独身貴族は一人で帰りたい
「今日はお忙しい中、ありがとうございました」
「こちらこそとても有意義な会話ができた。感謝する」
カタリナがステージからいなくなり、食事も終えると食事会はお開きだ。
俺とナルシスは握手をすると帰り支度をする。
「帰りも馬車でお送りしますよ」
「少し夜風に当たりたい。帰りは結構だ」
気持ちのいい音楽と食事を楽しんだのだ。この余韻は一人で帰りながら味わいたい。
「わかりました」
そう返答すると、ナルシスは特に気にした様子もなく頷き、次に帰り支度を整えたカタリナへと寄っていく。
「カタリナ嬢も本日は素敵な演奏をありがとうございました」
「フォトナー子爵のお頼みとあれば、いつでも参りますわ」
「夜も遅いことですし、帰りはうちの馬車で近くまでお送りしようと思いますがいかがでしょう?」
ナルシスはそう提案すると、カタリナは動揺の表情を浮かべてこちらを盗み見る。
ゲストとして招いているカタリナをナルシスが送るのを当然の成り行きだ。
ここで避けたいのは俺たちが同じアパートに住んでいるのがバレること。別にカタリナとは断じてそういう関係ではないが、同じアパートに住んでいるだけで妙な邪推をされるかもしれない。そんなのはまっぴらごめんだった。
……俺は独りで歩いて帰る。だから、お前は馬車に乗ってナルシスに送ってもらえ。
そんな意図を込めて鋭い視線を込めると、カタリナはこくりと頷く。
「お心遣いありがとうございます。ですが、今日は少し夜風に当たりたく歩いて帰ろうかと思います。住んでいるところもここから近いですから」
なんでそうなるんだ! 大人しく馬車に乗っておけばいいものを!
「おや? カタリナ嬢も歩いてご帰宅ですか?」
「え」
「さすがにこの時間に女性を一人で帰すわけには……」
ナルシスがそう言ってこちらへと振り返る。
嫌な予感がする。
「ジルク様、申し訳ありませんがカタリナ嬢を家の近くまでお送りいただくことは可能でしょうか?」
そんなの真っ平ごめんだ。
そう言い放ちたいが、ナルシスの掲げた大義名分を跳ね返してしまえば俺は外道といった評価を受けてしまうだろう。
「そうだな。万一があってはいけない。そういうわけで、私が同伴することをお許しください、カタリナ嬢」
「冒険者としても名声の名高いジルク様が一緒であれば安心ですわ。お願い致します」
恭しい態度で言うと、カタリナはお淑やかな笑みを浮かべて頷いた。
ナルシスや店員たちに見送られて俺とカタリナは並んで歩いて帰る。
そのまま通りを曲がって、ナルシスたちが見えなくなるなり俺はため息を吐いた。
「どうして俺がお前と一緒に帰らなければならん」
「それはこっちの台詞よ!」
「お前が大人しく馬車に乗って帰っていれば、こんなことにはならなかった」
「あなたが一人で帰りたいと思って気を利かせてあげたのよ! だから馬車に乗らなかった!」
どうやらあの時の俺の視線を馬車に乗るなと言うように受け取ってしまったようだ。
「さすがの俺もそこまで酷いことは……しないとも言えないな」
カタリナのような女であれば、一人で歩いて帰れと言ってしまうかもしれない。
「ほら!」
「俺のことはさておき、ナルシスのような男が夜道を女一人で帰らせると思っているのか?」
「そ、それは……」
彼の中でカタリナを一人で帰さないことは絶対という価値観だ。
カタリナが馬車にさえ乗っておけば問題はなかった。仮に同じ馬車に乗ることになっても、男の俺は適当に仕事を思い出したとか、買い物があるとか理由をつけて抜けることができたからな。
「まあ過ぎたことは仕方がない。とりあえず、帰るぞ」
「……ええ」
別にこいつも悪気があってナルシスの馬車を辞退したわけじゃないんだ。最悪な結果は回避できたことだし、そこまで腹を立てることでもない。
人通りの少ない夜道を俺とカタリナが歩く。
こんな夜更けに並んで歩いているところを見られるのが嫌なのか、カタリナは周囲をキョロキョロと確認しながら、少し後ろを付いて歩いていた。自意識過剰な女だな。
俺の役割はこの女をアパートまで無事に送り届けるだけだ。まったく知らない人間ってわけでもないので気を遣って話しかける必要はない。特に会話を振ることもなく無言で歩いていく。
