独身貴族は仕方なく連れていく
工房の窓から見える景色が薄闇に染まる頃。
「そろそろ行くか……」
作業の手を止めてポツリと呟くと、トリスタンが一番に反応した。
「じゃあ、仕事は終わりですね! 早く『ニクビシ』に行きましょう!」
俺の声に即座に反応していたことから、待ちきれなくて堪らなかったのだろう。
もっと業務に集中しろと言ってやりたいが、ノルマはきちんとこなしているので見逃そう。
「そうね。業務はこの辺りにして行きましょうか」
「はい」
ルージュがデスクの上で書類を纏めながら言うと、パレットやイスカも口々に返事をして、帰り支度を整える。
まだ二日目ではあるが、誰の言葉に従うべきなのかよくわかっているようだ。
使っている素材を元の場所に戻し、道具を片付けてジャケットを羽織る。
トリスタンがクーラーのスイッチを切り、他の魔道具の確認をしたり、駆け回って窓の鍵の確認やカーテンを閉めたりしている。
こんな時だけテキパキと働く部下に腹が立った。
俺が身の回りを整える頃には、全員が準備を終えて工房の入り口に固まっていた。
工房の鍵を閉めて歩き出すと、従業員がぞろぞろと付いてくる。
このまま一人だけフラッと帰ってもバレないんじゃないか。そんなことを考えてしまう。
「皆でこんな風に移動するなんて新鮮です」
「こういう催しがないと全員でゆっくりと話す機会なんて早々ないわよね」
微笑みながら言うサーシャと、俺の隣でやけに強調しながら言うルージュ。
もっと従業員同士の会食を増やせということか。冗談じゃない。
俺はそういうのが嫌いなんだ。
前世でも大企業と言われるところに所属していたが、あまりにも生産性のない会議や会食というものが多くて辟易し、すぐに辞めたくらいだ。
やりたがるものはコミュニケーションがどうのこうの、直接話すことで人となりがわかる、信頼できるなどと訳を並べ立てるが、どうにも薄っぺらいその考えに賛同できない。
別に人と仲良くなくても仕事はできる。
従業員の能力に見合った仕事を振ってやれば、それだけで組織は回るものだからな。
「それよりこんな遅い時間になって本当に大丈夫なんですか? この時間はいつも大行列ですよ?」
「問題ない。黙って付いてこい」
やけに心配してくるトリスタンを適当にいなし、そのまま中央区に歩いていく。
飲食店街の一画では、黒煉瓦で作られた建物があり看板には達筆に『ニクビシ』と描かれている。
夕食時といえる時間帯なせいか、外には大量の人が並んでいた。
「うわあ、すごい人が並んでます。こんなに人気なんですね」
あまり王都の慣れていないパレットが感嘆の声を上げている。
イスカは大袈裟な反応をしていないが、大量に並ぶ人を目にして驚いているようだった。
少し前にも通ったが、その時よりもさらに人が増えている。こんなにも暑い時期なのによく並べるものだ。
「本当に大丈夫なの?」
「問題ない」
今度はルージュが心配の声をかけてくるが、それを一蹴して店内へと入る。
「すみません、お客様。列の最後尾に並んで――あっ! ジルク様!」
「いつもの場所は空いているな?」
「はい、空いております。すぐに店長を呼んで参りますので少々お待ちください」
声をかけてきたのは新入りだったが、さすがに何度も出入りしている俺を覚えたらしい。
前回のように手間取らせることなく後ろに下がった。
「ジルク様! よくぞいらっしゃいました!」
「六人だが問題ないか?」
「えっ! お連れ様がいらっしゃるのですか!?」
後ろにいるルージュたちを見て、店長がかなり驚く。
今まで一人でしか通ったことはないが、そこまで驚かれると少し不愉快だ。
「いたら悪いか?」
「め、滅相もございません。ささ、奥のフロアにどうぞ!」
かしこまった店長の後ろを付いて歩いていく。
「ねえ、ジルク。これってどういうこと?」
「この店の出資者は俺だ。融通が利くのは当然だ」
「ええっ! そうなの!?」
「それなら言ってくださいよ!」
