独身貴族は第三王子に頼まれる
オークキングを討伐した翌日。俺はいつも通りに工房へとやってきた。
フロアに入ると、トリスタンをはじめとする部下たちからの挨拶が飛んでくるので適当に返事してデスクに向かう。
「そういえば、昨晩街が妙に賑わってませんでしたぁ?」
「確かに大通りだけでなく、飲み屋街の方も人が多かったですね」
「そうだったんです? 私は昨日早上がりだったので知りませんでした」
「めちゃくちゃ人が多かったんですよ! お陰で昨日は外食するのも面倒になって帰っちゃいました」
「なにかお祭りでもあったんでしょうか?」
「ねえ、ジルク。なにか知らない?」
カバンを置いて、上着をハンガーに掛けているとルージュが尋ねてくる。
「オークの群れが討伐されたからな。冒険者ギルドから大量の肉が卸されて、周囲の飲食店が賑わっていたんだろう」
オークの皮は皮鎧などの防具に使用されるが、それ以外の部分は使い道がほぼない。
しかし、食肉としての価値は高いので、オークやハイオークを狩った冒険者の多くが肉を売り払ったのだろう。
「ってことは、ハイオークやオークジャネラルの肉が売ってるってことですか!?」
「もしかすると、キングの肉も売ってるかも!」
俺の言葉を耳にして、トリスタンとパレットが勝手に盛り上がる。
「残念ながらキングの肉は市場にもレストランにもないぞ」
「え? もう売り切れたってことですか?」
「そもそもほとんど市場に流れていないからな」
オークキングの肉は俺が七割、エイトたち残りの冒険者に二割ほど分けており、一割をギルドに卸してやった。
オークキングの肉が稀少で美味しいことは冒険者たちも知っている。
食に興味のない奇特な奴以外は祝勝会ですべて使っただろう。
となると、残っているのはギルドの所持している一割であって、それらを多くの業者が奪い合うことになったはずだ。
肉片の一片たりとも市場に流れるようなことはないだろうな。
「えー! そんなの手に入らないじゃないですか!」
「キングは無理でもジャネラルならありますよね?」
パレットが瞳に僅かな希望の光を灯して尋ねてくる。
「……一日経過していることを考えると怪しいな」
キングには劣るもののジェネラルの肉も中々の美味しさだ。
そのことをよく知っている仲卸業者はすぐにジェネラルの肉を買い占めている。
ジェネラルも巨体とはいえ、討伐されたのはたった三体だ。王都の富裕層の胃袋を満たすにはいささか数が足りないだろうな。
「じゃあ、残ってるのはハイオークの肉だけですか。それじゃあ、いつもと変わらないですよ」
「まあ、いつもより安くハイオークの肉が買えるって考えればいいんじゃないかな?」
すっかりとしょげた様子のパレットをトリスタンが慰める。
そういった高級品は富裕層が金とコネを使って強引にでも手に入れるからな。
平民に回ってくることはほとんどない。
「にしても、昨日は休暇だったのにやけに詳しいわね?」
相変わらずルージュが鋭い。
「……討伐には俺も参加させられたからな」
「へー、珍しい! ジルクって一人で黙々と素材集めとか討伐に向かう、こういった大規模な討伐依頼には参加しないでしょ?」
「確かに!」
「どんな人とパーティーを組んだんです?」
「誰とも組んでない。一人だ」
問いに答えてやると、パレットをはじめとする他の従業員たちが気まずそうな顔になった。
「あっ……聞いちゃいけないこと聞いちゃった」みたいな雰囲気をしている。
不愉快だ。
「冒険でも一人なのね」
「冒険だからこそ一人なんだ。誰とも知らない奴に自分の命を預けられるものか」
そんな俺の主張を聞いて、ルージュは呆れたようにため息を吐いた。
独神の加護を抜きにしても、他人に命を預ける行いが俺には信じられない。
少しのミスが、予期せぬ他人の行動が自分だけでなく、パーティーの危機に直結する。
自分のミスで死ぬならまだしも、他人のミスで命を落としでもしたら悔やみきれないからな。
「ですが、一人でも参加することに意義がありますから」
「そうですね。オークキングが出現したということは、かなりの数のオークがいたということになります」
サーシャとイスカがフォローするように言うが、別に俺は気にしていないので余計な気遣いだな。
「ジルクさんはどれくらい討伐したんですか?」
「雑魚を三十体くらいとキングを一体だな」
「へー、三十体以上――って、キングですか!?」
「ああ、キングだ」
「そ、そそ、それってジルクさんがたった一人で倒したってことですか?」
「そうだな」
