独身貴族は祝勝会に参加しない
エイトたちと合流した俺は、王都のギルドに戻ってきた。
エイトや他の冒険者たちは無事にオークジェネラルたちのいる巣穴を壊滅させることができた。それぞれが同時に奇襲を仕掛けたお陰か群れ同士で合流されることもなく、一方的な展開で殲滅することができたようだ。僅かに負傷者はいるものの、死者はゼロ。
俺も無傷でオークキングをはじめとするハイオークやオークを討伐することができたので、今回の緊急依頼は大成功と言えるだろう。
ギルドで討伐を証明するために遺骸や魔石の提出をし、受付嬢に詳細な報告をする。
それをギルド側が精査して、後ほど報酬が支払われるのを待つだけだ。
ロビーで待機していると、エイトたちがやってくる。
「まさか、本当にオークキングを討伐するとはな!」
「信じていなかったのか?」
「べ、別にそういうわけじゃないぞ?」
「でも、早くジャネラルを片付けて、ジルクが苦戦してるか見に行ってやろうぜって言ってたわ」
「おい、バカ! それは言わない約束だろ!?」
マリエラが口を挟むと、エイトが慌てた様子で人差し指を立てる。
「……そんなしょうもないことを考えていたのか」
「オークキングが相手ならジルクの珍しい表情が見られると思ったんだがなぁ」
「まさか、俺たちよりも早く片付けられるとは驚いた!」
エイトが残念そうにし、ガウェインが豪快に笑い声を上げた。
珍しい姿を見る以前に、エイトたちが介入してきた時点で独神の加護が発動し、俺は大きく身体能力が下がっていただろう。さすがにシャレにならないのでやめてほしい。
やはり、自分以外の誰かと討伐依頼に赴くのは俺にとってリスクでしかないな。
「にしても、ジルクさんってやっぱり強いのね。一人でオークキングを倒せるなんて最早Bランクじゃないでしょ」
「……ランク詐欺」
「別にオークキングを倒せるBランクがいてもいいだろうに」
Bランクだからといって、そこに収まる実力でなければいけないことはない。
マリエラとカレンにランク詐欺などと言われるのは心外だ。
「実際のところジルクはなんでAランクじゃないんだ?」
情報の整理をしている受付嬢にエイトが尋ねた。
すると、受付嬢は言いにくそうにしながらも口を開く。
「そ、そのAランクに昇格するには実力だけでなく、有事の際には他の冒険者を束ねるリーダーシップ、他パーティーとの連携といった協調性が必要になりますので……」
「ああ、そりゃジルクには無理だ」
「無理ね」
受付嬢の答えを聞いて、エイトとマリエラはすぐに同意するように頷いた。
「別に無理ってわけじゃない。やりたくないからやらないだけだ」
「別に強がらなくてもいいんだぜ?」
「そもそも俺は貴族であり、魔道具師として自分の工房を持っているんだぞ?」
生まれながら屋敷には使用人などの部下がおり、ある程度の人員を動かせるほどの采配を持っている。それでいて工房にはトリスタン、ルージュをはじめとする部下がおり、そいつらを上手く使いこなしながら楽に仕事を進めている。それはリーダーシップやコミュニケーション能力がなければできないことだ。勝手に協調性が無いと烙印を押されるのは不愉快である。
「それもそっか! ってことは、私たちなんかより人の扱いには慣れてるってことじゃん!」
「そういうことだ」
「じゃあ、どうしてそれを冒険者で発揮してくれないんですか!?」
こくりと頷くと、受付嬢がテーブルから身を乗り出すような勢いで言ってくる。
なんだか表情がとても必死だ。
「やる必要がないからだ」
俺は一人が好きなんだ。誰かと一緒に行動したり、合わせたりするといった行動は好きじゃない。工房でのリーダーシップはそれが魔道具師として生きていくのに必要だからやっているだけに過ぎない。逆に、それほどの理由がなければやりたくないことなのだ。
「ギルドマスターからは早く昇格させろとせっつかれますし、よそのギルドからは実力のある冒険者に不当な評価や扱いをしているなんて言われるんですよ!?」
「別に俺は一人でも冒険者としてやっていけるし、Aランクにそれほど興味もない。ギルドマスターやよそのギルドにそう伝えておけ」
「うう……」
「集計が終わっただろ。早く報酬を渡してくれ」
職員たちの動きでオークキングの素材の査定が終わっているのはわかっている。
