独身貴族は神と出会う
「……神だと?」
「うん、僕は神さ」
怪しむように言った俺の言葉に怯むことなく、地球の神と名乗る男性は胸を張って言った。
言っていること自体は荒唐無稽で実に胡散臭いが、そこに嘘をついているような仕草や騙すような意図は表面上では見えなかった。
「酷いな。僕のことを胡散臭いと思うなんて」
「心の声でも読めるのか?」
「ここは僕が創造した空間だからね。僕にできないことはないと言っても過言ではないさ」
神と名乗る男性はそう言うと指をパチンと鳴らす。
すると、何もない真っ白な空間が次々と景色を変えていく。
緑豊かな森の中、荒涼とした大地、深い海の中、果てには都内の風景へと。目まぐるしく風景が変わると、ようやく元の白の空間へと戻った。
「ほらね?」
「……そのようですね」
「あはっ、急に丁寧な態度になったね」
この男性が神様かそうじゃないかはおいておくとして、ここでの主導権を握っているのは確かだ。あまり失礼なことはしない方がいいだろうな。
「あなたが神様だとすると、どうして俺はここに来ることになったのでしょう?」
「君はついさっき倒れ、そのまま自宅で死んでしまったからだよ」
神に言われて改めて先程の状況を思い出す。
何となく予想はついていたが、やはり俺は死んでしまったらしい。
「せめてパートナーがいれば、自宅で誰にも発見されず孤独死するようなこともなかったんだけどね」
「余計なお世話だ」
神とやらが、妙に皮肉ちっくなことを言ってくるので思わず素の言葉が出てしまった。
思わずハッと我に返るが、神は苦笑いをしながら「素の口調でいい」と言ってくれた。
神にため口というのも違和感があるが、丁寧に話していては時間がかかるし、ここは甘えさせてもらうことにしよう。
「確かにあの時は危ない状況だったけど、誰かが近くにいて病院に搬送してもらえれば助かった可能性はあったんだよ? 結婚さえしていれば、こんなことにはならなかった」
「そういうリスクも承知の上で俺は独身でいたんだ。たとえ、虚しく孤独死しようとも悔いはない」
独身を貫くことでの大きなリスク。それは自身の健康だ。
たとえ、一人で生きていく覚悟と能力があったとしても、健康というものには抗えない。
自分が病気で動けなくなったり、怪我をしてしまえば、独身者は途端に身動きがとれなくなる。
病院に行くのも一苦労だし、今回のように倒れてしまっても誰にも気づいてもらえないのだ。
だが、そんなことは百も承知だ。将来を懸念して、好きでもない人と一緒に暮らすだなんてバカげている。
たった一つの保険のためにそれ以外の時間を台無しにされるなんて俺には我慢ならない。
ストレスを抱えながら誰かと過ごすよりも短命で楽しく過ごせる方がマシだ。
事実、俺は神とやらに死んだと言われても何も後悔はしていない。
三十五歳で死亡という平均寿命よりも遥かに早く死んでしまったが、自分の好きなようにストレスフリーに生きることができた。
俺はその結果に満足している。
「……君も筋金入りだね。こういう末路を辿った人は多少なりとも後悔することが多いのに」
そこで後悔するということは、心のどこかに結婚してでも長生きしたいという思いがあったのだ。冷静な自己分析ができていないそいつが悪い。
「ところで俺はどうしてここに呼ばれたんだ?」
「とある神が君のことをとても気に入ってね。君をここに呼ぶように頼まれたんだ」
「とある神というのは?」
「あそこにいる神さ。独神っていうんだ」
神が指をさした方向を見ると、そこには白い空間の中でポツリと佇む黒髪黒目の男性がいた。前髪はとても長く目元がやや隠れている。
あれが俺を気に入っている独神? フードを被っており、なんだか陰気なオーラを纏っている。
「……遠くないか?」
「そうだね。こっちにおいでよ」
地球神がそう声をかけるが、独神は首を横に振る。
自分が気に入って呼びつけるように頼んだのに、関わってこないってどういうことだ。
「本当にそれだよね。相変わらず彼は一人が好きなんだから」
「もしかして、独神というのは孤独を愛する神か何かか?」
「その通り。彼はとにかく孤独を愛する神でね。確固たる強い孤独の意思を抱いている君を気に入ったみたいなんだ」
地球神がそう言うと、独神がコクリコクリと頷く。
「…………」
しかし、彼は頷いただけで特に自分から何も話そうとはしない。
いや、ここは独神が俺をここに呼んだ流れを説明するところじゃないのか?
「……それで独神は独楽場君をどうしたいの?」
尋ねられると独神は地球神を呼びつけて、ぼそぼそと耳打ちをする。
この距離で実際に相手がいるのにどうして普通に喋らない。
「なるほど……どうやら独神は君を異世界に招待したいみたいだ」
「異世界というと、漫画やアニメにあるようなファンタジー世界か?」
「その通り。独神の管理する世界は現代日本とは違ったスキルや魔法といった力が存在し、魔物といったファンタジックな生き物が棲息している世界……だったよね?」
地球神が確かめるように言うと、独神はこくこくと頷く。
どうやら進行役はこのまま地球神がやってくれるらしい。
「本来なら人は転生する際に人格や記憶はリセットされてしまうのだけど、君の場合はリセットされずに独神の世界で生まれ変わることになる」
異世界への転生というやつか。死ぬ前に観ていたアニメが、ちょうど異世界転生系だったのでおおよそは理解できる。
「なるほど……もし、仮に生まれ変わることを断ったらどうなる?」
「そうなった場合は君の魂は塵になるね。既に輪廻転生の輪から外れてしまったから、君という存在が生まれ変わることはなく無になるよ」
サラッと恐ろしいことを言う地球神。
死んだという事実に変わりはないし、どうあがいても現代日本で蘇ることはない。
だとしたら、独神の世界への生まれ変わりを受け入れるのが正解か。
「神の気まぐれで人の子を振り回すのも申し訳ないから、君に異世界で暮らしていけるように力を優遇してくれるそうだよ」
「それはさっき言ったようなスキルや魔法とやらの力か?」
「うん、そうなるね」
「それはどんな力でもいいのか?」
「与えられる力に限度はあるけど、可能な限り叶えると独神は言ってるよ」
「力を貰うにあたって色々と質問をしたい。少し時間を貰ってもいいだろうか?」
「構わないよ」
俺の質問に地球神と独神はしっかりと頷いた。
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