独身貴族は音楽を楽しむ
チラシに書かれている簡易的な地図を頼りに劇場へと向かう。
俺が散歩していた場所からそう離れていない場所に劇場はあり、十分もかからない内に到着した。
中央区からやや北口にある王都歌劇場。
純白の壁をした四階建ての建物であり、淡い緑色の屋根をしている。
高位の貴族の屋敷と見紛うような荘厳な造りで、かなりの建築資金がかけられていることはすぐにわかった。
その入り口に吸い込まれるように入っていくのは、いずれも上質な服を身に纏う者たち。
恐らく王都に住む富裕層の者がほとんどだろうな。
遠目に見ている市民も歌劇場を眺めはするものの、荘厳な建物や入っていく富裕層に委縮気味だった。
まあ、ああいう建物に入ったことがないと緊張するものだ。
俺も最初はそうであったが、こういうものは慣れだ。
幸いなことに今日は三つ揃えを着てきているので歌劇場に入っても浮いたりはしない。
それにお金だってちゃんと持っているしな。こういうのは度胸だ。
ハイソな者たちの流れに乗るように俺も歌劇場へと足を進める。
中に入ると床一面が白の大理石だった。とても艶やかで上を歩いている人の服装がわずかに映り込むほど。
奥にはチケット販売のカウンターと入場口がある。
カウンターでチラシを見せると、すぐに管弦楽団のチケットを用意してくれた。
席は既に埋まりつつあるのか空いているのは後ろの方だけだった。
席料は三千ソーロからで、プレミアム席などは十万ソーロ以上もする。
高いところは随分と値が張るものだ。それほど演奏する者が良く見え、音の聴こえがいいということなのだろう。
とはいえ、俺はチラシに書いてある管弦楽団のファンというわけでもないので、オーソドックスな後ろ目の席にしておいた。
預けるような手荷物もないのでスムーズに発券手続きが終わり、従業員によってホールへと案内された。
中に入ると、円を描くようにホールがあり、その周りをぐるりと取り囲むように席が並んでいる。二階、三階、四階にも席があり、二階プレミアムシートなどは本当に舞台との距離が近かった。
舞台には赤い垂れ幕が降りており準備中の模様。
俺はチケットの番号と列を見ながら、自らの席に座る。
ホールにはそれなりの数の人がいるのだが不思議と静寂さがある。
歌劇場にきている者の教養の高さというものを感じるな。これはいい。
しばらくゆったりしていると、アナウンスがされてホール内の灯りが消えていく。
それに伴い垂れ幕が上がり、ぽっかりと照らし出された舞台に次々と奏者が入場してくる。
奏者は人間、獣人、リザードマン、エルフ、ドワーフといった様々な種族であり、性別や体格もバラバラ。そのシルエットの違いが面白い。
奏者はそれぞれの席に座ると、己が楽器を構えだす。
ヴァイオリンやチェロ、コントラバス、フルート、トランペットなどは前世でも見たことがあるが、この世界独自の楽器も混ざっているようだ。
形はホルンのようであるが管がかなり伸びており、背中にまで巻き付いているものもあったり、通常のものよりも遥かに長くカスタマイズされたトランペットなども見受けられた。
それらの未知の楽器がどのような音を奏でるのか非常に楽しみだ。
奏者全員が舞台のイスに着席すると。最後に指揮者らしいエルフの男性が入ってくる。
すると、観客席から拍手が鳴って前列から黄色い声が上がった。
指揮者を目当てに来るものもいるのだな。若干呆れながらも俺も歓迎の拍手をしておいた。
指揮者が観客席に丁寧に礼をすると、指揮台へと上がっていく。
拍手も鳴りやみ、ホール内が静寂に包まれる。
指揮者や奏者が集中する気迫にホール全体が呑まれているようだ。
今なら微かな足音でさえも大きく響いてしまいそう。
緊張感を感じながら待っていると、指揮者が腕を動かす。
すると、金髪の女性が一人でヴァイオリンを演奏し始めた。
優しく繊細な音色を奏でると、他の奏者も追いかけるようにしてついて行く。
やがてそれらの音は進むごとに混じり合い、他の楽器の音色も合わさってあっという間に複雑な音になる。
すごいな。オーケストラの曲は前世でもたまに聴いていたが、間近で聴くと音質や迫力がまったく違う。
繊細な音色がとても心地よく、知らない曲であるというのに聴き入ってしまう。これはいい。
夢中になって耳を傾けていると、いつの間にか一曲が終わってしまったらしい。
ホール内に拍手が巻き起こる。
終わってしまったのが残念に思ってしまうほどの綺麗な音色だった。
拍手が終わると、またしてもホール内は静かになって次の曲へ入る。
指揮者が激しく腕を振ると、いきなり腹に響くような重低音が鳴り響く。
先ほどの繊細で優しい音色とは打って変わった疾走感があり、激しい音。
一曲目の余韻が残っていたからこそ、この破壊力が際立つ。
特に際立つのは丸々としたリザードマンが奏でるトロンボーンだ。
お腹が風船なのでないかというくらい腹が膨らみ、そこから空気が楽器へと吹き込まれている。
人間では到底再現できない肺活量だ。
なるほど、彼のトロンボーンがやたらと長いのは、体格だけでなくその肺活量に合わせてのカスタマイズか。
しかし、そんな重低音に負けじと高音の楽器も音を鳴らす。
ヴァイオリン、ヴィオラ、フルートなどの高い音と重低音が混ざり合い、ひとつの音へと昇華する。
音が混ざり合っている中、その中で異彩を放ち始めたのは見たことのない形をしたホルンのような楽器だ。
重低音を奏でたと思いきや、今度は高音のパートに加わる。
通常ホルンははっきりとした音色や木管楽器独特の柔らかい音色が特徴だが、あれはどちらにも当てはまらない。
どうやらかなり音の幅が広いらしくマルチに活躍できるようだ。
それにしても不思議な構造だ。丸みを帯びていながらも背中まで管が伸びている。
一体、どんな構造をしているのか。まるで魔道回路のように複雑だ。
「魔道回路?」
クーラーの魔道回路もあのように湾曲させて、重ねれば効率化できるのではないだろうか。
別に回路が平面でいなければいけない、などという決まりもない。魔石からの魔力がきちんと伝わればいいのだ。
「これはいけるかもしれない」
気が付けば俺の思考はすっかりと魔道具へと移っていた。
早く帰って試してみたい。
しかし、演奏途中に抜け出すのは奏者や観客の邪魔になるのでマナー違反だ。
せめて演奏が終わるのを待たなければいけない。
「早く終わってくれ。アイディアが飛んでいく」
俺は脳内に閃いたアイディアが飛ばないように意識しながら待ち、演奏が終わったタイミングでホールを後にした。
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