独身演奏者は後に引けない
午前中の仕事を終えた俺は、今日も歌劇場に来ていた。
前回、昼休憩にコンサートを聴きに行った時は、新しい魔道回路の構想のきっかけとなり、その後もスムーズに仕事を進めることができた。
そんなことがあってか前回と同じ管弦楽団の演奏会を耳にした俺は、またこうして足を運んでいるというわけである。
一曲一曲が終わるにつれてホールの熱気が静かに燃え上がっている。
「次の曲は我が団による新曲です。どうぞお楽しみください」
そして、また一曲が終わると指揮者をしていたエルフが涼しげな声でそのようなことを言った。
新曲の発表に最前列の方にいたファンから黄色い声が上がり、期待するような拍手が鳴り響く。
俺はこの楽団の演奏曲を網羅しているわけではないが、新しい曲が増えるのはいいことだ。
俺も歓迎するように拍手をする。
やがて、拍手や声援が止むとホール内を静寂が包み込み、エルフが指揮棒を振った。
それと共に奏でられる音楽。それに違和感を抱いてしまった俺は首を傾げる。
「んん?」
それは奏でられた曲のメロディがあまりにも俺の知っている曲と酷似していたからだ。
それも俺が前世でよく聴いていた大好きな曲。
しかし、徐々にメロディが進んでいくにつれて、それは知っている曲とは乖離していく。
……確かに前世の曲と似てはいるが、違うところも多いな。
たまたま前世で知っていた曲と似ていただけか。
前世にも少し曲調をいじっただけで何百通りの曲を作れると言われた名曲があった。
音楽なんてものは前世だろうと、今世だろうとたくさんある。
多少、メロディが似ていると思うような曲だってたくさんあるだろう。
確かに俺の知っている前世の曲とは似ているが、聴いてみるとまったく違う。
前世の曲がまったく同じ形でこちらになんてあるはずもない。
「これはこれでありだな」
まるで自分の大好きな曲を誰かがアレンジしたかのようであるが、異なる解釈とリズムは不思議と心地よく、俺はゆったりと耳を傾けるのであった。
●
「カタリナの曲、すごく評判が良いわね!」
「聞いたか? 次の演奏会のチケットももう完売したみたいだぜ? やるな!」
「前からカタリナは作曲もやりたいって言ってたものね。ヴァイオリンの練習もしながら作曲もこなせるなんてすごいわ!」
私の提出した新曲を演奏してからしばらく。
ホールではうちの楽団は類を見ない程の盛り上がりを見せていた。
団員たちは客足が増えていることを素直に喜び、新曲を作り上げた私のことを口々に褒めてくれる。
しかし、それは私自身の力で作ったものではない。
だけど、それを素直に暴露するわけにもいかなくて。
「あ、ありがとう」
団員たちからかけられる言葉に顔を引きつらせないようにしながら曖昧な返事をするしかなかった。
……どうしよう。まさか近所迷惑な隣人の歌をアレンジしたらここまでの反響があるなんて。定期的にうちの楽団ではオリジナル曲を発表することはあったが、ここまで反響があったことなど一度もない。
演奏会が終わってすぐに次の演奏会のチケットが完売するなんて初めてだ。
どうやら演奏を聴いた客が口コミでどんどんと話を広げてくれているらしく、大盛り上がりを見せているよう。
隣人の歌っていた歌が、それだけ人々の心に突き刺さったということだろうか。
でも、そうなってしまうのも無理はない。隣人が歌っていた曲はとても洗練されたもので、この世のものとは思えないようなメロディなのだ。
歌劇場に通う音楽好きが新しい風だと騒ぐのも無理もない。
「カタリナ、こちらに来てくれるかい?」
「はい!」
そんなことを考えていると、エルトバに呼ばれた。
返事をしてそちらに近寄ると、エルトバだけでなく恰幅のいい老人がいた。
「こちらは歌劇場の支配人であるマルロー=モンペチーナ様だ」
「は、はじめまして、カタリナ=マクレールと申します」
エルトバからそのように紹介されてかなり驚いたが、動揺を表には出さずに優雅にドレスの裾を摘まんで一礼してみせる。
マルローはいくつもの歌劇場の運営だけでなく、様々な音楽家を支援している伯爵家の当主だ。
音楽業界でもかなり顔が広い大物だ。まさかそんな人物がやってくるとは。
