独身貴族は奏者を代えたい
チェンジで……そんな言葉が喉まで出かかったが何とか堪えた。
急遽会食の時間を指定してきた俺のためにナルシスがわざわざ手配してくれたんだ。
さすがの俺もそんなことは言えない。
「あの令嬢が新進気鋭の奏者なんだな?」
「はい! カタリナ嬢はヴァイオリン奏者として有名なだけでなく、音楽会の歴史をひっくり返すほどの名曲を生み出し続けている天才作曲家でもあるのです! 特に最近の彼女の活躍は目覚ましく、音楽会の誰もが注目している方といっても過言ではございません!」
「ほう、ヴァイオリンの演奏だけでなく、それほどに素晴らしい曲も作れるのか……」
ナルシスの大讃美と俺の感想を聞いて、カタリナがダラダラと冷や汗を流しているのが見えた。
こちらに流れている金額からかなり儲けていることは知っているが、俺の提供した曲を作って随分ともてはやされているらしい。
「カタリナ=マクレールと申します。本日はよろしくお願いいたします」
俺のジトッとした視線を無視し、見事な愛想のある笑みを浮かべて一礼。
そして、ヴァイオリンと弦を構える。
あんな奴でも一応はプロだ。
楽器を構えると、カタリナは動揺を見事に引っ込めて奏者としての顔になった。
ゆっくりと弦が動き、優美な音が奏でられる。
「……綺麗な音色ですね」
「ああ」
曲自体は控えめで穏やかなもの。明るいものや激しい曲が好きな人からすれば物足りないかもしれないが、レストランではお客が食事と会話を楽しむための場所だ。
奏者はBGMとして心地良い曲を演奏しなければならないので、これくらい穏やかな曲がいいのだろう。
弾いている曲はもちろん俺が教えたもの。前世でも人気のある曲だったが、強烈な技巧が随所に盛り込まれており、難曲として挙げられる。それをいとも簡単に弾いてみせるとは、さすがはプロだな。やはり演奏の腕はいいらしい。
「それでは乾杯いたしましょう。」
演奏が始まってしまえば、誰が弾いていようが気にならなくなる。
俺は音色には耳を傾けながら意識からカタリナを除外することにした。
グラスを軽く合わせ、赤ワインで喉を潤す。
「この度はジルク様の工房で息子と雇っていただきありがとうございます」
ブルスケッタや野菜を摘んで胃袋を落ち着かせると、ナルシスがそんなことを言ってきた。
この食事にイスカを同席させなかったのは、イスカのことを聞きたかったからだろう。
ナルシスがどのような意図を込めて言ったのかは不明だが、俺の中で一つだけは言っておかないと気が済まないことがある。
「……決してナルシスの息子だからといった理由で採用したわけじゃない。実家に頼まれて、ただ使えそうだから雇ってみただけだ」
「おお、それは私としても嬉しいことです。イスカはジルク様のお眼鏡に叶ったということですから」
きっぱりと忖度していないことを告げるとナルシスは害された様子はなく、むしろ嬉しそうに笑みを浮かべていた。
捉えようによっては、そう捉えることもできるか。
「そうだな。とはいっても要求ラインのギリギリだったがな……」
「イスカに魔道具師としての才能はありますか?」
ナルシスがおそるおそるといった様子で尋ねてくる。
イスカを同席させなかったのは率直な意見を聞きたかったからだろう。
だとしたら遠慮する必要はないな。まあ、いたとしても遠慮することはないが。
「現段階では判断しづらいが、少なくとも努力する才能はあるように思う」
イスカがうちにやってきた当初の実力では、氷魔石の均一化の課題は困難といえるレベルだった。
少なくとも本当に魔道具師を目指していなければ、匙を投げてしまうくらいに大きな壁だ。俺やトリスタンが助言したとはいえ、その困難を打開する程度には努力をして乗り越えることができた。今は未熟とはいえ、魔道具師になるための努力ができるのであれば才能の有無は関係無しに魔道具師にはなれるように俺は思う。
