心地よく音楽を楽しんでいるというのに外からの邪魔を受けてイライラする。
しかし、扉を開けてみると俺以上にイライラした様子のカタリナが前にいた。
「なんだ?」
「音が駄々洩れよ! 音の箱庭を使う時は、ちゃんと防音の魔道具を使いなさい!」
「そうか。悪かった」
俺はすぐに謝るとリビングに引っ込んで音の箱庭のボリュームを下げる。
そうだ。俺が思いっきり歌うだけで騒音になるのだ。それ以上の音を出す、音の箱庭を使う時は防音の魔道具と併用するのが必須だろう。
防音の魔道具なんて密談をよくする貴族か、商談を良くする商売人くらいしか持たない代物だ。ああ、あと女は愚痴を言い合うために持っているとルージュに聞いた覚えがあったな。
貴族ではあるが、ただの魔道具師でしかない俺はそんなこととは無縁なので持っていない。
「……今度作っておくか」
仕方がないが防音の魔道具がない以上、思いっきり楽しむことはできないな。
小さなボリュームで流して、部屋の薄っすらとしたBGMとして活用することにしよう。
そんな風に一番から五番の演奏を聴き終わると、俺は一息つく。
ヴァイオリン奏者だけあってほとんどがヴァイオリンの曲だったな。
俺としてはもっと他の楽器の演奏も聴きたかったのだが、カタリナに文句をつけても仕方がない。
これから自分の好みの曲を録音して、俺だけの宝具を完成させればいいのだ。
たった五つしかストレージがないというのは大変困ったものであるが、そのわずかな空きでやりくりするのも楽しみというやつだな。
「さて、この宝具には変わった機能はないだろうか?」
通常であれば、一通りの機能を試して終わりなのであるが、宝具マニアはそれで終わらない。マニアであれば、この宝具に隠された機能がないかと探りたくなるものだ。
俺の経験上では、こういったボタンを何度か押してやることで別の機能が存在していたり、思いもよらない隠し機能があったりするものだ。
過去にグワンがそういったものを見つけているし、俺も使っている内にそういう別の機能を発見したことがある。
一番のボタンを二回押して再生してみせたり、一番と二番のボタンを同時に押してみたりと色々と試す。
そして、適当にすべてのボタンを押して再生してみせたところ、通常の曲とは違う音源らしいものが再生された。
『第六のストレージの発見おめでとう。ワシはセルバ=マクレール。この宝具を使っているということは、君はカタリナの親しい人、あるいは恋人なのだろう。この宝具は私がカタリナの誕生日に送った物だ。君がこれを聞いている頃には私は既にこの世にはいないだろう――』
その声質はお年寄りのようなしわがれたものであった。
マクレール家の現当主は、そこまで年を経ていた印象はなかったので祖父か曽祖父かなにかだろう。どちらせによこの世界にはいない人物のようだ。
セルバと名乗る老人の言葉は、いかにカタリナを溺愛しているか察せられるような内容だった。
ワシが送った大切な宝具をカタリナが手放すはずがないから、カタリナの家でこれを聞いているお前は親しい友人か恋人なのだろうと決めつけるような言葉が述べられている。
残念ながらおたくの可愛い孫娘さんは、宝具よりも仕事を選んで赤の他人に宝具を引き渡しているぞ。
しかし、そんなことを知るよしもない老人はつらつらと語り続ける。
『さて、そんな君に頼みたいことがある。しかし、カタリナには内緒にしてほしい。もし、彼女が傍にいればすぐにボタンで止める、あるいは削除をしてくれ。カタリナがいないのであれば、このまま聞いてできればワシの頼みを聞いてほしい』
同情しながらセルバの言葉を聞いていると、突如としてきな臭いことを言い出した。
この爺さんは、赤の他人である俺に何を頼むつもりだろうか?
聞くべきではないとわかってはいるが、この宝具を手に入れた人物が何を頼みたいのか気になる。
どうせ唯一の関係者であるカタリナには聞かせられない話だ。誰にも聞かせられることができない以上、俺くらい聞いてやってもいいだろう。頼みを受けるかどうかは別だが。
『実はワシには妻以外にも平民の妾がおり――』
セルバがとんでもない事実を語り出したので、俺は慌てて停止ボタンを押す。
妻以外に妾がいるなんて貴族の中でもトップレベルに入る騒動の種だ。
仮に俺がカタリナの恋人だとして、恋人相手にそんなものを聞かせるとはどういうつもりなのか。
セルバの頼みが何かは知らないが、ロクなものではないに違いない。ここで変な頼みを聞いたりでもしてお家騒動に巻き込まれでもしたら面倒だ。
俺はセルバのメッセージをこれ以上聞くことはせず、無言で削除ボタンを押した。
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