そう言うと、ルージュとトリスタンが驚く。
「言ってどうするんだ」
「俺も並ばずに入れるように便宜を……」
「図るわけないだろ」
きっぱりと断ると、トリスタンがガックリと肩を落とした。
俺は一人で肉を食べたいのだ。こんな騒がしい部下など連れてくるわけがない。
今日が特別なだけだ。
「……本当に皆が自分で肉を焼いて食べていますね」
「なんか美味しそう!」
はじめて焼き肉屋に入ったイスカとパレットは一般フロアを物珍しそうに見つめている。
焼き肉という食べ方をまったく知らない者からすれば、新鮮に見えるのだろう。
「こちらになります」
案内されたのはいつものスペースよりも広めのテーブルだ。
六人掛けのイスが置かれており、テーブルには二つほど炭の入った穴がある。
空間にもゆとりがあり、六人で座っても窮屈なことにはならないな。
俺が席に着くと、他の奴等も続いて席に着いた。
店長が発火の魔道具で炭に火をつけると、その上にそっと網を置いた。
「ご注文はいかがしましょう?」
店長が尋ねると、皆がおずおずとこちらに視線をやる。
期待するような眼差しが鬱陶しいが、工房長であり貴族である俺が払わないと格好がつかないだろう。
「今日の会計は俺が出す。好きなものを頼むといい」
「「「ありがとうございます!」」」
期待通りの言葉を言ってやると、五人が実にいい表情と声で礼を言った。
これは業務だ。工房経営に必要な経費だ。
そう思えば、無駄な出費も大して苦にならない。
「なんのお肉を食べます?」
「俺、紅牛の特上カルビが食べたい!」
「トリスタン先輩、それすっごく高いやつですよ!?」
「大丈夫。ジルクさんはポンと三億ソーロの宝具を買えちゃう人だから」
「三億!? すごっ!?」
確かにそれは事実だが、トリスタンがそのように言うと非常に腹が立つ。
が、それをわざわざ指摘して取り下げさせるのも格好が悪い。
「……好きに頼め」
「わーい! というわけで特上カルビ一人前!」
「私も!」
「僕も同じものを」
「かしこまりました。紅牛の特上カルビを三人前ですね」
トリスタンに便乗してパレットやイスカも頼んだ。
新人の癖に豪胆な性格をしているものだ。
「私たちは何を頼みましょうか?」
若者たちが派手な肉を頼んでいくなら、ルージュとサーシャもメニューを眺めながら相談する。
「そうですね。シャトーブリアンなんてどうです?」
「あっ! 聞いたことがある! 確か一頭から六百グラムくらいしかとれない希少な部位よね! 食べましょう食べましょう! 後はミスジやザブトンなんかもいいわよね!」
「それも頼みましょう」
紅牛の希少部位、一位、二位、三位を連続して頼んでいる。
さすがは従業員の中で年を食っているだけあって、注文の仕方が老獪だ。
払い主に金があるとわかると、人はここまで容赦がないのか。
「……ジルク様はどうなさいますか?」
「タン塩、ホルモン、ハラミ、カルビを一人前ずつ頼む。それと焼き野菜セットもだ」
「かしこまりました」
周りの奴等が希少部位を頼んでいるからといって、それに合わせることはない。
自分が食べたいと思ったものを頼めばいいのだ。
やがて最初の注文が終わると、店長は厨房へと下がっていく。
トリスタンたちが要領の悪い注文の仕方をしたせいで、かなり時間がかかったな。
初めてなので仕方がないが、やはり誰かに合わせるというのは苦痛だ。
一息ついていると、トリスタンやパレット、イスカはまだメニューを覗いている。
「まだ頼むつもりか?」
「次に頼むものを考えておこうとおきまして」
最初の肉すら来ていないのに一所懸命に次の注文を考えるだなんて忙しない奴等だ。
新作はじめました。
【魔物喰らいの冒険者】
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冒険者のルードが【状態異常無効化】スキルを駆使して、魔物を喰らって、スキルを手に入れて、強くなる物語です。