「そうですか。才能がないようであれば諦めさせるつもりでしたが、ジルク様がそう評価して頂けるのでしたら続けさせる価値はありますね」
ナルシスの意外にドライな呟きに俺は少し驚いた。
「逆に才能がなければ辞めさせるつもりだったのか?」
「ええ、才能がないのにやらせても時間とお金の無駄ですから」
低い物腰と柔らかな笑顔を浮かべているが、クリエイターとしての判断は厳しいようだ。
芸術一家だからこその教育方針なのだろう。
所詮は他人の家のことだ。
それに対して俺があれやこれやを言う権利もないし、言うつもりもない。
どちらかと言うと、俺はナルシスと同じ考えを持っているタイプだからな。
好きだからといって、誰でもその職業につけるわけではない。
「まあ、これは私の教訓なのですけどね! 私は芸術一家に生まれながら、あらゆる芸の才に恵まれませんでしたから」
「だから、芸術家を上手く使いこなす側に回ったんだな?」
「ご名答です。我が一族は芸術一家だけあって、そういう方面は疎く、面倒くさがる方が多かったので入り込む穴があったというわけです」
ナルシスからはあまりクリエイターといった雰囲気を感じられなかった。どちらかと言うと、プロデューサーや営業といった雰囲気だ。
芸術一家に生まれながら、あらゆる芸の才がないというのも苦労してそうだが、今はプロデュースする側で遺憾なく才を発揮しているので楽しそうだな。
「私の身の上話は端に寄せておくとして、私やフォトナー家のことは気にせず、これからもイスカに厳しくご指導をお願いします」
「わかった」
元からナルシスの息子だからとって配慮するつもりは微塵もなかったが、ここでは黙って頷いておくのが作法というものだ。
「さて、息子についてはこの辺りにしておきまして、お次は本題である写真展に移らせていただきます」
「ああ、あの後も写真展は好調だったのか?」
本格的にクーラーの製作、販売の準備と忙しくなり、あれから一度も写真展には足を運んでいなかったので、その後の推移は把握していない。
「はい、大盛況でございました。ジェラール王子殿下やラフォリア王女殿下だけでなく、多くの貴族の方にも足を運んでいただきました」
「……そうか」
多分、俺の開いている展示会だから興味本位でやってきたのだろうな。わざわざ王族が城を出てやってくるとはご苦労なことだ。
「それで一つご相談なのですが、ラフォリア王女殿下からいくつかの写真を買い取りたいと言われております」
あの不気味な王女の趣味は剥製収集だけかと思ったが、こういった芸術品の収集にも興味があったようだ。
面倒な奴が欲しがったものだ。思わず舌打ちしたくなったが、さすがに不敬なので心の中で留めておいた。
「ラフォリア王女殿下はどの写真を欲しがっている?」
「目玉となっていたケヅールの写真です」
あの王女、よりによって一番苦労して撮ったお気に入りの写真を望むとは……。
その気になれば突っぱねることもできるが、クーラーの追加製作を待ってもらっている状態で蹴るのも憚られる。
多分、それがわかっていてあの王女は欲しがっているのだろうな。
「ラフォリア王女殿下が所望しているとあらば、お譲りしないわけにはいかないな」
「あの素晴らしい作品を売ってしまうのは悔しいですが、王族の方が所望したとあっては仕方がありませんね。ラフォリア王女殿下が買い上げたと知ると、それに便乗して他の貴族も買い上げを名乗り出る場合もございます」
ナルシスがそう言うということは、会場で買い取りについて尋ねるものたちが何人もいたということだろう。
「そもそも写真にはどのくらいの値段がつくものなんだ?」
芸術作品は時代や買いたいと思う者の価値によって値段が決まる。
さすがに素人の俺では判断のできない領域だ。
