独身奏者の災難
「では、今日はここまで。解散」
「「お疲れ様でした」」
指揮者であるエルトバより解散が告げられると、私を含めた奏者が一斉に声を揃えて礼をする。すると、各々は片付けの準備を始めた。
静かだった歌劇場のホールにざわざわとした音が響き渡る。
体力の有り余っている者たちは声をかけ合って、夕食に繰り出そうとしているようだ。
しかし、私にはそんな余裕はない。何せ昨日は迷惑な隣人のせいで、ロクに練習ができなかったのだ。
幸いなことに今日の練習で足を引っ張ることはなかったが、何度か危うかった部分があるのは事実。
「今日こそはちゃんと練習しないと……」
ヴァイオリンをケースに収納しながら私は更衣室へと向かう。
「カタリナ、ちょっといいかい?」
更衣室へと向かう廊下の途中で私は呼び止められる。
声をかけてきたのは指揮者であるエルトバ=ジュエルニクス。
ゆるくウェーブのかかった金糸のような髪を後ろで纏めており、優雅な雰囲気を醸し出している。
管弦楽団のリーダーであり、家柄良し、顔良しの不動の人気を誇るエースだ。
「は、はい! なんでしょう?」
突然、上司に呼び止められた私は、思わず背筋を伸ばしながら振り返る。
いくつかの小節でもたついてしまったことを注意されるのだろうか。
こわごわとしながら身構えていたが、彼の口からもたらされた内容は意外なものだった。
「カタリナ、君は以前から作曲に興味を示していたよね?」
「え? あ、はい!」
ただのヴァイオリン奏者として終わるつもりのない私は、作曲の方にも手を出していた。
曲を弾くだけの奏者と、自らの曲を作って弾くことのできる奏者。どちらが音楽家として大成するかなど明白だ。
事実、王都で活躍する有名な奏者のほとんどは、自らも作詞や作曲などを手掛けているものが多い。目の前にいるエルトバもそうだ。
どのような理由で楽器が弾けなくなるかわからない現状、仕事の幅は広ければ広いほどいい。
そんな思いもあってか、私は機会がある度にエルトバに作曲をさせてもらうように頼んでいた。
「次にやる演奏会の曲はうちの楽団でのオリジナル曲にしたくてね。普段なら僕が作るんだけど他の仕事で手一杯でね」
「もしかして、私に任せて頂けるのですか!?」
「いや、他の団員にも声はかけてある。だけど、採用されれば、演奏会で披露されることになる。そんな条件だけど、カタリナも参加するかい?」
さすがに無条件で決定というわけではなく、コンペ式らしい。
しかし、今までそのような挑戦などさせてもらえなかった。これは大きなチャンス。
「やらせてください!」
「わかった、期限は一週間だ。それまでに自慢の一曲を仕上げて欲しい。ジャンルは特に問わないよ」
エルトバはこくりと頷くと、
「ありがとうございます」
「作曲と平行するのは大変だろうけど、今週の演奏会の練習も欠かさないようにね」
「……は、はい」
オリジナル曲についての概要書を渡すと、エルトバはにっこりと笑って去っていた。
どうやら、今日の練習会で私がもたついてしまったことを、しっかりと把握していたらしい。恐ろしい聴覚だ。
優雅に去って行くエルトバを見送りながら、背中にひやりとしたものを感じた。
今週の演奏会の曲だって練習しなければいけないのに、作曲なんてやっている暇があるのか……。
いや、それでもやらなければいけない。
ここで頑張らなければ、次のチャンスはいつになるかも不明だ。回ってきたチャンスを無駄にしてはいけない。
「ここが踏ん張りどころよ、カタリナ=マクレール!」
弱気になりそうな心を叱咤するように声に出して、私は更衣室に向かった。
ここから私の音楽家として大成する道が開かれるのだ。
●
「ダメー! なんにも思いつかなああああああああああいー!」
自宅に籠って作曲作業にとりかかること六日。
私はなにひとつ曲らしいものを仕上げることはできていなかった。
紙に書きなぐられたのは曲にもならないような音の羅列ばかり。それを組み合わせたところで曲になるはずもない。
「あ、もう夕方!? やばい、そろそろヴァイオリンの練習もしないと! でも、ぜんぜん曲ができてないー!」
窓から差し込む夕日に気付いて慌てふためく。
こうしている内にも残り少ない時間は無情にも過ぎていく。提出日まであと半日も残っていないというのに。
作曲だけでも手一杯だというのに、普段の曲の練習もある。こんなのできるはずがない。
しかし、リーダーであるエルトバは他の楽器や指揮の練習をしながらも、いくつもの曲作りをしていると聞く。それと比べると自分の作業量など微々たるものだった。
「まだ何とかなる。夕食を抜いて、睡眠時間を削ればいいのよ」
そう、まだ時間はある。落ち着くのだ、カタリナ=マクレール。
何度か深呼吸をして気持ちを落ち着けた私は、防音の魔道具を発動させてヴァイオリンを手にとる。
まずは音を奏でるのだ。そこからじっくりとメロディを作ってしまえばいい。
こういうのは一度流れに乗ることができれば、スルスルと進むものだ。過去にいくつかの曲を作ったことからそのことはわかっている。
ゆっくりと集中して……
「~~♪」
曲作りの世界に入ろうとした寸前、またしても隣の部屋から歌声が聞こえてきた。
「また……」
騒音のせいで集中が途切れてしまい、イライラとした気持ちが募る。
しかし、隣人の歌を聴いていると、リズムがとてもいいことに気付いた。
ただの肉声なので詳しいメロディはわからない。
だけど、自分がメロディをつけるとすれば、こんな感じだろうか?