俺はそのことを証明するためにマジックバッグからオークキングの魔石を取り出した。
「これがオークキングの魔石!?」
「……魔力の純度がかなり高いですね」
「後学のために見ておけ」
パレットとイスカがこちらのデスクに寄ってきて、オークキングの魔石をじっくりと観察する。
これだけ大きくて魔力の質がいい魔石は稀少だ。
さすがに二人に任せることはできないが、今後のために魔力の流れなどを見ておくのは悪いことじゃない。
「オークキングってAランクの魔物ですよね? それをお一人で討伐されるなんて……」
「まあ、Sランクの魔物を一人で倒してるし、ジルクからすれば余裕でしょう」
サーシャはともかく、ルージュはオークキング以上の魔物を何度も討伐しているのを知っているから驚くこともない。
「あっ! キングの肉が市場にない本当の理由がわかった! ジルクさんがほとんどの肉を独占してるからだ!」
「正解だ」
「ズルいです! 俺にもください!」
「もうちょっとマシな物言いをできんのか」
「靴を舐めればいいですか?」
「やめろ。気持ち悪い」
それは卑屈過ぎだろうが。
他人に靴を舐められて喜ぶ輩が一体どこにいるのやら。
それで喜ぶと思うトリスタンの思考が理解できない。
妙な迫り方をしてくるトリスタンから距離を取ると、不意に工房の扉が開いた。
視線を向けると、先日王城に向かう際にやってきた使者の男だった。
嫌な予感しかしない。
「失礼いたします。ジルク=ルーレン様、ジェラール第三王子がお呼びです」
突然の使者の言葉に平民であるトリスタンとパレットはわかりやすいくらいにたじろいだ。
「クーラーの追加生産ならまだ無理だ。もう少し待て」
「いえ、本日は別件かと」
「別件?」
クーラー以外の用件でジェラールに呼び出されるようなことはないと思うのだが。
「詳しいお話はジェラール様がなされるかと。申し訳ありませんが至急王城までご同行をお願いします」
開いている扉の奥を見ると、既に王家の紋章の入った豪華な馬車が待機している。
こちらの都合などお構いなしだ。着いたらすぐに文句を言ってやろう。
「そういうわけで少し行ってくる。お前たちはいつも通りに作業を進めておけ」
「ええ、わかったわ」
ルージュが返事をするのを聞くと、俺は使者に促されるままに馬車へと乗り込んだ。
「涼しいな」
馬車の中には涼しい空気が漂っていた。
「ジルク様が開発してくださった小型クーラーを設置致しました」
座席の後ろを見ると、使者の言う通りに小型クーラーが設置されていた。
しかし、以前はあった座席を撤去して設置しているので、馬車の中が少し狭くなっている。
さすがに馬車専用のクーラーを作っている暇がなかったので、馬車に設置するためのアドバイスをしたが本当に実行するとは。
俺と使者が座席に腰かけると、御者の男が鞭をしならせてゆっくりと馬車を動かした。
「ジルク様のお陰でお客様の送迎が快適になり、見苦しい姿をお見せすることもなくなりました。ご助言ありがとうございます」
「拙い助言だったが快適になったのであればよかった」
使用している本人はとても快適そうであり、客人からの反応も良いようだ。
やや強引とはいえ、馬車にクーラーがあるのと無いのとでは雲泥の違いだからな。
とはいえ、これは美しくないな。
豪奢な馬車の内装と小型クーラーの外観が見事にミスマッチしている。
前世で自動車に搭載しているクーラーを知っているからか、この機能美を損なった馬車を見ていると我慢できない。
「落ち着いたらできるだけ小型化し、王家の馬車の品格を損ないように調整してみよう」
「本当ですか!? よろしくお願いします!」
使者も思っていたのだろう。ハッキリとそのことを口にはしないが、かなり喜んでいる様子だった。
いずれはルーレン家の馬車にも搭載することになるんだ。どうせ作ることになるなら恩を売っておいて損はない。
そんな風にとりとめのない会話をしていると、俺たちの馬車は王城へとたどり着いた。
「今回は結構です」
前と同じように宝具を外してマジックバッグに詰めようとしたところで騎士から声をかけられた。
「いいのか?」
「ジェラール様からそのように命じられておりますし、ひとつひとつ確認していると日が暮れそうなので」
「わかった」
前回は事前に王城に行くとわかっていたので宝具を減らしていたが、今日は突発的な命令だったので減らしていない。そう言ってもらえると非常に助かる。
そんなわけで俺は宝具やマジックバッグを所持したまま王城に入ることに。