「美術品の値段を決めるのは、『美的な価値』『稀少性』『需要と供給のバランス』の三つが基本とされています。ただ美的な価値は文化圏によって違い、あやふやなところがありますから、残った二つが大きな要因となります。これらの写真はジルク様の所有している宝具でしか撮ることができず、それでいて有限です。以上のことから稀少性はかなり高いと判断し、王族、貴族、商人から求められており、需要も高
いことから値段は名画に劣るものではないと推測します」
「そこまでか……」
「あとはオークションなどにかけてみれば、さらに値段は跳ね上がることでしょう。欲しい人が多ければ多いほどに価値は上がりますから」
「随分と悪い笑みを浮かべているな」
「お金なくして芸術活はできませんから」
「気に入っている写真はダメだが、それ以外の写真であれば売ってもいい」
独りで撮って、独りで見返すだけのつもりだったが、一枚の値段がそこまで跳ね上がる可能性があるのであれば、いくつかは売っていい。
むろん、気に入っている写真を売ってまでお金が欲しいわけではないので、値段は釣り上げられてもそこは曲げない。別にそこまでお金に困っているわけではないからな。
「ただ、知らない奴等を相手に交渉するのは面倒だ」
「ご安心ください。そういった面倒事の対応はすべて私がいたしますので」
「わかった。いくらか手数料を引く代わりに、そういった交渉の全てを任せる」
「ありがとうございます」
ここまで面倒事をやらせるのであれば、ナルシスに手数料を払うのは当然だ。
面倒な雑事はすべて丸投げで、俺は写真を撮るだけでお金が入る。
ナルシスは俺の撮ってきた写真を上手く活用し、展示会、販売などをして自らの利益を上げる。
互いにストレスのない俺たちの関係はwinwinだと言えるだろう。
「作品のタイトルをこちらにリスト化しておきました。売却可能なものだけにチェックをお願いします」
そう答えると、ナルシスはカバンから書類の束を取り出した。
各写真にタイトルをつけているのは俺なので、タイトル名を見ればどのような写真かは思い出せる。
実に準備がいいものだ。俺は売却しても構わない写真にペンでチェックをつけて、リストをナルシスに返却した。
「ジルク様、もう一度写真展を開くつもりはございませんか?」
リストをカバンに戻すと、ナルシスはそのようなことを提案してくる。
写真展については既に開催が終了している。
評判が良かったとのことなので、ナルシスはもう一度写真展を開きたいと考えているようだ。
「それは同じ写真を使い回すわけじゃなく、新しい写真が欲しいということか?」
「はい。できれば、次は魔物の生態を中心としていただけると嬉しいです」
「魔物の写真か?」
「ジルク様のような冒険者ではない限り、多くの人たちは魔物の姿をじっくり見ることはできません。写真に写る魔物の姿は来場者にとってとても刺激的に見えるようです」
そういえば、会場でもケヅールの写真の他には、多くの子供や貴婦人が魔物の写真のところに集まっていたように感じた。
俺だけでなくずっと会場の様子と客の反応を見ていたナルシスが言うのであれば、間違いはないだろう。
ここ最近はカメラにも触れておらず、王都にこもりっぱなしでちょうど外に出たいと思っていた。前回は動物や自然背景を中心に撮影をしていたので、魔物を中心に撮影してみるのも面白い。
「いいだろう。ただ少し時間がかかるかもしれないが構わないか?」
相手はなにせ魔物だ。
【擬態外套】があるとはいえ、接近することは大きなリスクだ。撮影する難易度は動物よりも遥かに高い。それなりに枚数をすぐに用意できる保障はできない。
「危険を承知でお願いしていることですから急かすつもりはございません」
「助かる」
そのことを伝えると、ナルシスはこくりと頷いてくれた。
「真面目な話はこれくらいにして後は食事と音楽を楽しみましょう」
ステージに視線を向けると、カタリナが何曲目かわからないが違う曲を弾き始めていた。
これだけ会話をしていてもまったく気にならなかった。
歌劇場では違う距離感で聴く音楽も悪くはない。




