独身貴族は宝具を買う
昨夜は投稿ミスをしてしまいました。まだ前話を見ていない方はお手数をおかけしますが前話からお願いいたします。
警備員の横を通り過ぎると、店内はたくさんのガラスケースが並んでいる。
古めかしい店内の造りとは裏腹に、設置されているガラスケースやその中に収まっている宝具はとても綺麗で整理整頓されていた。
指輪タイプ、腕輪タイプ、ネックレスタイプとジャンル別がされており、壁には武具タイプの宝具が掛けられている。
手前にあるものが生活や身の回りで使えるものであり、奥へ行けば行くほど物騒なものになってい
た。
【研ぎ師の腕輪】
装着することで、研ぎの腕前がプロ級になる。
研げるものは剣から包丁まで幅広い。
【投擲の指輪】
投擲物の飛距離が格段に伸び、コントロールが上がる。
なお、この宝具でも運動音痴までは解決できない。
【ねじ込みトンカチ】
たった一回打つだけで綺麗に釘を深くまで刺すことができる。
大工作業の効率化におすすめの一品。
【指弾】
装着した指を弾くと、小さな衝撃砲を放つことができる。
なお、威力はデコピン程度の模様。
ガラスケースの中にある宝具の傍には、それらの名前と効果を示すカードが置かれている。
生活に密着したものから、仕事に使えそうな工具、戦闘の補助具みたいなものもあったり、最後の宝具のように何に使うんだというようなものまで幅広い。
それらはとても魔道具では再現できないような未知のものばかり。
「いいな」
宝具コレクターである俺からすれば、この店は博物館や玩具屋のような感じだった。
「うわぁ、相変わらず宝具って高い」
「当然じゃ。そいつらがどれだけ汎用性の高い効果を持っていようが、まったく使えないようなゴミみたいな効果のもんだとしても宝具は宝具だ。それらは現代科学や魔法技術では到底再現できん。よって価格が釣り上がるのは当たり前なんじゃ」
宝具を眺めて呻いたトリスタンの言葉に答えたのは、奥から出てきた一人のドワーフだ。
ずんぐりとした体型に小さな手足。豊かな髭を蓄えているのが特徴。
つい先ほどまで鑑定でもしていたのか銀縁モノクル眼鏡をかけている。
この人はアルデウスの店長をやっているグワンだ。
グワンはダンジョンで発掘された宝具の鑑定や管理、売買なんかをしている。
ダンジョンで産出されたばかりの宝具は未知のものが多く、鑑定スキルと宝具に対する多くの知識が必要となるからだ。
ダンジョンで宝具を手に入れた冒険者が、鑑定に出さずに使用して壊滅した。
などという事故を起こしかねないので、見つけたばかりの宝具は絶対に使用せずに鑑定するのが常識だ。
「しかし、またお前さんか。三日前も来ていただろうに」
「別にいいだろう」
宝具との出会いは一期一会だ。いつ便利で素敵な宝具が入荷してくるかわからない。
その時に手に入れられないことほど悔しいことはない。
「そっちこそ今日も客がいないみたいじゃないか」
店内を見渡すとガランとしており、客は俺たちしかいない。
「安心しろ。うちにはバカみたいな値段の宝具を買っていく男がいるからな」
「それってジルクさんの事じゃないですかね? 一体、どれだけ買ってるんですか?」
「少なくとも二百以上の宝具は持ってるぞ。ワシの店以外でも買い漁っているはずじゃから三百くらいあるじゃろ」
「さ、三百!? ジルクさんのどこにそんなお金が……」
まじまじとこちらを見つめるトリスタンの視線が鬱陶しい。
「顧客情報の流出をするな」
この店のコンプライアンスはどうなっているんだろう。顧客の売買記録を勝手に教えるんじゃない。
「それよりもグワン。なにか新しいのは入ってるか?」
「……あるぞ。お前が好みそうな奴が」
「見せてくれ」
どうやら今日は新しい宝具が入荷しているようだ。
グワンのお墨付きだけあって俺の心が高まる。
トリスタンやグワンは足しげく通う俺に呆れていたが、こういうことがあるから頻繁に顔を出さずにはいられないのだ。
グワンに付いていくとカウンターの奥から、一つのケースを取り出す。
革で包まれたケースをグワンが開けると、中には金色の酒杯が入っていた。
非常に綺麗な光沢を放っており、酒杯には曇りが一切ない。
黄金のようにキラキラとした色合いではなく、上品な輝きだ。
軽く覗き込んでみると、中まで金色だった。