「ねえ」
すると、カタリナが声をかけてきた。
話したい気分でもなかったので無視をしていると、カタリナがカツカツと靴音を立てて服を掴んできた。
「ねえってば!」
「なんだ?」
「歩くのが早い! こっちはヒールなの!」
そう言われて視線を落とすと、カタリナはヒールを履いていた。
俺とカタリナでは足の大きさも歩幅も大きく違う。非常に面倒だが役割を果たすためにはペースを合わせざるを得ないのか。
「悪かった」
「わかればいいのよ」
ああ、ただ歩くだけだというのに他人に合わせなければいけないのが苦痛だ。
歩くことくらい好きにさせて欲しい。
「ねえ」
「今度はなんだ?」
今度はきちんとカタリナの歩く速度に合わせているし、文句を言われる覚えはないのだが。
ややうんざりしたように振り返ると、カタリナがもじもじとしながら言う。
「……私の弾いた曲、どうだった?」
「それを俺に聞くのか?」
楽曲の元になるのを提供した俺に。
「だ、だって、ところどころアレンジしてるから……」
アレンジを加えているがため元の曲を知っている俺の感想が気になるようだ。
「確かに俺の故郷の曲とは微妙に違ったが、特に気にならなかったな。というか、ああいう柔らかい音色も出せるんだな」
「フン! 誰かさんが私の弾く曲は柔らかさが足りないとか言ってたからね!」
俺の指摘をずっと根に持っており、練習していたようだ。
ご苦労なことだ。
「とはいえ、ローラには敵わないがな」
「うるさいわね!」
「だが、まあ悪くなかった。お前の奏でる音はいつも想像の上をいく。これからも演奏を楽しみにしているぞ」
「と、当然よ! 音を再現するだけじゃ二流もいいところだしね! その曲に込められた意図を理解し、自分なりに表現するのが私たちの仕事だもの!」
ジンプルな感想を述べると、カタリナはなぜか頬を赤く染めながら言い張った。
そうだな。真似るだけならある程度の技量があればできる。
そこにカタリナという奏者の解釈が入るから面白いのだろうな。
「ところで、フォトナー子爵とは何の話をしてたの?」
音楽の話で調子に乗ったカタリナがそんなことを尋ねてくる。
「……ゲストで呼ばれた奏者がそれを尋ねるのか?」
「別に言いたくなかったらいいけど……」
などとは言っているものの、カタリナの顔を見ると明らかに不満そうだ。
ああいった場に呼ばれた者は、客たちが何を話していたか尋ねない、聞いたとしても外に漏らさないのがマナーなのだが、別にそこまで秘密にすることでもない。
「次の写真展についての話をしていた」
「次ってことは、あの写真展もう一度やるの?」
「いつになるかはわからんが、そのつもりだ」
「ふうん、まあそれなりに面白かったしいいんじゃない? ローラや他の楽団員たちも楽しんでいたし、見に行けなかった子とかは残念そうにしてたから」
「展示会では魔物の写真が人気だったと聞いていたが、やっぱりそうなのか?」
随分と上からの評価が気になるが、今はそんなことより実際に会場を訪れていたカタリナの感想が気になった。
「え? ああ、そうね。私たちは外では無力だもの。仮に出たとしても大勢の護衛に囲まれての移動になるから、あんな風に魔物の姿をじっくり見たのは初めてだったから」
「そういうものか」
俺は外でも散歩感覚で出歩けるので気にしたこともなかったが、やはり大勢の人にとっては外を自由に歩き回ることはできないらしい。
「だからって他の写真に人気がないってわけじゃなかったわよ? ケヅールの写真なんてとても綺麗だったし、普段目にしている王都の風景も親しみがあって好きだったわ」
「そうか」
特に聞いてもないのに写真の感想を語り始めるカタリナ。
この女の感想によって俺の撮る写真に影響があるわけではないが、写真を始めて目にした人間の感想が新鮮だったのでとりあえずは耳を傾けておいた。
新作はじめました。
『異世界ではじめるキャンピングカー生活〜固有スキル【車両召喚】はとても有用でした〜』
異世界でキャンピングカー生活を送る話です。
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