「こちらのお嬢さんが話題の新曲を作ってくれた方か。うんうん、若くて才能がある子が表に出てくる瞬間というのはいつ見てもワクワクするね」
「お褒めいただき光栄です、モンペチーナ様。ですが、私などまだまだ未熟です」
「そんなことはない。君のお陰で歌劇場は大盛り上がりだ。私としてはこのまま勢いに乗ってほしいと思っている」
「というと?」
マルローが望んでいることの真意が理解できず、率直に私は尋ねてみる。
「良かったら、また次の曲をカタリナ君が作ってはくれないかい? 今の曲を越えるようなものはハードルが高いかもしれないが、君ならできると期待しているよ」
マルローはにっこりと笑いながらそのようなことを言うと、ご機嫌そうにホールを去っていった。
私は言われたことを理解できたものの、それを冷静に受け止めることができなかった。
呆然とした表情で恰幅のいい背中を見送る。
「……そういうわけでカタリナには、また次の曲を作ってもらいたい。できるね?」
マルローが見えなくなると、傍にいたエルトバが咳払いをしてそのように告げる。
エルトバの言葉とその瞳には有無を言わさない迫力があった。
彼としても楽団がノリに乗っている今というチャンスを逃したくないだろう。
「わ、わかりました」
歌劇場の支配人からの要望を突っぱねることなどできるはずもなく、私は頷かざるを得なかった。
自分で作った曲が人気になって、次から次へと曲作りを頼まれる。
そんな未来を想像するしかできない日々であったが、今はそれが現実となりつつある。
目指していた場所に手をかける位置にまでやってきた私だが、素直に喜ぶことは到底できない。
「どうしよう。前よりもすごい曲なんて絶対に作れない!」
自宅に戻った私はソファーに寝転がって一人で弱音を叫ぶ。
精一杯試行錯誤した末に作り上げた私の本当の曲は、エルトバに凡庸だと切り捨てられた。
私だけの引き出しで曲を作っても、悲しいことにマルローやエルトバだけでなく、観客すら満足させることはできないだろう。
しかし、次の曲も作るように頼まれてしまった。それを今さら断ることなんて到底できない。どうすればいいのか。
「そ、そうよ。また隣人が歌った曲をアレンジすればいいのよ」
隣人が歌う曲は様々で日によって変わる。それらをまたアレンジして曲を作ればいいんだ。
奏者として一人の作曲家としてプライドがないのかと言われるかもしれないが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。私は皆の期待に応える必要がある。
建前という名の心の防壁を作り上げた私は、隣人の方の壁に耳をそっと当てることにした。
こうして隣人がまた歌い出す瞬間を逃さないように。
●
練習会が終わって自宅に直行し、壁に耳を澄ませる生活をすることしばらく。
「歌った!」
ついに隣人が歌い出した。
隣人は夕方ごろに自宅に戻り、夕食を食べ終わるかといった時間に歌い出す。
それがわかっていたので夕方からずっと壁に張り付いていたら、ついに隣人が歌い出したのだ。それも前回歌ったものとは違う、聞きなれない歌だ。
私はその音を逃さないように意識を集中させる。
しかし、もっとも聴きたいと思った時に限って、隣人の歌声はボリュームが低い。
支配人やエルトバから求められている締め切りが近づいているだけに、それが酷くもどかしく感じる。
「なんで今日に限って控えめなのよ!」
いつもは壁に耳を澄ませなくても貫通してくるような大声で歌っているというのに。
マズい、このままでは歌が終わってしまう。
今日を逃せば気まぐれな隣人は次にまたいつ歌うかわからない。
ここはリスクを犯してでも歌を聴きにいくべきだろう。
私は急いで部屋を出て、隣人の扉に耳を当てる。
「~~♪」
すると、隣人の歌声が鮮明に聞こえる。
私はその一音やリズムを脳に刻み込むように聴き取る。
傍から見ると完全にストーカーだが、今はなりふり構っていられない。
歌を聴き終わったらすぐに部屋に戻るから問題ない。
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