独身貴族は焼き肉奉行
「お待たせいたしました」
程なくすると、店長や従業員が頼んだ肉の数々をテーブルに並べていく。
一人で食べる時は、食べたいものをその都度頼んでいくので、こんなにもたくさんの種類が並ぶことはない。
自分だけの肉ではないとはいえ、これだけの肉が並ぶ姿は壮観だな。
「お肉がこんなにもいっぱい! 幸せな光景ね!」
「はい!」
老獪な女性二人もこれにはうっとりとしたご様子。
満足してくれたようで何よりだ。
全員にところにそれぞれの飲み物が行き渡ると、ルージュが音頭をとる。
「それじゃあ、今日はサーシャが正式に従業員になったお祝いと、パレットさんやイスカさんが新しくやってきてくれたことを歓迎してってことで乾杯!」
「「乾杯!」」
それぞれがグラスを手にして重ね合う。
軽く掲げるだけで十分なのだが、他の奴等がわざわざぶつけてくるのでしょうがなく合わせてやる。
「それじゃあ、早速焼いていきましょう」
喉を潤すなり、トリスタンがトングで一気に肉を掴んだ。
しかも、最初に掴んだのはタレがこってりとついたカルビだった。
いきなりの暴挙に俺は慌てた。
「待て。炒めものじゃないんだぞ。もっと一枚ずつ丁寧に乗せて焼け」
「そ、そうですか。わかりました」
「それといきなり濃い味のものを乗せるな」
「え? どうしてです?」
「タレで網が汚れて、薄味の肉に味が移るだろうが。塩タンのような味の薄いものから焼き、濃い味のものから焼いていくのが常識だろうが」
「……いや、俺焼き肉は初めてなのでそんな常識知らないですよ」
何故かトリスタンはムッとした顔をするトリスタン。
「……ですが、確かにその方が理に適っているのかもしれませんね」
イスカは貴族だけあって、美味しい味わい方に理解があるのか納得したように頷いている。
「じゃ、じゃあ、味の薄い塩タンからいきましょう!」
微妙な空気を感じ取ったのか、パレットが空気を変えるように明るい声を出しながら塩タンを焼いていく。
しかし、この女。いつまで経っても肉を取らない。何をボーっとしているんだ。
「薄切りの塩タンだぞ? 火を通し過ぎたらタンの柔らかさが台無しになる」
「え? そうなんですか?」
「早く取れ」
「はっ、はい!」
慌ててパレットが塩タンを回収してそれぞれの皿に盛り付けていく。
既にかなり火は通っており、薄切りタンの良さが台無しだ。
「おい、ルージュ。一体何回肉を突くつもりだ。そんなに転がしたら火の通りにムラができるだろう。サーシャ、霜降り肉は強火でサッと油を落とし、中火のところで焼いていけ」
「んあ~! もうっ! さっきからうるさい! お肉くらい好き焼かせて食べさせてよ!」
そんな風に肉の焼き方を教えてやると、ルージュがうんざりしたように言った。
「こっちは丁寧に正しい焼き方を教えてやっているだけじゃないか」
「確かにジルクの言うような食べ方が正しいのかもしれないけど、息苦しいのよ。あたしたちはもっと自由に食べたいの」
それでは食材に失礼であり、店長が用意してくれた良質な肉が台無しではないか。
正しい焼き方を無視した焼き肉など、そこらの露店で食べる肉炒めと何ら変わらない。
「ジルク様は大変博識でプロである我々と同等といってもいいほどに知識を持っておりますが、一般の方にそれを実践して頂くのは難しいのかもしれません」
「そういうものか……」
「勿論、食材を大事に思っていただけるジルク様のようなお客様には、私共が感謝の念が堪えません」
俺が不満げにしていると店長が小声でフォローしてくれる。
まあ、あくまで俺は出資者であって経営者ではない。
店長がこう言っているのであれば、大きく口を出すべきものではないか。
「わかった。ならば、俺はこっちでじっくりと肉を焼く」
「お前たちはそっちで好きに焼け」
「ええ、そうさせてもらうわ」
互いのスタンスが合わないのであれば、無理に合わせる必要はない。
幸いにして焼き場所は二つあるのだ。俺一人が占領しようとも、あっちはあっちでわいわいと勝手に焼くだろう。
「だ、大丈夫なんですかね」
「ああ、あんなのいつものことだから。別に喧嘩してるわけじゃないよ」
パレットが妙な心配をしているが、俺とルージュは互いに落としどころを見つけただけだ。別に喧嘩などしていない。
最初からこうすればよかった。これなら実質的に一人焼き肉ができるというものだ。
そう思いながら厚切りの塩タンを焼こうとすると、向かい側にイスカが座った。
「あっちで食べないのか?」
「……ジルク様の焼き肉美学を堪能したいと思いまして」
そういえば、こいつは妙な拘りや芸術性を持つフォトナー家の息子だったな。
変なことを言い出してもおかしくはない。
「……好きにしろ」
一人で食べられないのは残念だが、正しい肉の味わい方を教えてやるのは『ニクビシ』にとっても嬉しいことだろうしな。
●
「美味い! やっぱり、いいお肉は最高ですね!」
「それに自分で焼いて食べるっていうのも楽しいです!」
トリスタンとパレットが感想を漏らしながらパクパクと肉を口に運んでいる。
さっきから肉ばかりで野菜には見向きもしない。わかりやすい奴等だ。
「はぁー、こんな風に外でゆっくりと食べるだなんて久し振りです」
「わかる! やっぱり、子供や旦那がいると仕事終わりとか食べにいけないものね! 家族との時間も大切だけど、こうやってたまには羽を伸ばすのも大事よね」
「ルージュさん、呑み過ぎには注意ですよ?」