半泣きになっている受付嬢から緊急依頼達成によるもろもろの報酬金を受け取ると、マジックバッグに仕舞った。
報酬を貰った以上はこれ以上ギルドに留まる意味はない。
そのままスタスタと出入口へ歩いていくと、エイトが慌てて声をかけてくる。
「おい、ジルク! どこに行くんだ!?」
「家に帰る」
「祝勝会は?」
「参加しない」
「えー! オークキングを討伐した主役が帰るってどういうことなのよ!?」
マリエラの声に呼応するように他の冒険者たちが口々に文句の声を上げる。
こんな大人数で食事をするなんてゴメンだ。
絶対に家に帰って一人で食事をした方が美味しいに決まっている。考えるまでもない。
「オークキングの肉はハイボールの方が合うからな」
脂の旨みが強いオークキングの肉はさっぱりとしたハイボールで味わうのが一番だ。
ギルドの酒場でハイボールなんて味わおうものなら冒険者共にたかられて、ハイボール製造マシンへと成り果てるだろう。
「ハイボールで味わうとかズルいぞ! 俺もジルクの家に連れてってくれ!」
同じ食の嗜好をしているからだろう。エイトは目を輝かせて言ってくる。
「ダメだ。他人は家に入れない主義だ」
家族だろうと同性の友人だろうとそこは曲げられない。
あのアパートの一室は何者にも侵入を許さない俺の聖域なのだから。
「エイトまでいなくなるなんてダメなんだからね!?」
「いたた! マリエラ、痛いって」
断られてもなお行きたそうにしているエイトの頬をマリエラが指で引っ張る。
妻を含んだ食事会よりも、俺との食事会に強い興味を示したが故の嫉妬だろうな。
さすがにエイトも地雷を踏んだと判断したのか冷静になったようだ。
「なら今度のキャンプで焼いてくれ!」
「それ相応の酒を用意するならな」
「絶対だぞ?」
「ああ」
日を改めて二人で食べることを約束すると、エイトは嬉しそうな笑みを浮かべた。
冒険者ギルドを出ると、途端に周囲が静かになる。
いかにギルドが騒がしかったかよくわかる。
空に浮かぶ太陽が傾きつつある。ゆっくりとしていると帰り道が混雑してしまう。
俺は足早にギルドから自宅へと向かうのだった。
●
自宅へと戻ってきた俺はすぐに夕食の準備を開始する。
本日のメインとなるのはオークキングの肉だ。
オークやハイオークの肉は屋台でも串肉として売っており、大衆食堂でも料理として提供されることも多く、市場などで安価に買うことができる。
しかし、オークキングの肉となるとそうはいかない。
キングを称する上位種の魔物であり、普遍的に棲息しているわけはないので高級レストランでも滅多に仕入れることはできない代物だ。
そんな稀少なお肉が俺のキッチンの上に鎮座していた。
「美しい色合いだ」
一般的な豚肉やオーク肉に比べると、赤身が濃く、ルビー色に輝いている。
分厚い脂肪の下に筋肉がギュッと詰まっているからだろう。きめ細かい肉質を惚れ惚れするほどの美しさだ。
今回食べるのはロース肉。
どっしりとしたブロック肉を持ち上げてみる。
「それに張りもある」
通常のブロック肉は持ち上げると自重で肉が垂れてしまうのだが、オークキングの肉は身が引き締まっているからか垂れることはない。
「早速、調理していくか」
事前にギルドの解体所で可食部となる肉をカットしてもらっているので、いちいち切り出す必要はない。というか、オークキングは巨体なので家で解体など不可能だからな。
まずは付け合わせだ。タマネギの皮を剥いてスライス、ニンジンを食べやすい大きさにカット、舞茸をむしっておく。
付け合わせの準備ができると、オークキングの肉に塩、胡椒をかけていく。
分厚くかなり大きいために塗り込んでいくのにもひと苦労だな。
脂身の部分にまでしっかりと下味をつけると、脂身を少しだけ削ぎ落してコンロで加熱している大人の鉄板の上に載せる。脂を溶かすと、そこにスライスしたニンニクを投入。
ニンニクがキツネ色になり、脂の旨みと風味が移ったところでオークキングの肉をトングで掴む。
かなりの重さがあるので持ち上げるのだけでひと苦労だな。
重量感のある肉は慎重に大人の鉄板の上に載せた。
ジュウウウッと脂の弾ける音が鳴る。
「いい音だ」