案内されて中央塔の四階まで移動すると、使者の男が二枚扉をノックした。
「ジェラール様、ジルク様をお連れしました」
「入れ」
中に入ると、広々とした応接室が出迎えた。
以前はフカフカの赤い絨毯が敷かれていたが、今回はウールのような真っ青な絨毯へと変わっていた。
テーブルやソファーも以前は色艶のある重い色合いものが多かったが、カーペットに合わせた落ち着いた色合いになっていた。
部屋の端には中型クーラーが設置されており、ヒンヤリとした空気を出している。
そんな涼しい部屋の中央にあるソファーでジェラールはワインの入ったグラスを片手に寛いでいた。
ジェラールの元に近づいていくと、使者はすぐに扉を閉めて退出した。
「随分と急な呼び出しだな?」
「すまんな。ちょっと急な用件があったものでな。とりあえず、座ってくれ」
俺が予定を崩されるのが嫌いであることをジェラールはわかっている。
それでも呼び出さなければいけない用件があったのだろう。
「で、急な用件っていうのはなんだ?」
「オークキングの肉を売ってくれ」
「帰る」
「おいおい、ちょっとした世間話じゃないか! そんなすぐに機嫌を悪くするなよ!」
ソファーから立ち上がろうとすると、ジェラールが慌てて引き止めてくる。
いつもならそれくらいの会話にも応じてやるが、今は悪手だ。
「こっちは急に呼び出されてイライラしてるんだ。用件があるならすぐに話せ」
「わかった! すぐに話す!」
真剣な顔で言うので渋々腰を下ろすと、ジェラールは改まるように咳払いをした。
「実は俺に婚姻の話がきてな」
「ほう、確か二人目だったか?」
「三人目だ。お前、間違っても俺の妻の前で間違えるなよ?」
王族は子孫を絶やさないために何人もの妻がいる。
誰が何人の妻を娶っているかなんて興味のないことを把握できるわけがない。
「お前の妻たちは会わないようにする」
「気を付ける部分が間違っているが……まあいい」
「ちなみにどこの国なんだ?」
ジェラールはこの国の第三王子。王位継承権も高く、婚姻の相手ともなるとそれなりの国の王女でなければ釣り合いがとれない上に、互いにメリットもないからな。
「オスーディア海洋国だ」
以前、エルシーが干物を仕入れた国であり、漁業や養殖業といった水産業の盛んな海洋国だ。
「オスーディアか……ジェラールを生贄にすることで豊富な海産物が入ってくるなら悪くない」
「生贄とか言うな。というか、相手が嫁入りしてくるんであって俺が婿入りするわけじゃないぞ」
「わかってる」
ジェラールがよその国に行こうが、王女がこちらに嫁いでこようが興味がないのでどうでもいい。俺にとって重要なのは両王家の結びつきによってもたらされる繁栄だからな。
「今回の縁談相手であるユーフィル王女とは一度も会ったことがなくてだな」
じゃあ、会いに行けと切り捨ててやりたいところだが、魔物の蔓延る世界では王族が他国に行くということはリスクが大き過ぎるので滅多に行われない。結婚式当日に初めて顔を見たというケースも珍しくもないほど。
「別に俺はそのことに慣れているんだが、ユーフィル王女はまだ幼い上に初めての国外だから不安に思っているようなんだ」
「それで?」
「ユーフィル王女の不安を解消するためにジルクにはオスーディアに行ってほしい」
「意味がわからん。どうして俺が行くことになる?」
外交官ならともかく、うちは魔道具作りを生業としている家系だ。
あくまで自国の貴族を相手とした交流ならこなしてみせるが、文化や常識の違う他国との貴族、王族と交流を行えるほどのノウハウはない。
その上、ユーフィル王女の不安を取り除けだと? できるわけがない。
どれも俺が不得意としているだ。ジェラールがなぜに俺を送り込もうとしているの意図が不明だった。
「ジルクには写真を撮ることのできる宝具があるだろ? それで俺の写真を撮って送れば不安が解消されると思ってな」
「逆にそれでユーフィル王女が絶望するかもしれないぞ? こんな男と結婚するハメになるのかと」
「生憎だがそんな心配をするほど醜い顔立ちはしていない」
さらりとした金色の髪をかき上げながら堂々と言い放つジェラール。
顔は小さく整った目鼻立ちにきめ細やかな肌。それに自身に満ち溢れた表情。
好みのタイプの違いはあれど、ジェラールの顔を見て不細工だと言う人間はいないだろうな。
「まあ、それもそうか。昔から王族は権力や財力にものを言わせて美男、美女を取り込んでいる。そこから生まれる子供が美男美女なのも当然か」
「おい、ジルク。言い方が悪いぞ」