「大丈夫! あたし、お酒に強いから! 店員さん、お肉とエールのお代わり!」
ルージュは日ごろのストレスや鬱憤を晴らすかの如く、高級肉と酒杯を重ねている。
やや顔は赤らんでいるが、本人の言う通りお酒には強いようだな。
サーシャはじっくりと肉を味わうようにして食べている。
チビチビと食べているように見えるが、かなり皿を空にしている。
この店を指定したことから肉が好きなのだろうな。
あっちでわいわいと肉を焼いている中、俺はイスカと二人で黙々と肉を焼く。
最初に焼くのは薄切り牛タンだ。
綺麗に薄くスライスされたものを網の上にゆっくりと二枚載せる。
ジュウウという静かな音が鳴る。
「……牛タンを美味しく味わうコツはありますか?」
「牛タンはとにかく焼き過ぎないのがコツだ。火加減は中火でいい。ひっくり返すタイミングは表面から肉汁が湧き出し、縮んできたタイミングだ」
「なるほど」
「牛タンは良い焼き加減で焼くと、食感もよく味も最高な肉だ。多くの者たちが好んで食べるが、残念ながら焼き過ぎてしまっている。あっちのようにな」
「焼き過ぎで悪かったわね」
イスカに説明していると、隣に座っているルージュがタンを小皿に入れてパクリと食べた。
小声で話していたがバッチリと聞こえていたらしい。
しかし、ルージュの相手をしている暇はない。
目の前の網では、今まさに牛タンの表面から肉汁をにじみ出ていた。
しっかりと縮んでいるのを確認し、サッと牛タンをひっくり返す。
そして、五秒ほど裏面を焼くと、サッとイスカの小皿に入れた。
「……もうですか? ほんの五秒ほどしか焼いていませんが?」
「このくらいの焼き加減がいいんだ」
牛タンの裏側はサッと炙る程度で、ほんのりとピンク色なくらいでいい。
戸惑うイスカを前に、俺は熱々の牛タンを頬張る。
「……美味い」
脂も無駄に落ちていないのでとてもジューシーで、肉の旨みがしっかりと感じられる。
口の中から牛タンが無くなる頃には、イスカも口に含んでいた。
「これは……ッ! しっかりと火が通りながらも柔らかくジューシー!」
衝撃を受けているイスカの表情に満足しながら、次なる牛タンを網に乗せていく。
先ほどと同じように縮んで肉汁が表面に湧いたタイミングで裏返す。
「よし、後は五秒ほど炙れば――あっ!」
絶好のタイミングで取ろうと思った肉が、突如攫われた。
「ジルクの言う、美味しい焼き方がどれほどのものか確かめてあげるわ」
ルージュは偉そうにそんなことを言うと、パクリと俺の育てた肉を食べる。
「くっ、悔しい。あたしたちの焼いたものよりも美味しいわ」
「本当ですね。どうしてこんなにも違うのでしょう?」
右斜めに座っていたサーシャはイスカの分の牛タンを食べたのだろう。
「強火で一気に焼くと肉の表面だけが焼けて固くなり、食感や美味しさがなくなってしまうからだ」
「なるほど。それで裏面はサッと炙るくらいなんですね」
「というか、お前たちはそっちの網だろうが」
「いいじゃない。ちょっとくらい」
「ふざけるな。領土侵犯をしておきながらその態度か」
「はいはい、ごめんなさいごめんなさい」
俺が憤慨の様子を露わにすると、ルージュとサーシャは元の網に戻っていった。
どうやらそっちで俺の焼き方を試すらしい。
さっき俺が焼き方をレクチャーした時は、うんざりとしていた癖に都合のいい奴らだ。
「さて、牛タンを食べたら、次はカルビだ」
カルビは筋が多く脂も多い部位だ。
「先ほどの牛タンとは違い、こんがりと焼いて食べるのがベストだ。裏返すタイミングは牛タンと同じで、しっかりと脂を落とすように焼くのがポイントだ」
イスカに説明していると、隣ではルージュやサーシャが真似をするようにカルビを焼いている。気にはなるが、こっちにやってこないのであれば問題なしとしよう。
こんがりと両面が焼けたら取り皿にとって食べる。
きつね色になった表面はカリッと香ばしく、脂はとても甘くてジューシーだ。
これぞ焼き肉の王道という味だな。
カルビを食べなければ、しっくりとこないほどだな。
イスカも気に入ったらしく美味しそうに目を細めながら食べている。
追加のカルビを投入すると同時にピーマン、ししとう、エリンギなどの野菜も並べる。
「野菜……ですか?」
イスカが小首を傾げる。
焼き肉屋に来ているのに、どうして野菜を焼くのかが不思議なのだろう。
「味の濃い牛肉類は、野菜との相性も抜群だ。中盤ではこうして肉と一緒に野菜も焼いていくのが定石だ」
「なるほど!」
「『ニクビシ』は肉だけでなく、野菜にもこだわっているから良質だ。そこらの市場で買うよりもかなり美味しい」
「隠れた主役というわけですね……」
「そういうことだ」
いくら美味しい肉とはいえ、ずっと味や脂身の強い味ばかり食べていると飽きるからな。
こうやって胃袋と舌をリフレッシュするのも目的の一つだ。
「そんなこと言っても、俺は肉しか食べませんよ!」
「別に野菜を食べろなんて言ってない」
トリスタンが大量の肉を食べながら宣言するが、心底どうでもいい。
俺はトリスタンの母親ではないので、もっと野菜を食えなんて言ったりしない。
新作はじめました。
【魔物喰らいの冒険者】
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冒険者のルードが【状態異常無効化】スキルを駆使して、魔物を喰らって、スキルを手に入れて、強くなる物語です。