私は無意識のうちにヴァイオリンを弾いていった。
そして、気が付けば私の目の前には一つの曲が完成していた。
それは我ながらとてもいい曲だと自画自賛してしまうほど。
だけど、素晴らしい曲とは裏腹に私は素直に喜ぶことができなかった。
なにせ、私は隣人の歌っていた曲に勝手にメロディをつけただけなのだ。
勿論、そこには私なりの解釈やアレンジが加えられているが、これは他人の曲をモチーフにした盗作になるのでは……?
幼き頃から奏者の道を志してきた私は、古今東西のあらゆる曲を耳にしてきた。
暇さえあれば曲を聴き、有名どころからマイナーな音楽家の発表する曲に耳を傾けてきた。
だが、隣人の歌は、それらのどれにも当てはまらない。
音楽というのは文化であり歴史だ。構成されるメロディには必ずその土地や文化、独特のリズムが組み込まれている。
しかし、隣人の歌にはそれらの要素が見当たらなかった。
まるで、遥か遠い異国の歌でも聴いているかのようで……とにかく、洗練されており、新しかった。
「もしかして、お隣さんは有名な音楽家?」
などと推測してみるが、これほど斬新な歌を歌うものであれば既にどこかで有名になっているはずだ。王都で奏者としている私が知らないというのはあり得ない。
「……これはダメね。別の曲を作りましょう」
一人の奏者として他人の曲を盗作するなんてプライドが許さなかった。
私は出来上がった曲を端に置いて、次こそ自分の曲を作るために弦を握るのであった。
●
「ヤバい、寝坊した!」
夜遅くまで曲作りに勤しんでいた私は、寝落ちしてしまったらしく寝坊した。
幸いなことに今日の練習は午後からであるが、太陽の位置は既に中天。
もう団員たちは歌劇場に集まっていてもおかしくはない。
私はすぐに身支度を整えると、ケースにヴァイオリンと提出すべき曲を放り込み、
大急ぎで中央区にある歌劇場に向かった。
歌劇場にあるホールにやってくると既にほとんどの団員は揃っている。
慌てて更衣室へと向かうと、前方では今日もビシッと決めていたエルトバがいる。
「すみません、遅れました!」
「まだ全員揃っていないからそこまで慌てなくていいよ」
「ありがとうございます」
化粧もおざなりで髪もぼさっとしている私とは大違いで、身なりがしっかりと整っている。そのことが悔しく、自分が情けない。
「それより、作曲の方は今日が締め切りだけど出来上がっているかな? あれば確認したいんだけど」
「あ、はい! すぐにお渡しします!」
エルトバにそのように言われて、私は背負っていたヴァイオリンケースを開ける。
しかし、ここまで走ってきたせいで手が汗ばんでいたのか。
ケースを勢いよく開けてしまい中からヴァイオリンが転がる。
「おっと、危ない危ない。大事な楽器だ。大切にしてくれ」
「本当にすみません、ありがとうございます」
そのまま地面に叩きつけられるかと思いきや、すんでのところでエルトバが受け止めてくれた。
楽器は繊細なものだ。
地面に落下した衝撃で、どのような影響があるかわからない。咄嗟に受け止めてくれたエルトバには心から感謝だ。
「おっ、これがカタリナの作ってくれた曲だね?」
「はい」
ケースが開いた衝撃でどうやら曲を書いた紙まで落ちたらしい。
エルトバが紙を拾い上げて涼しげな瞳を流していく。
目の前で曲をチェックされ始めたことに私は驚いたが、このまま立ち去るような気にもならず固唾を呑んで見守る。
平然と曲を眺めていたエルトバであるが、もう一枚の紙を発見したのか興味深そうに捲る。
「おや? もう一枚?」
「え? あっ、それは――」
もう一枚混ざっていた曲。それは昨夜、隣人の歌を参考にして作った盗作紛いの曲だ。
どうやら今朝急いでいたあまり、一緒にケースに入れてきてしまったらしい。
私は咄嗟に回収しようと手を伸ばすが、エルトバによってそれは遮られる。
一枚目に見た時と違って、彼の表情はとても真剣そのものだ。興味深そうに忙しく視線が動く。
「……素晴らしい。一曲目の方は平凡だけど、こっちの曲はとても洗練されている上に斬新だ」
自分自身で作り上げた曲が酷評されたせいで顔が大きく歪みそうになるけど、何とかそれを堪えた。
「支配人や他の人にも見せるけど、多分カタリナの曲で決まりだよ。これならいける。よく頑張ったじゃないか」
それ隣人の歌を耳にして勝手にメロディをつけただけなんですけど……。
だけど、ここまで絶賛されてはそのように正直に言えるはずもなかった。
そのようなことを言えば、絶賛したエルトバに泥を塗る行為にもなるし、人の歌にメロディをつけた私も咎められることになる。
「あ、ありがとうございます」
そうした状況から私は表情を繕いながら礼を言うことしかできなかった。
あれだけ選ばれたかった作曲コンペであるが、今は選ばれないことを祈っている自分がいた。
そんな私の想いとは裏腹に次の演奏会のオリジナル曲は、私が提出した隣人の歌のアレンジ曲に決定した。
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