ジェラールが突っ込みを入れてくるが、事実を言っただけなので詫びるつもりはない。
「とりあえず、お前の意図は理解した。だが、写真を撮って送ってほしいなら適当な外交官に渡して手紙と一緒に送らせればいいだろう」
「そうしたらユーフィル王女の写真は誰が撮るんだ?」
「お前は顔も会わせずに結婚するのに慣れているんじゃないのか?」
「そりゃ俺だって前もって顔が見られるのならば見たい」
「…………」
「それに先方には大型クーラーを贈るつもりなんだ。開発者であるジルクが設置してもらった方が万が一の責任もないだろ?」
俺がジトッとした視線を向けると、ジェラールは慌てたように言う。
「そういうわけで頼む!」
「こんなことのためにわざわざオスーディアまで行かねばならんのか……」
なぜよりによって独身である俺が、他人の婚姻のために手を尽かさなければいけないのだろうか。エイトとマリエラの時といい、俺に変な流れがきている気がする。
「おいおい、一応俺はこの国の第三王子であり、ジルクの友人でもあるんだぞ?」
「本当の友人ならば、身分を盾にしてお願いなどはしないし、友人の嫌がることはさせないはずだ」
「それは本当にすまん。だが、今後のことを考えるとオスーディアとの繋がりは重要なんだ。なんとしても婚姻は成功させたい」
ジェラールが頭を下げて頼んでくる。
国同士の政治的な問題は知らないが、ジェラールの口ぶりからして重要なのだろう。
さすがにここまで真剣に頼まれてしまっては断ることもできないな。
ジェラールはこの国の王子だ。借りを作っておいて損な相手ではない。
「はぁ、タダでは引き受けんぞ?」
「ああ、今回はジルクには大きな苦労をかける分、それなりの報酬を用意するつもりだ」
「なにをくれる?」
「オスーディアの宝具だ」
「ほう」
「相手方にはジルク=ルーレンが無類の宝具好きだと伝えておこう。ジルクがあちらの国に向かうだけで、もてなしとの一つとして宝具を貰えるはずだ」
「悪くないが、もう一押し欲しい」
別に俺の財力を持ってすれば、あちらの国に行かなくても手に入れられる手段はいくつかある。なんなら俺個人がオスーディアに向かい、貴族や商人を相手に交渉して宝具を買いにいってもいいくらいだ。提示される報酬としては些か安い。
どうせなら通常の手段では手に入れることのできない宝具がいい。
「ぐっ、だったら城の宝物庫に貯蔵してある宝具でどうだ!?」
「いいだろう。ならば、イカサマトランプを貰いたい」
「……なんのことだ?」
王家が所有している宝具の中から具体的に指定すると、ジェラールが眉をピクリと動かした。
平静を取り繕おうとしているが、明らかに動揺しているな。
「惚けるな。手札を意のままに変換、あるいは入れ替えるトランプ型の宝具があるだろう?」
「……どうしてそれを知っている? 王家の中でも限られた者しか知らない宝具だ」
「以前、貴族との遊戯で使っているのを見てな」
高貴な者たちは意見が対立した際に遊戯で決着をつける場合がある。
それはボードゲームであったり、トランプであったりと種類は様々なのだが、王家はその中でカードゲームがとりわけ強いとされている。
異常な勝率を誇る王家に違和感を持った俺は、何度かトランプによる対決に同席して観察させてもらった。そして、その強さの秘密が宝具だと見抜いた。
「参考までに気付いた理由を知りたい」
「捨てられた種類のカードの枚数が合っていなかった。イカサマをする時は残っているカードの種類と枚数を記憶しておくことを勧める」
見抜いた理由まで述べてやると、ジェラールは観念したように背もたれに背中を預けた。
「はぁー、相変わらず宝具に対する執着心が異様だぞ」
宝具はロマンだからな。
「で、どうなんだ?」
「幸いなことにそれなら三つあるから一つを特別に譲ってやろう」
「では、宝物庫に行こう」
「いや、わざわざ行く必要はないんだが……」
「俺が見に行きたい」
宝物庫には他にも数多の宝具が陳列されている。
中に入れる機会なんて滅多にないので、どうせなら見に行きたい。
「言っとくがこれ以上の追加は無しだからな?」
「わかっている。見るだけで十分だ」
「相変わらずお前は宝具が好きだなぁ」
面倒くさそうに立ち上がるジェラールの後ろを俺は付いていった。
新作はじめました。
『異世界ではじめるキャンピングカー生活〜固有スキル【車両召喚】はとても有用でした〜』
異世界でキャンピングカー生活を送る話です。
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