独身貴族は寄り道をする
すみません、1話抜けてました。こちらが先の話となります。
歌劇場で得たインスピレーションをひたすら書きなぐっていると、工房内に夕日が差し込んできていた。
この時間になると親に子供の面倒を見てもらっているルージュがそわそわとする。
前も遅くまで付き合わせてしまったし、この辺で切り上げるか。
「今日はこの辺りにしておくか」
「それじゃあ、お先に失礼するわね。お疲れさま!」
やはり、早く帰りたかったのだろう。ルージュは手早くデスクを片付けると、すぐにカバンを肩にかけて出て行った。
「ジルクさん、飯でも行きませんか?」
自分もデスクを片付けて帰ろうとすると、トリスタンがやってきてそのように言った。
「お前、この間は男二人で行ってもしょうもないとか言っていただろ?」
俺は確かに覚えている。
焼き肉屋に行こうとなった時に、トリスタンは俺と二人になるなりそう述べたたことを。
「そ、そんなこと言いましたっけ?」
「……帰る」
「ちょちょちょ待ってください。今、金欠なんです。ジルクさん奢ってください!」
イスから立ち上がって帰ろうとすると、トリスタンが脇目も振らずに泣きついてくる。
「どうして金がないんだ。お前には見習いとして十分な金を払ってやってるだろう?」
トリスタンには魔道具師の見習いとしての給料をしっかりと払っている。
勿論、見習いなので高給とはいかないが、それなりに贅沢をしても金欠にはならないはずだ。
俺が問いただすと、トリスタンは気まずそうにしながら、
「え、ええと、キャバクラでお気に入りの子にプレゼントしちゃって……」
「……帰る」
魔道具を作るため、あるいは素材加工の練習のために消費していたならまだしも、店の女に貢ぐなど愚か者過ぎる。
「わあー、ごめんなさい! でも、たまには奢ってくれてもいいじゃないですか! 可愛い従業員を助けると思って! 俺、ジルクさんと飯に行ったことないんですよ!?」
「むむ……」
そういえば、そうだった気がする。トリスタンとは三年の付き合いになるが未だに飯に行ったことがない。というか、その大事な機会を潰したのはトリスタン自身なのであるが、そこは敢えて突っ込まないでおこう。
あんまり臍を曲げられて業務に支障が出ても面倒だ。夕食代くらい出してやるか。
トリスタンは態度こそアレな部分はあるが、しっかりとやることはやっているしな。
部下を労うのも上司の役目か。
「……しょうがない。連れてってやる」
「本当ですか!?」
「ああ」
「まさかジルクさんが本当に奢ってくれるなんて! わーい、すぐに用意します!」
トリスタンの中で俺はどれだけ冷徹な人間になっているのか。
はあ、これだから人間関係というのは面倒くさい。
快適な魔道具を作り出して、十分な収入構造が得られたら一人で優雅に暮らしたいものだ。
◆
トリスタンと夕食に行くことになった俺は、王都の中央区を歩く。
「俺、ニクビシの焼き肉が食べたいです!」
「却下だ。俺はこの間行った」
「ええっ!? 行ったって誰とですか? もしかして、ジルクさんのいい人ですか?」
焼き肉屋に行ったというだけで、どうして誰かと行ったことになるのか。どうして女がいることになるのか。トリスタンの思考回路がわからない。こいつの頭の中の回路は混線しているのかもしれない。
「なんでそうなる。一人に決まってるだろう」
「ええ? 焼き肉屋に一人で行ったんですか?」
「悪いか?」
「いや、悪くはないですけど焼き肉屋って皆でわいわい楽しむ場所らしいじゃないですか」
「別に一人で楽しんでもいいだろう」
「ま、まあ、それはそうですけど……」
焼き肉というスタイルを始めて三か月しか経っていないはずだが、もうそのような悪しきイメージが定着しつつあるのか。
時期尚早とは思っていたが、これは店長に早めに一人焼き肉スタイルを勧めるべきかもしれない。
いや、いっそのこと一人焼き肉専門店を出させるか?
王都にいる独身者のためにも居心地よく楽しめる焼き肉屋を作らなければ。
「ニクビシがダメならどこにしましょうかね。そうだ、ジルクさんのおすすめの店に連れていってくださいよ」
「いいだろう」
トリスタンに変な店を選ばれて付き合わされるよりも、俺が好きな店に入る方がずっといい。
さて、どの店にするべきか。最近できた白ワインと貝料理の美味しい店か。それとも砂漠の国のスパイス料理専門店か。
通りを歩きながらどの店に行くか考えると、不意に行きつけの宝具店が目に入った。
「悪い。少し宝具店に寄らせてくれ」
「うええ、マジすか。ジルクさん、宝具店に入ると長いんですよねー」
素材の買い出しの途中に付き合わせたことが何度もあるが、そこまで長居はしていない。
ぶうたれるトリスタンを無視して、俺は宝具店『アルデウス』に入る。
趣のある扉を開けると、チリンとした軽やかなベルの音が鳴る。
最初に俺たちの視界に入ってきたのは大柄な男だ。
黒い全身鎧に禍々しい角が生えたヘルメットを被っている。肌の露出はまったくなく、身体の全てが防具で包まれている。
腰にはトマホークが下げられており、背中には大剣が背負われている。
身長は二メートル近くあり、立っているだけで威圧感があるな。
彼はアルデウスを守る警備だ。
「ひええ、いつ見てもあの人はおっかないですね。なんか見ているだけで寒気がするっていうか」
「あいつは呪いの宝具マニアだからな」
一度つけると二度と取れない仮面、精神を汚染してくる怨念のこもった斧などなど。
装備することによって装備者に大きなデバフを与える宝具のことを呪いの宝具。
装備者にデメリットを与える危険極まりない宝具であるが、そのリスク以上の大きなメリットを備えているのも呪いの宝具の特徴だ。
そのリスキーで尖った能力に魅了されるマニアもおり、彼はそんなマニアの一人だった。
「道理で寒気がするわけですよ。呪いの宝具なんてつけてて平気なんですか?」
「…………」
「あれ? 聞こえてますー?」
トリスタンが警備員に話しかけるが、彼は反応をしない。
「そいつに喋りかけても無駄だ。呪いの宝具のせいで喋れないからな」
俺がそのように説明してやると、トリスタンは警備員に頭のおかしい者を見るかのような視線を向けていた。
「……やっぱり、宝具好きな人って頭のネジが飛んでる」
「それは俺に対しても言っているのか? そんな呪い宝具マニアと一緒にするな」
宝具は好きだが、さすがに呪いの宝具まで好んだりはしない。
物によっては、夜中に勝手に動き出す宝具もあるらしい。
さすがにそこまで管理はしきれんからな。
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