酒杯タイプの宝具は見たことがあるしいくつも持っているが、それと比べるとこれはシンプルな見た目をしている。
縁が広がっていたり、宝石が付いている様子もないし、装飾だってない。
それなりに宝具を見てきたつもりだが、皆目見当がつかなかった。
「これにはどんな効果があるんだ?」
「『湧け』」
俺がそのように問いかけると、グワンは酒杯を手にして一言。
すると、酒杯の底から水が湧いてきて、パチパチと音を立てた。
よく見てみるとただの水ではなく、泡のようなものが湧き上がっている。
「まさか炭酸の湧き出る宝具か!?」
「そうじゃ。【泡沫の酒杯】という」
グワンが酒杯から、ただのグラスへと炭酸水を移す。
俺はそれをじっくりと眺めてから口にした。
口の中で弾けるパチパチした感じ。間違いなく炭酸水だ。
「いくらだ?」
炭酸水を呑み終えた瞬間に尋ねた。
この世界には炭酸が湧くという不思議な泉があり、そこからいくつか炭酸が輸出されてはいる。
が、それらは滅多に手に入るものではなく、個人で気楽に楽しめるようなものではなかった。
だけど、これさえあれば気楽に家でも炭酸水が味わえるだけでなく、ジュースを炭酸で割って多種類のカクテルを作ることができるのだ。
「ええ? 買うんですか? ただの炭酸水の湧く酒杯ですよね!?」
しかし、トリスタンにはそういった使用方法は思いつかないようで、そんなバカなことを言っていた。とりあえず、横にいる愚か者は無視だ。
「で、金額は?」
「三千万ソーロだ」
「買った!」
グワンがそれなりの値段を提示してきたが、俺は即座に購入することに決めた。
懐に入れている小切手を即座に取り出し、そこに必要な情報を書いていく。
それを見てグワンは酒杯を丁寧に布で拭って、ケースへと収めてくれる。
「はぁっ!? ええ!? ジルクさん、三千万ですよ!? 場所さえ選べば、王都で家を建てられますよ!?」
「たった三千万でいつでもカクテルが作れるようになるんだ。安い買い物だ。それにこれを元手にしてバーを開くことだってできる」
そういった個人的な道楽も兼ねているが、この宝具はそれ以上の使い道もあり、未来の保険にだってなり得る。
仮に自分でバーを開くことがなくても、これを貸し出し、あるいは譲渡してカクテルレシピを教えれば、それなりのお金だって手に入れることができるだろう。
「どうやらお前さんには、これを有効利用できる道が見えているみたいじゃの。持ってけ」
「ああ、貰っていく」
グワンは宝具屋の店長であるが、売り払う相手をきちんと選ぶ。
彼だって生粋の宝具マニアだ。自分が売った宝具は有効利用してくれる方が嬉しいのだろう。
「お金がないって嘆く部下の前でこんなものを買うなんて嫌みですか!?」
「知るか。金欠なのはただの自己管理不足だろうが」
こういった大きな買い物でさえも躊躇う必要がないというのは素敵なことだな。
家族や嫁がいれば、自分たちの生活を落としてまで買う必要があるのか、そんなものを買うくらいだったら私や子供のために貯金してなどと問い詰められるだろう。
しかし、独身者は自由だ。
勿論、自由というのには責任が付きまとう。
一人で生きることを覚悟し、きちんと計画を立てなければいけない。
そこに関わる者は自分ただ一人。
いざという時の責任やリスク回避はしっかりと考えなければいけないが、それさえ十分にできていれば自由だ。三千万ソーロほどの買い物にだって躊躇うことはない。
「さて……」
「飯ですね?」
「いや、帰る」
「ええええええ!? 奢ってくれるんじゃないんですか!?」
「三千万ソーロもする宝具を持ち歩く気にはならん」
さすがに俺でもこれだけの高価格の宝具を持ってウロウロしたくない。
「本当はさっさと家に帰って使ってみたいんでしょう」
「……否定はせんな。外食ならまた今度付き合ってやるから許せ」
トリスタンがじとっとした視線が突き刺さるがスルーして俺は一人で歩き出す。
「まあ、いくら見てくれが良くて金を持っていようと、あんなんじゃ結婚はできないわな」
「そうですね」
後ろの方でそんなぼやきのようなものが聞こえたが聞こえないフリをした。
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