通常ならこのままじっくりと焼くだけでいいのだが、なにせ今回の肉はかなり大きくて分厚い。さすがに大人の鉄板をもってしても内部にまで火を浸透させることは難しいため、今回は蓋を被せて蒸し焼きにすることにする。
蓋を被せるとややくぐもった焼ける音が響く。これはこれで悪くない。
蓋を被せたことで内部の熱が逃げることなく、じっくりと浸透していく。
そんな工程を想像するだけで涎が垂れる思いだ。
十五分ほど加熱すると、蓋を開けて様子を見る。
肉の表面はこんがりと焼けている。肉の旨みが油に溶けており、香ばしい匂いだ。
今すぐに食べてしまいたいくらいの香りであるが、その巨大さ故にまだ内部は焼けていない。
付け合わせの具材を投入し、トングで裏返しにして表面にハーブを載せると、もう一度蓋をして弱火でじっくりと加熱。同じように側面も焼いてやると完成だ。
オークキングの肉や他の具材を大皿に移すと、そのままダイニングテーブルへ持っていく。
「酒はハイボールだな」
ステーキに合うのは赤ワインなのだが、今日のステーキの巨大さと脂身の多さを考えると赤ワインでは物足りないかもしれない。
量が量なのでここは少量の赤ワインと合わせるよりも、爽快に脂を流せるハイボールやエールの方がいい。
素早くグラスを用意すると氷を入れて、丁寧にウイスキーを注ぎ入れる。
【泡沫の酒杯】で炭酸水を生成すると、氷の隙間から注ぎ入れて、ゆっくりとマドラーでかき混ぜると完成だ。
すべての準備が整った俺はいそいそと席についた。
ナイフとフォークを手にすると、その巨大な肉の解体に取りかかる。
オークキングの肉はその分厚さとは裏腹にナイフがあっさりと通った。
僅かな弾力をナイフから感じながら切り分けると、外側はこんがりとしており、中かたは上品なピンク色の肉が露出した。
「おお、いい色だ」
自らの焼き加減に満足しつつも、早速と切り分けた肉を口に運ぶ。
「……美味い」
大きさからは想像できない柔らかさだ。赤身からは力強い甘みと旨みを感じる。
脂身にはしつこさがなく、まろやかなで上品な甘さをしていた。
味付けは塩、胡椒、ハーブといったシンプルなものだけだったが、オークキングの肉はそれで正解のようだ。濃厚な肉の旨みと甘みがあるので、それだけで十分だ。
外側のカリカリに焼けた表面は香ばしい。その対比として内部のしっとりとした柔らかい
身が引き立っているように思える。
このような焼き方ができるのは、この分厚い大人の鉄板だからだろう。
並のフライパンでは肉の表面を焦がすか、中まで火を浸透させることができなかったに違いない。
付け合わせのタマネギはシャキシャキとしており、肉汁の旨みをしっかりと吸っている。
ニンジンも柔らかく、蒸し焼きにされたお陰か甘みが凝縮されていた。舞茸は独特な風味を感じさせつつも、肉汁と絡んでおり美味しい。
具材を食べると、再びオークキングの肉に戻る。
切り分けているにもかかわらず、一切れ食べただけで口の中がいっぱいだ。
もっと小さく切り分けることもできるが、この肉を食べるにはこれくらい豪快な方がいい。
噛めば噛むほど内側から肉汁が溢れてくる。
前に食べたドラゴンステーキは肉の旨みや力強さ、荒々しさといったものを感じたが、オークキングの肉は旨みと甘みが絶妙なバランスタイプ。共にタイプが違うのでどちらが美味しいなどといった評価はつけられないな。
口の中が旨み、甘みで満たされたところでハイボールを呑む。
スッと喉の奥を過ぎていく爽快感。仄かな薫香のあるハイボールが口の中の脂を流し去り、清涼な味わいをもたらしてくれた。
「最高だな」
オークキングの肉を大人の鉄板で焼いたらどうなるのか?
その解はもっと美味しくなる。
肉を美味しくできる調理器具で、美味しい肉を調理すれば美味しいに決まっているだろう。
具体的に検証をするために今から普通のフライパンでオークキングの肉を焼いたりするのは野暮というものだ。少なくとも今すべきことではない。
やりたくもない依頼だったが、この美味しさが味わえたことを考えるとこなした甲斐があるというものだ。
こればっかりはお金があるからといって、いつでも食べられるわけではないからな。
そんな稀少な肉をほぼ独り占めにできる。これは単独で討伐したからこその特権だ。
「やっぱり、討伐も一人でするに限る」




