独身貴族はリフレッシュしたい
「昼休憩行ってきまーす」
屋敷で食事会を終えた翌日の昼。
工房でクーラーの設計図を作っていると、トリスタンの気の抜けた声が響き渡った。
朝から集中して作業をしていたが、もう昼になったらしい。
トリスタンは財布をポケットに突っ込むと、上着を羽織って外に出ていく。
ルージュは外回りに出ているので、今日は工房にはいない。
室内には俺一人だけが残された。
このまま作業を進めたいところであるが、進みが悪い。
素材の選定と形については終わっているのだが、氷魔石と風魔石を繋ぐ魔力回路がどうにも納得がいかない。もっと単純な形で効率化できるはずだ。
そのための魔力回路をずっと考え込んでいるが、納得できる答えは見つからない。
「少し気分でも変えるか」
なんだか思考が随分と固まっているような気がする。
こういう時は一度魔道具のことから離れてリフレッシュするべきだ。
ちょうど昼食の時間でもあるし、思い切って街を歩こう。
人間の集中力は長くても一時間半程度だ。それ以上の時間を費やしても良いパフォーマンスは得られない。
などと心の中で言い訳をしてジャケットを羽織って外に出る。
工房の中の空気はこもっていたのか、外に出ると空気が爽やかだった。
ルージュがいると気を遣って換気をしてくれていたのだろうが、男二人だとこういうところはダメだな。
中央区の方に足を伸ばすと、屋台通りへと差し掛かる。
通りの左右にはズラリと屋台が並んでおり、胃袋を刺激するような香りが漂っていた。
その中でひときわ強い香りを放っているのが海鮮トマトスープだ。
遠くから大きな寸胴鍋を覗き込むと大王イカや、女王エビ、ホタテといった様々な魚介が入っている。具材のひとつひとつがとても大きいな。
あれだけの豪華な食材が染み込んでいるスープはさぞかし絶品だろう。
一杯六百ソーロと屋台料理にしては高めの値段ではあるが、それでも結構な数の人が並んでいる。
使われている食材から考えると妥当な値段だ。怖気づかずに買う者が多いというのは、それだけ美味しい証だろう。
列に並ぶと程なくして順番が回ってくる。
「へい、らっしゃい!」
「海鮮トマトスープを一つ。あと、鎧蟹の串焼きも一本」
「九百ソーロだ。毎度あり」
寸胴鍋の隣では大きな網が置かれており、そこには様々な海鮮の串焼きが並んでいる。
その中でも赤々とした鎧蟹の串焼きがとても美味しそうでつい頼んでしまった。
店主にお金を払うとスープの入ったお椀と串焼きを渡してくれた。
想像以上にスープのお椀が深く、大きい。これは食べ応えがありそうだ。
ちょうど屋台の脇にある立食スペースが空いていたので、そこに滑り込んで陣取る。
「まずは鎧蟹の串焼きを食べるか」
スープも食べたいが、茶碗からは湯気が出ており熱そうだ。
すぐに食べられる気がしないので、まずは程よい暖かさの鎧蟹を攻略する方がいいだろう。
鎧蟹というのはその名の通り、甲殻が堅牢な鎧のように発達している蟹のことだ。
とても防御力が高く倒すのが困難らしいのだが、身は引き締まっておりとても美味い。
網の焦げ目がついた赤い身を口に入れる。
口の中に広がる蟹の旨味。適度に振りかけられた塩との相性が抜群だ。
炭火で焼き上げたお陰か香ばしさも増している。
噛めばギュッとした弾力が歯を押し返すと同時に、蟹の旨味と潮の味を吐き出す。
予想通りの美味しさだ。
鎧蟹の串焼きをぺろりと平らげると、次は海鮮トマトスープだ。
鎧蟹を食べている間に熱々だった湯気が少し収まり、ちょうど食べられるくらいになっている。
木匙ですくうとリング状になった大王イカとホタテがごろりと入ってくる。
口に入れると、まず感じるのは豊かな海鮮の旨味だ。
スープの中に染み込んだ数々の海鮮食材の旨味。じっくりと煮込まれたトマトの旨味と重なって堪らない。
他にもチリ系のスパイスがふんだんに使われているようでパンチもしっかりと効いていた。
そして、それらの旨味を吸い上げて大王イカとホタテ。
「美味いな」
こんなものが美味しくないはずがない。
一回すくう度に大きな具材がゴロゴロ入ってくるので食べ応えも抜群だった。
適当なレストランにでも入ろうと思っていたが、たまにはこうやって屋台料理を味わうのも悪くはないな。
◆
屋台料理を食べてお腹を膨らませた俺は、なんとなく通りを歩く。
昼食を食べてすぐに戻っても仕事をする気にはなれない。もうちょっと外をぶらつきたい気分だった。
こういう時、やはり一人というのはいい。誰かがいるとこういう意味のない行動というのはしづらいものだからな。
「よろしければどうぞー」
意味もなくフラフラと通りを歩いていると、突然目の前に人がやってきてチラシを渡される。
受け取ると、ビラ配りの女性はにっこりと笑って去っていった。
しまった。つい、反射的に受け取ってしまった。
ボーッと歩いているから目をつけられたのだろう。
どうせつまらない店の宣伝や広告だろう。興味のない情報が乗っているだけの紙屑を渡されてしまった。
ゴミ箱を探しに行くのも面倒だ。
とりあえずポケットにでも入れておいて、ゴミ箱を見つけた時に捨ててしまおう。
そう思って畳もうとすると、チラシにはコンサートの案内が書かれてあった。
案内によると様々な種族が混じり合った管弦楽団が出演するらしい。
チラシには黒いシルエットで様々な種族が楽器を持って並んでいる、
「ほお、王都の歌劇場でそういう催しがあったのか……」
歌劇場があることは知っているが、今まで足を運んだことはなかったな。
内部が気になるし、単純にこの世界での音楽がどのようなものか気になる。
ただ演奏時間を見ると、それなりの長さだ。
昼休憩の時間を大幅に過ぎてしまうが、今はクーラーの設計をしているだけで差し迫った仕事はない。
俺がいなくなることでトリスタンの作業が進まなくなるということもないので、迷惑にもならないだろう。
「行ってみるか」
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